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均された世界の優等生  作者: ニィギンヤ


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1/8

均された教室

 この国では、“天才”は存在してはいけない。


 正確に言えば——存在しても、見つかってはいけない。



 学校の壁には、必ず同じ標語が貼られている。



『努力は平等であるべきだ』



 誰でも同じだけ努力して、同じだけ成果を出す。


 それが、この国の“正しさ”だった。



「おはよ、結城」



 教室に入ると、すぐに声をかけられる。


 振り返ると、三上 紗奈が手を振っていた。



「おはよ」



 軽く返して席に着く。



 周りはいつも通りだ。


 騒がしくて、普通で、何も変わらない。



「昨日の課題やった?」



 前の席から、佐伯 恒一が振り向く。



「一応」



「“一応”ってなんだよ」



「時間かかったけど」



 そう言うと、佐伯は納得したように頷いた。



「だよな。あれキツいよな」



 嘘ではない。


 “時間がかかったように見せた”だけだ。



 実際は、数分で終わっている。



 でも、それを言うことはできない。



 この教室には、“基準”がある。



 速すぎても、遅すぎてもいけない。


 ちょうどいい位置にいなければならない。



 それが、この世界のルールだ。



「結城くん、ちょっといい?」



 後ろから声がかかる。


 高坂 真由だった。



「ここ、どうやったの?」



 ノートを差し出してくる。



「えっと……」



 少し考える“フリ”をする。



「ここは、こうして……こうかな」



 わざと遠回りな説明をする。



「なるほど……」



 高坂は何度も頷いた。



 正しい解き方ではない。


 でも、間違ってもいない。



 “ちょうどいい解き方”だ。



「ありがとう」



「いや」



 視線を落とす。



 簡単すぎる。



 全部。



 考える必要もない。


 見れば分かる。


 聞けば分かる。



 最初から、答えがあるみたいに。



 でも、それは“あってはいけない”。



「結城ー」



 今度は横から声。


 橘 大地が肩を組んでくる。



「今日のテスト、自信ある?」



「まあまあ」



「またそれかよ」



 笑いながら言う。



「お前さ、なんだかんだ毎回点いいよな」



「運だよ」



「それで通す気かよ」



 橘は笑う。



 冗談として処理される。



 それでいい。



 それが正しい。



 教室の隅で、誰かが小声で話している。



「でもさ、たまにおかしくない?」



 声は小さいが、聞こえる。



「結城、ちょっと出来すぎじゃない?」



 別の声が答える。



「でもめっちゃ勉強してるじゃん」



「そうそう、夜遅くまでやってるって聞いた」



「だよな。じゃないとあの点数無理だし」



 自然に話がまとまる。



 “努力しているから出来る”。



 その結論に、誰も疑問を持たない。



 持たせないようにしている。



 それが、この世界の均衡だ。



 チャイムが鳴る。



 教師が入ってくる。


 水無瀬 教諭。



「今日は確認テストをする」



 ざわつく教室。



「範囲は昨日までの内容だ」



 問題が配られる。



 紙を受け取る。



 視線を落とす。



 一問目。



 理解する前に、答えが分かる。



 二問目。



 読む必要もない。



 三問目。



 全部、同じだ。



 思考がいらない。



 ただ、知っている。



 最初から。



 ペンを持つ。



 止める。



 そのまま書けば、すぐ終わる。



 でも、それは出来ない。



 周りを見る。



 みんな悩んでいる。



 考えている。



 時間を使っている。



 それが、正しい姿だ。



 だから。



 同じようにする。



 考える“フリ”をする。



 少しずつ書く。



 間違える。



 消す。



 また書く。



 時間をかける。



 “普通”に見えるように。



 視線を感じる。



 前の席の佐伯。


 ちらっとこちらを見ている。



 逸らす。



 何も気づいていない。



 はずだ。



 テストが終わる。



 回収される紙。



 結果は分かっている。



 満点に近い。



 でも、満点にはしない。



 少しだけ間違える。



 それが、一番自然だから。



 昼休み。



「やばかったな今回」



 佐伯が机に突っ伏す。



「むずかった」



「だな」



 橘も同意する。



「結城は?」



「普通」



「またそれかよ」



 笑い声。



 その中で。



 一人だけ、黙っているやつがいる。



 神崎 恒一。



 窓際の席で、こちらを見ている。



 視線が合う。



 逸らさない。



 じっと見てくる。



 何かを測るように。



 少しだけ、違う。



 この空気に馴染んでいない。



「……」



 何も言わない。



 ただ、見ている。



 やがて視線を外す。



 それだけ。



 でも。



 わずかに、引っかかる。



 放課後。



 教室には数人しか残っていない。



 ノートを開く。



 ペンを走らせる。



 誰かが見ている場所では、必ず“書く”。



 中身はどうでもいい。



 “努力している姿”が必要だからだ。



「結城」



 声。



 顔を上げる。



 神崎が立っていた。



「ちょっといいか」



「なに」



 周りには誰もいない。



 静かな教室。



 神崎はゆっくり歩いてくる。



「お前さ」



 机に手をつく。



「——なんで、わざと間違えてる?」



 空気が止まる。



 音が消える。



 心臓の音だけが、やけに大きい。



「……何の話?」



 返す。



 普通に。



 いつも通りに。



 神崎は、少しだけ笑った。



「やっぱりな」



「だから、何が」



「簡単すぎる問題、全部外してる」



 淡々とした声。



「逆に難しいとこは全部合ってる」



 視線が逸らせない。



「そんな偶然、あると思うか?」



 沈黙。



 答えは、いらない。



 神崎はもう分かっている。



「……別に」



 言葉が出ない。



 うまく、作れない。



 神崎は続ける。



「安心しろ」



 低い声。



「まだ言ってない」



 “まだ”。



 その一言で、意味は十分だった。



 この世界で。



 “天才”だと知られることの意味。



 それがどうなるか。



 知らないわけがない。



 消される。



 修正される。



 均される。



 “いなかったこと”になる。



 だから、隠している。



 ずっと。



 でも。



「……なんで言わないの」



 やっと出た言葉。



 神崎は少しだけ考える。



「面白いから」



「は?」



「どこまでやるのか、見てみたい」



 笑っている。



 本気かどうか分からない顔で。



「それに」



 少しだけ声を落とす。



「俺も、少し似てる」



 その一言で。



 背中に冷たいものが走る。



 理解する前に、分かる。



 同じだ。



 この感覚。



 この違和感。



 このズレ。



 目の前にいるのは。



 “同類”だ。



 初めて。



 この世界で。



 隠さなくていいかもしれない存在が、現れた。



 でも。



 それは同時に。



 最も危険な存在でもあった。


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