死者との対話(四)
死者との対話(四)
――俺は生者の中で死者となり死者の中で生者となった――
――誰も信じまい、死者の如き俺が語る事を……
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――不意に襲った凄まじい内的神秘体験……
――俺の世界は一変した。それまでの判断基準となる全ての足場が消滅したのだ……
――俺はそれ以来同じような体験をした人物がいるのかと探したが現実社会にはいなかった。俺は歴史上の人物にはいるかも知れぬとあらゆる著作を読み漁った。似たような体験をした人物が数人は見出したが斃れるか、狂気に至るか自滅していた。
――俺は日常の日々が常に極限状態であった。異様な名状し難い流れと得体の知れぬ苦痛が常に俺を襲っていた。これは通常の言語では説明し難い……
――厳密で生きた言葉を必要とした。自分自身のバランスの保持と他者との交流の為である。
俺はそれまでは徹底的な個人主義者であった。幼いころから自分が人間の姿をしている事は頗る不可解であった。さらには人間達の存在も不快極まるものであった。自然界の摂理に反して得手勝手におのれの欲望を満たすなどとは虫けら以下だと思っていたのである。
一般で言われている自己感情などというものは全く無かった。俺は他人の感情の生じる状態を見て『感情』というものを学んだのである。このような事を言っても誰も信じない。
――謂わば『獣』のように生きていたのだ……
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俺自身の事はこれ以上語るまい。他人の体験など面白くもおかしくもないからだ。例外なく各々自分に共感し得ることは興味を示しても、である。
ある人物が言った『深淵』と言う言葉の実体は『虚無』と同義である。さらに言えばこの物質界でしか通用せぬ言葉・概念が全て消え去り、判断基準であった物差しの完全な消滅を意味する。その状態にどれだけの個人が耐え得るか、である。殆どは不安と恐怖が生じて耐え難いであろう。故にこの言葉を簡単に使う人物は曰く言い難い事に関して、碌に理解せずによく用いる。これは実体験せねば確信をもって語る事は出来ない。これを語った人物も最後は精神のバランスを崩した。
――俺はその人物の事はよく分かる。彼は孤独に耐える透徹した思考と強い意志を具えていなかった。確かに苦悩は深い、だが俺が体験したようなレベルでは無かったのである。彼は俺と同じ体験をしたら恐らく耐えられぬであろう。
――俺は歴史上の人物達から次々とバトンを渡された。
故に殆どの著作に書かれた人物の心情等は手に取る様に観えるのだ。このような事を語れば傲慢の誹りはまぬがれぬのは百も承知である。様々な異論反論など瞬時に分かるからだ。
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――死者達は直に魂に語りかける。それを聴く事自体かなりのエネルギーと痛みを伴う。当の相手以上にその感じた事を強く感じるからだ。このような内容の事は一般に存在する自称霊能者や神秘主義にかぶれた半端な連中とは全く違うものである。彼らは単なる個人的主観の空想妄想の域を出てはいない。
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中途半端な心理学者など全く興味は無い。殆どの心理学者の根底には所詮人間も動物でしかないという物神思想の域を出てはいない。
彼の『集合的無意識』も曖昧な何でも包み込める大風呂敷にすぎない。
――死者達との対話は魂の知覚力を具えていなければ決して聴くことはできない。聴こうと思えば日常の空間に充満しているのが分かるであろう。これを聴くには個人が普遍的意識状態へ至っていなければ不可能である。このように言えばまた『こいつは頭がおかしい』と思うであろう。
――通常の言葉を用いる事の難しさである。自明だが、各自の意識状態に応じて物事の解釈をする。
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――どうしてもこのような内容は詩的にならざるを得ぬ……
「血と泥と」
俺はコールタールのような大気の中をもがきながら進んでいる。
変質したのは空気だけではない。想念や感情や何気ない日々の光景、そのあらゆるものが粘り、へばり憑く悪意でこの俺を潰そうとする。
俺のひとつひとつの行為そのものに渾身の意志が要求される。
安らぎの眠りすら与えられぬ。何もかもが意識的な行為、必死の決意が普通であると、誰が信じえよう・・・・・・
眩暈、吐き気、激痛が俺の全存在に猛威をふるい責めたてる。
ああ、俺はこの状態に何処まで、いつまで耐えきれるのか?
俺の肉体は餌を拒否する。不眠とひりつく過敏さは脳味噌を軋ませ、全身に得体の知れぬ焼けつく痛みや痺れる苦痛が走る。
俺は辛うじて自らを支えている。集中を弛めれば狂気に陥るだろう。俺は自分の行為を常に逆様に考える。そして回転させる。これをひたすら続けている。
俺の不安は俺が俺でなくなることだ。
――狂気に憧れる連中は狂気の何たるかを知らぬ。俺の緊張が一瞬でも弱まれば粉々に砕け散ることは間違いない。自意識の強いこの俺には死より耐え難いことだ。俺は狂気を、眠りを欲しない。
俺の肉体は地を這いずり歩く・・・・・・
空間が軋み、唸りと血がしたたる・・・・・・
死者達の様々な顔が浮かんでは去来する。俺は風景を見るように彼らの顔を見る。阿鼻叫喚にみちた顔、もの悲しい顔、絶望と孤独に苛まれる顔、顔顔顔・・・・
――静止した時の中で明滅する彼ら……
血と泥とにまみれ、もの悲しい調べ、その姿、顔、眼差し。
闇をさまよい漂う。そちこちに血みどろで駆け走る魂の放浪者達その苦 悶の・・・・・
名状し難い地獄の空間に俺は成す術もなく立ち尽くし・・・・・・
悟りと至福と悲劇と孤独と悲惨と祈りと血の涙と生存の運命とをこともなく、ただ、ただ凝視している。
血と泥にまみれ、俺はこの身が果てるまで異形者として生きねばならぬ、と決意したのは暗夜の闇にさすらう彼らを観たからだ。




