39 飛び降りるのは、私
「妙なことがあるもんだな」
セカセッカスキは落ち着いているが、スジーウォンは迷った。
この地に降りていくべきだろうか。
ここで、任務の目的であるカイロスの刃とやらを探すべきだろうか。
単なる火災ではない。
街が、森が、そして大地が燃えているのではない。
意図的に燃やされている。
何者かの手によって。何らかの方法で。
「ううむ」
誰もが目を見開いて、炎の下に垣間見える街らしき残骸を見つめた。
スジーウォンは思った。
この炎の中では、装甲をつけていたとしても、ものの数分ももたない。
スミソの装甲性能は、どうだろう。
下手に聞くと、大丈夫、などと応えるかもしれない。
ここは、自分ひとりで降りていくべきだろうか。
しかし、ほんの数分で、目的の剣が見つかるとも思えない……。
飛空艇はいよいよ速度を落とし、ロア・サントノーレと思われる、瓦礫が散らばるばかりの廃墟の上空を旋回している。
ところどころから、思い出したかのように爆発的な火の手が上がる。
サブリナもアビタットも窓の外を見つめたまま、言葉はない。
結論を出さなくてはいけない。
どうする……。
降りるのか……。
こんなところにハクシュウはいない。
降りていったところで、会えはしない。
かといって、任務を放棄するわけにもいかない……。
可能性が零でない限り。
スミソは何の反応も示さない。
しかし、彼の性格は知っている。
降りろと言えば、どんな逡巡も見せず、飛び降りていくだろう。
たとえ、再生されることのない死が待っているとしても。
「どうする? どこかに降りるか?」
セカセッカスキの声は、もう面白がってはいなかった。
「悪いな。これじゃさすがに、機体が持たないんでな」
どこにも着陸はできない。
飛び降りるしかない。
それさえも、街からかなり離れた地点になる。
しかし、その後、どうやって街に近づけばいいのか。
目的の剣をどうやって探せばいいのか。わずか数分の間に。
そして、その後、どうすれば……。
どうしようもない……。
スジーウォンは任務は果たせそうにない……、と思った。
「誰も生きていないでしょうね……」
サブリナのつぶやき。
街の住民は、すべて死んだのだろうか。
そうかもしれない。
まだ炎が襲っていない森の中に避難しているかもしれない。
宝、カイロスの刃とやらを持って。
いや、それは淡い期待というもの。
この炎が自然火であればその可能性もあるが、この火災は明らかに違う。
何らかの方法で、強制的に燃やされている。
「降ろしてくれ」
引き返すわけにはいかない。
任務は、この街に隠されたカイロスの刃をニューキーツに持ち帰ること。
手ぶらで帰るわけにはいかない。
炎がすごくて、なんていい訳はしたくない。
ンドペキに会わせる顔がない……。
私は、ハクシュウの、右腕……。
スジーウォンの言葉が聞こえなかったはずはないが、セカセッカスキはスロットルを動かそうとしない。
相変わらず艇は、街の上空を旋回し続けている。
煙に巻かれながら、時として視界が失われる。
猛烈なエネルギーが大地から噴出するかのような炎。
その発する熱が、飛空艇の中にも伝わってくる。
スジーウォンは再び言った。
「ここで降ろしてくれ。でも、高度を少し下げて」
スミソ、私の死の顛末を皆に伝えて……。
依然として飛空艇乗りは、何も応えない。
ただ、妙だな、と呟くのみ。
「降ろしてくれるだけでいい。迎えは無用。待っていてもらわなくてもいい」
セカセッカスキは返事の代わりに、徐々に高度を上げ始めた。
スジーウォンは立ち上がった。
スミソも立ち上がり、親指を立ててみせた。
と、サブリナが口を開いた。
「あなたたちの目的。なにかを手に入れることじゃない?」
ぎくりとした。
やはり、この女はそれも知っていたのか。
確かにこの状況で、ある人に会うために、という説明は意味をなさない。
「私の想像だけど」
サブリナは床に視線を落としたまま、静かに、しかしきっぱりした声で言った。
「ニューキーツからこんなところまで、しかもフル装備の兵士が二人も来るなんて」
と、眼を上げた。
「それ以外に考えられないもの」
サブリナが立ち上がった。
そして、セカセッカスキの肩に手を置いた。
「ハッチを開けるわよ」
と、ハッチのレバーを握った。
「ここで飛び降りるのは、私」
「なっ!」
「ね!」
サブリナが微笑んだ。