30 私にも会いたい人がいる
その夜、スジーウォンとスミソは、ホテルには泊まらなかった。
サブリナの部屋に泊まることになったのである。
「旅は道連れ、というより、お互いのことを少しは理解しあっている方がいいと思う」
サブリナの提案。
アビタットも不服そうな顔をしながらも、結局はついてきた。
サブリナの目的、アビタットの目的、そしてスジーウォンとスミソの目的。
それぞれ違う。
空港が閉鎖され、ロア・サントノーレに無事に行き着けるかどうか怪しい状況。
何らかの決断をするときが来るかもしれない。
そのとき、セカセッカスキがどう振舞うかも予測できない。
互いの利害を、合わせられるものなら合わせておきたい。
そんなサブリナの提案に納得したからだった。
部屋は、客三人がそれぞれ休むに十分な広さがあった。
「アビタット、あなた、荷物は?」
サブリナが聞いている。
「この身ひとつで十分」
アビタットはサブリナには心許さず、というポーズ。
スジーウォンにとっても、得体の知れない女という感触は消えない。
しかし、任務の遂行第一、であれば、サブリナの素性を詮索する意味はないし、気もない。
アビタットがちらちらと、こちらに目を向けている。
もちろん、すでにヘッダーははずしている。
ニューキーツのマナーでは店の中ではヘッダーを外す。これに従い、セカセッカスキの店でも素顔を見せていた。
スミソもサブリナへの警戒心は解いていないようだ。
もともと無口だが、店でも、ここに来てからも、一言も口を開いていない。
簡単な夜食が振舞われた。
明朝七時に、セカセッカスキの店に出向く。その確認。
後は、身の上話だろうか。
そんな気分のひと時。
「ニューキーツに行きたい」
前にも聞いた、そんな言葉でサブリナが語り始めた。
「会いたい人がいる」
ずっと忘れたことはない。
しかし、会うことは叶わなかった。
ようやく、その機会が。
ポツリポツリと話す。
私にも会いたい人がいる。
スジーウォンは想った。
これまでずっと一緒にいたのに、こんな気持ちになったことはなかった。
こんな気持ちになるとは思ってもいなかった。
離れ離れになるまでは。
なんだろう。
この身持ち。
忘れていたものを唐突に思い出した。
そんな気持ち。
「会って謝りたい」
サブリナは言う。
私も。
あんなにつっけんどんだったり、馬鹿にしたり。
本当はそんなふうに思ってもいなかった。
今は分かる。
なぜか、そんなふうに振舞うしかなかった。あの頃は。
きっと、そう、自分の気持ちを隠すために。
「ロア・サントノーレに行きたいんでしょ。皆さんは」
「ああ」
「理由は聞かない。聞いても話さないでしょ」
むろん、話す気はない。
アビタットにしてもそうなのだろう。
「うん」と、応えただけ。
スミソは黙ったまま、食事を口に入れている。
サブリナが会って謝りたい人。
謝らなくてはいけないこと、とは。
聞くのが礼儀かもしれない、とは思ったが、既にその機会を逸している。