36 飛空艇SK〇三〇二
ロア・サントノーレまでの航行時間は、約二十分。
普通の長距離飛空艇は高度一万メートルほどを飛ぶが、セカセッカスキの飛空艇は一万五千メートルほどの高度を飛ぶ。
空気が薄く、エンジンの燃焼効率は高くないが、強力な反重力物質を盛大に搭載しているおかげで、推進力に見劣りはしない。
航行高度が高いことで空気抵抗が少なく、それだけ速く飛ぶことができる。
しかも、大気の乱れもなく航行はきわめてスムース。
完璧な自動操縦も可能だが、飛空艇乗りはあくまでマニュアル操縦だ。
セカセッカスキが手塩に掛けて開発した最新鋭機。
航行のための機材はどれもこの男自身の手によるもので、入念なチューンナップが施されている。
しかも、砲撃可能。シールドまで備えている。
戦闘機としても地球最強かもしれない。
昨夜、最終のセットアップが完了し、今朝、初飛行である。
自慢はしなかったが、これがこの男の喜び。それがひしひしと伝わってくる。
そんな操縦だ。
「二百年も前の核融合エンジンだ。そんなものでも、使いようによっちゃ」
と、強烈な重力を搭乗者に負わせて急上昇した。
艇は快適性などお構いなしで、やたらとうるさいし、しかも寒い。
艇内は飾り気なし。硬いシートに武骨な身体固定具。目の前にはステンレス製の握り棒。
「試験飛行だ。だが、安心しろ」
声に喜びがあふれていた。
地球上の航路は、各街が運営している定期便が結んでいる。
二人乗り、四人乗りがほとんどで、一人で乗ろうが定員分のチケットが必要。
主要な街の間には数秒おきには飛んでいるので、好きなものに乗ればよい。
もちろんパイロットなどおらず、すべて衛星からの自動操縦である。
なんだか懐かしい。
スジーウォンは、そんな言葉を飲み込んだ。
ひと昔の飛空艇といえば、まるで個人仕様のエンターテイメント空間だった。
娯楽はもちろん、すべてバーチャル。
エアポートにぎっしり並んだ扉を開けると、そこはコンサート会場のチケット売り場の前であったりする。そのままコンサートに熱狂し、劇場の外に出ると目的地に到着しているという具合だ。
ヤギと戯れることもできたし、森の中を散策することもできた。自分の胸の中にある思い出のシーンを再現することもできた。
今や、そんな戯言めいたサービスなどない。
他方、個人所有の飛空艇にはそんな趣向を凝らしたものもまだ存在していると聞く。
それに対して、セカセッカスキのような飛空艇乗りの艇はさまざまだ。
チャーター便として好きにコースを選べるが、非常に高額であるし、めったなことでは乗せてくれない。
個人営業の飛空艇は、ニューキーツには一軒もないが、カイラルーシには十軒ばかりあるという。
アビタットの話では、あれでもセカセッカスキがもっとも頭が柔らかいということだった。
それに飛空艇の開発にも熱心で、自身で飛ぶことに喜びを持っている男。
昨夜のぶっきらぼうが嘘のように、セカセッカスキは鼻歌でも出そうな勢いで、操縦桿を操っている。
「けっ、早速のお出ましだ」
「SK〇三〇二に告ぐ!」
艇がセカセッカスキの個人用ポートから飛び立ってものの五分も経たないうちに、政府の戦闘機が追尾してきた。
「貴機の進路は、飛行禁止区域に向かっている! すぐに機首を転回せよ!」
艇の窓から戦闘機は見えはしない。どこか下の方にいるのだろう。
「どうする?」
セカセッカスキは聞いてきたが、本人は進路を変えるつもりなどさらさらないようだ。
返事も聞かず、
「無視するぞ」
と、フラストレバーを目一杯に傾けた。
「ついて来れるものなら、来てみろってんだ」
がくんと、機体がひっくり返るかと思うほど持ち上がり、乗客はシートに押し付けられた。
艇はぐんぐん上昇していく。
「いや、待て。あいつらの言い分も聞いておこうか」
せっかく上昇したのに、セカセッカスキはスピードを落とし、たちまち元の高度まで降りていく。
再び通信が入ってくる。
「ロア・サントノーレは立ち入り禁止だ!」
「分かってるぜ!」
「これ以上進むと、望まぬ手段を取ることになる!」
「こっちはお客さんを乗せてるんだ! 商売の邪魔をするな!」
戦闘機が何機いるのか分からなかったが、セカセッカスキは悠然としている。
むしろ、状況を楽しんでいる。
「文句はお客さんに言ってくれ!」
 




