56 お尋ね者になっちゃった
「はるか上空に浮かせたまま、移動すればどうなると思う?」
パリサイドに頼んで、飛空艇に収容し……。
しかし、たとえ運べたとしても、ニューキーツの地上に降ろしたが最期、水が襲って来ないとは言い切れない。
それはそのときだろうか。
水が地球を半周して来るまでに、それなりの時間は稼げるはず……。
「無理だろうな」
サブリナもセカセッカスキも飛び去ったのだろう。
あれから姿を見た記憶がない。
泉に別のおもちゃを与えればいいのでは、例えばこのカギ縄を、と言いかけてやめた。
子供だましのようなアイデアだ。
「ちょっと待って」
アビタットに通信が入ったようだ。
剣は諦めて、スミソを。
スジーウォンはそう思ってしまう自分を戒めた。
剣を手に入れなければスミソに申し訳ない。
落ち着いて考えなければ。
なんとしても剣を。
でもスミソのことを考えてしまう。
自分は果たして仲間を守ろうとしただろうかと。
剣のあった位置も、スミソが消えた位置も、モニタが映し出すことのできるエリアからすでに外れてしまっている。
彼が生きている確率はどれくらいあるだろう。
もし自分達を追って、こちらに向かっていたら。
カットラインに守られたこの地を。
居ても立ってもいられなくなった。
「スジー! すぐに出立だ!」
アビタットが立ち上がった。
「ロア・サントノーレに向かう!」
「了解!」
「早く!」
すでにアビタットは駆け出そうとしている。
「仲間から連絡があった! 攻撃機がまた出撃する!」
「毎度のことじゃないか」
「我々に向かってくる!」
「なに!」
「とにかく、急げ!」
カイラルーシにいるアビタットの仲間からの通報だという。
幼馴染だというが、本当にそうか?
だが、カイラルーシ軍に追われる身となった今、アビタットの昔話は無用。
「ここに篭っていた方が、捕捉されないんじゃないのか。のこのこ出て行く方がいいのか」
この街に着いて以降、アビタットに主導権を握られっぱなしだ。
ふとそう感じて、少し嫌味な言い方になったかもしれない。
「ダメだ!」
アビタットはピシャリと言うと、駆け出した。
「ついて来い!」
少年言葉を使うのを忘れたのか、あるいは気を悪くしたのか、どんどん走っていく。
「万一この位置が知れていたら、逃げ場に窮する」
確かに、カットラインが張り巡らされたここで、逃げ切れるものではない。
アビタットはともかく、自分は。
「わかった」
「あの火の中なら」
少なくとも、視認はされないだろう。
ただ、火の中を逃げ回ったとて、どうなるものでもない。
しかし、選択肢はない。
「僕たち、お尋ね者になっちゃったね」
呑気そうにアビタットは言った。
八方塞な状況に、そんな言い方でもして気を紛らわそうとしたのか。
さっき少年言葉を使い忘れた埋め合わせかもしれなかった。
「六百年、善良に生きてきたのにね」
スジーウォンも、そんな言葉で返し、二人は草原を駆け抜け、再びロア・サントノーレに向かった。
カイロスの刃が突き立った稜線に向かうことになる。
通過するだけなら、水はもう襲っては来ないだろう。そんな気がした。
スミソが消えた辺りも通過することになる。
何らかの痕跡があればいいが。
それが淡い期待であることを知っていたが、そんな期待にすがるしかなかった。
見上げれば、数人のパリサイドが空を舞っていた。
あの中にサブリナがいるのだろうか。
飛空艇の機体はなかった。