34 ロア・サントノーレの惨劇と語り継がれる
殺す、のか……。
確かに、ローブの下の武装。
「話し合いで済むならいいけど、まず無理だろう」
なんとなく、アビタットは自慢げだ。
「ひとりの人間を助けるために、ひとりの人間を殺す」
半分ふざけたように言う。
この少年ならやりそうだと思った。
「それが誰なのか、聞いても言わないんでしょうね」
サブリナの言葉に、少年は当然だといわんばかりに、胸を張る。
「そいつを殺せば、もうひとり殺すことになるだろう」
などと、煙に巻くようなことを言う。
「復讐の始まりだ」
スジーウォンは、アビタットは放っておいてもよい、と改めて思った。
地上に降りることができたらできたで、協力することもあるだろうが、別行動をとることになるだろう。
少年の復讐劇に加担するつもりはない。
こちらの任務は、カイロスの刃とやらを手に入れればいいのだから。
きっと盗み出すことになる。
目立たないに越したことはない。
ただ、それがどこにあるのか。
どのように守られているのか。
得ている情報は少ない。
目指すカイロスの刃は、街の広場の泉に無造作に放り込まれてある、という情報のみ。
そして、ンドペキが照れくさそうに話してくれたこと。
泉の水に少しでも触れた者は、たちまち石になる……。
そんな、おとぎ話のような伝承だけが頼りである。
何とかして、もっとまともな情報を集めなくてはならないが、街に協力者はいない。
少年の刃傷沙汰に付き合って、得することは何もない。
「後の世に、ロア・サントノーレの惨劇と語り継がれることになるだろう」
などと、アビタットは面白がっている。
先ほどの逡巡はどこへやら。
サブリナは幾分持て余したのか、努力して笑顔を作っている。
「本当なんだぞ」
ふざけたように話すが、この少年は本気だ。
アビタットが茶目っ気たっぷりに話せば話すほど、そんな気がする。
実際、少年ではないのだ。
数百年も生きてきた、裏も表もある男、のはず。
「じゃ、証人になってやる」
と、スジーウォンは調子を合わせた。
「頼むよ! ハイ、おしまい。これ以上、聞かないで!」
アビタットは、自分の話は終わりだとばかりに、夜食を平らげ始めた。