表現の意味(三)――或る作家が言った『表現とは己の命の筆先におのれの血をつけて書く』と……
表現の意味(三)
某月某日
――或る作家が言った『表現とは己の命の筆先におのれの血をつけて書く』と……
この言葉は紛れもなく表現の基本中の基本である。
俺はこの作家の言ったことは当然だと思ったが、当の本人は最後まで表現の意味の実体を知らずに死んだと……止むを得ぬと言えばそれまでだが、殆どの表現者は虚無空間の中で足掻きのたうち自滅するか狂気に至っている。
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俺は日常には虚無的世界観を打破した人物を探した。しかし何処にも居なかった、それで歴史上ではと、探したが殆どの人物は虚無空間の中でジタバタして倒れているのを知った。
――俺はこの世で異端者、異形者と化したのだ。このような事を俺が言っても誰も信じまい。
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周囲から変人と称されている画家と画廊で出会った。こいつとは少しはまともに話せるやもしれぬと……
彼の作品は抽象表現が主であった。それで俺は彼に質問した。
「何故、抽象表現が人類史の中で生じたのか? 出来たらその根拠を語ってほしい」
彼は俺を見て若干怪訝な面持ちで虚空をしばし凝視した。
「世が悲惨になればなるほど抽象的になるんですよ。今日の殆どの抽象表現者は流行のように描いていますが、内実は実に悲惨なものです」
――眼前の画家はまだ三〇歳前後であろうか、つぶやくように言うと昏いまなざしを俺に向けた。この画家は深い苦悩を抱いているようだ。俺はこいつとは少しは話せると感じた。だが、あまり深入りすると心身のバランスを崩すかもしれぬ。ある程度までは話せてもだ――、俺はこの手の人物とは数人だが会って話したことがある。殆どの連中は見聞した哲学、心理学、文学等々、の知識をさも自分が考えたように語る。こいつは自分自身の体験経験から言葉を発しているのであろう。
「で、あなたはその根拠を語れるのですか?」
俺に逆に質問を返してきた。
「簡単に言えば虚無的世界観から生じたんですよ。これを説明するのは相手によってはかなり難しいんですがね。さらに言えば自然科学に依拠した相対的意識からとも言える。それは個人が個人であって個人では無いとも謂えるかとも……」
画家は俺の言った事を聴き、さらに一段と苦悶するような表情になった。
「何となく分かります。自分はまだ確信は無いのですが、近代から今日に至るまで多くの表現者は斃れていますから……」
俺はこの男は直感的に理解してはいてもその根拠を透徹した思考を通しては血肉化してはいないと。これ以上追い詰めると危険だと感じた。
「又、日を改めて来るので今日はこれまでにしますか」
俺は相手が壊れる前にこの場を離れなければと、直感した。
必要以上に相手に踏み込む事は暴力になると痛感していた。俺は相手に優れた可能性はあっても時期を待つことが必要だと過去の経験から嫌という程分かっていた。
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――世の識者や宗教家どもは簡単に『空』とか『無』とほざく。
その実体どころかおのれが体験体得もせずにだ。所謂仏教でいうところの唯識の限界、孫悟空の意識状態である。それも観念的知でしかない。こんなことを俺がどれほど言っても何のことやらと、何と傲慢な物言いだと思われるのが落ちである。如何にもそうだ、俺は自分の体得した事しか語らぬ。誰からも理解されぬのは百も承知だ。
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――後日知ったのだが、あの画家は個展終了後自ら命を絶ったと……
表現の真の意味とはあらゆる素材に命を吹き込む事である。
それが如何に困難であるかは歴史を見れば分かる事である。その厳しさを知らぬ者が喧しい。自由とも連動しているのだがこれまた語るは難い。それでも表現者である以上は何処までも未知なる道を探求すべきである。結果ではない、歩む行為自体が最も重要かつ基本なのであるが、これまた甚だ困難な茨の道であることは言うまでもない。




