60 チョットマ、大人びて
チョットマが緑色の長い髪をかき上げた。
その仕草が大人びて、イコマは少し驚いた。
「ハワードは、レイチェルがアンジェリナにさせていた恋人探しのことを知っていた」
「仮定だね」
「うん。でね、セオジュンというアンドロが好きになっちゃった」
「つまり?」
「ハワードは怒って二人を……」
「おいおい」
「やっぱり」
「何が起きるかわからないのが人の世だけど、いくらなんでも」
「もしハワードがアンジェリナを好きだったとしても?」
「もっとないね!」
チョットマはセオジュンとアンジェリナの失踪の謎を、推理で解こうとしていた。
「じゃ、次!」
「よし」
「さっきの仮定は同じ。アンジェリナは使命を果たせなかったことに打ちひしがれていた」
「なるほど」
「もうレイチェルは死んだんだから、気にすることはないよってハワードは言ったんだけど、それでもアンジェリナの気持ちが治まらなくて」
「うん?」
「二人で旅行でもして来いと」
「りょ! ハハ! 旅行!」
「他の街へ行くんじゃないよ。アンドロ次元の観光地」
「観光地! そんなものが!」
「知らない」
「いや、案外あるかも」
チョットマが笑った。
こうしてクシのことを忘れようとしている、とイコマは思った。
「どっちのパターンも、ハワードが姿を消す理由にはならない。そこが難しいのよねえ」
「だね」
「じゃ、取っておきのを!」
チョットマは立ち上がり、狭い部屋の中を歩き回り始めた。探偵よろしく。
「自信あるみたいだね!」
「そういうわけじゃないけど」
「仮定は三つ、だね」
セオジュンがアンドロであること。
アンジェリナが、レイチェルから恋人探しなる使命を与えられていたこと。
それをハワードが知っていたこと。
「仮定は変わって」
「なんだ、そうかい」
「ハワードとアンジェリナには、別の使命があった」
「うんうん」
「レイチェルは自分に万一のことがあったときのことを考えていた」
なるほど。地球に存続するホメムはわずか六十三人。
しかも、レイチェルは最も若く、子孫を残すことが責務。
それに凡庸ではないし、責任感も強い。
いろいろな思いがあったことだろう。
「レイチェルは自分が死んだら、街がアンドロに乗っ取られることも予想していた」
事実、そのとおりになったし、想像に難くない。
「軍も騎士団も、頼りにならないことを知っていた」
まさしくその通り。
「そこでレイチェルは東部方面攻撃隊に望みを繋いだ」
実際、そういう行動に出たともいえる。
エーエージーエスに閉じ込められることになろうとは、思いもしなかっただろうが。
「レイチェルが打ったもうひとつの手」
チョットマは立ち止まろうとせず、歩き回っている。
いつから、こんなふうに落ち着いて、きちんと順序だてて話せるようになったのだろう。
イコマはうれしくなった。
「それがハワードとアンジェリナの使命」
セオジュンは脇役らしい。
そういう推理を立てることが、チョットマの冷静さを示していた。
「うん、いい感じだ」
「ねえ、パパ」
「ん?」
「私がクローンだって知ってた?」
「いや」
「レイチェルは私とサリを作った。ということは、もっとたくさん作っていてもおかしくないよね」
「ふむ」
「レイチェルが自分にもしものことがあったときのために、もっとそっくりなクローンを作っていたとしたら?」
「なるほど!」
「そのクローンはレイチェルの影武者として、レイチェルの居住区に住んでいるかもしれない。その人を救い出すため」
今は、タールツーに囚われているかもしれないから。
「あるいは、このエリアREFのようなところで、例えば地下深くに住んでいるかもしれない。その日のために」
そのクローンレイチェルと話し合い、いくつかの準備を進めるために。
「あるいは二個目。カイラルーシのような大都会で暮らしているかもしれない、普通の市民として」
そのクローンレイチェルを呼び戻すため。
「ハワードとアンジェリナは行動を開始したのよ。姿を隠して」
イコマは唸ってしまった。
ありえないことではない。
「だって、ハワードもアンジェリナも、この話は誰にもできないでしょ。影武者は、自分がレイチェルそのものだ、という顔で登場しないといけないわけなんだから」
「ん、つまり、探しに行ったのは影武者の方なんだな?」
「パパ、当然よ。私たちが会ってたのはレイチェルその人。本物の方」
「んー」
「だってクローンの私が言うのよ。ダメ? 信用できない?」