2 カイラルーシの夜
夜の街路は雪混じりの雨に濡れ、ほのかな黄色い光が、平板なコンクリートの舗道に不思議な模様を描いていた。
雨はやみ、空は晴れ渡っている。
「静かだな」
人通りはほとんどなく、市民に対する何らかの統制が敷かれていることが窺われる。
「つけられてるよ」
と、追い越しざまに少年が呟いていった。
む!
緊張が走ったが、意識的に悠然と通りを歩いてゆく。
カイラルーシの街はニューキーツと異なり、寸胴なまるでビアグラスを伏せたような小さな建物が建ち並んでいる。
整列しているところもあれば、ランダムにかなりの間隔をあけているところもある。
黄色い光は、それらの建物内部から、金属的な光沢を持つ外壁を通して発せられている。
それぞれが住宅であり商店なのだろうが、よそ者のふたりにはその区別がつかなかった。
どれもこれも同じようなサイズ、同じ外観。
街の中枢はすべて、これら寸胴建物の地下にあるとは聞いている。
ニューキーツ東部方面攻撃隊隊員、スジーウォンとスミソ。
「厄介だな」
建物がすべてシリンダー状であるため、待ち伏せして追手を捕まえるタイミングが難しい。
見を隠すような物影もない。
「二手に分かれるか」
カイラルーシは地球上で最も大きな街で、公称人口百十万。
武闘派として有名だ。
ニューキーツでは許されない街中の武装も、ここで見咎められることはない。
防衛軍、攻撃軍という区別もなく、軍の行進もよく見かける光景だという。
スジーウォンとスミソも、武装したまま人通りの少ない夜の街を歩いていた。
「抜かるな」
スジーウォンの言葉を背に、スミソはするりとひとつのシリンダーを回り込んだ。
黒豹とあだ名される、隊一二を争う俊敏さを持つスミソ。
俺達を何のために。そう心の中で呟いてから、尾行者の後ろにつける。
あれか。
相手は装甲は身に付けていないようだった。
黒いロングコートにつば付き帽。よく見かける服装だ。
背丈は小さく、華奢な体つき。
建物に窓はない。
何の飾り気も無いシリンダー。
中に、人がいるのかいないのか見当も付かない夜の街角に、監視カメラだけが生き物のようにレンズを光らせていた。
スミソは小型のレーザー銃を構えた。
「止まれ!」
追手は驚く様子もなく、悠然と振り返ると、両手を挙げ、
「撃たないで」と言った。
女の声だった。
「動くな!」
慎重に近づいていく。
女が小声で言った。
「武器は持ってないわ。銃を下げて。目立つから」
「どういうつもりだ!」
「悪意じゃない。あなた方が飛空艇を探していると聞いたから」
「それでは回答にならない。なぜかと聞いている」
「私も飛空艇を探しているのよ。私より、あなた方の方が見つけるだろうと思って、だから」
見つけた飛空艇を横取りしようというのではない。同乗させてもらえたら助かる、と思ったからだという。
スジーウォンとスミソは女を間に挟んで、歩きながら詰問した。
警戒を解いてはいないが、立ち止まって話すのは憚られる。
「この街は、軍の人の力が強いでしょ。私のような市民は、なかなか飛空艇を探せなくて」
市民、だろうか。
黒目の大きな澄んだ瞳をしていた。
スミソは、なんとなく、女から発せられる「気」が、普通の女性のものではないと感じた。
どこかで感じたことのあるものだったが、思い出せないでいた。
「困っているのよ」
女はサブリナと言った。
ポツリポツリと話す。
懸命な判断だ。カメラもマイクもいたるところにある。
重装備した兵士に挟まれて歩くのは、気持ちのいいものではないだろうが、平然としている。
「行きたいところがあるのよ」