均された教室
この国では、“天才”は存在してはいけない。
正確に言えば——存在しても、見つかってはいけない。
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学校の壁には、必ず同じ標語が貼られている。
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『努力は平等であるべきだ』
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誰でも同じだけ努力して、同じだけ成果を出す。
それが、この国の“正しさ”だった。
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「おはよ、結城」
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教室に入ると、すぐに声をかけられる。
振り返ると、三上 紗奈が手を振っていた。
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「おはよ」
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軽く返して席に着く。
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周りはいつも通りだ。
騒がしくて、普通で、何も変わらない。
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「昨日の課題やった?」
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前の席から、佐伯 恒一が振り向く。
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「一応」
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「“一応”ってなんだよ」
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「時間かかったけど」
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そう言うと、佐伯は納得したように頷いた。
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「だよな。あれキツいよな」
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嘘ではない。
“時間がかかったように見せた”だけだ。
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実際は、数分で終わっている。
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でも、それを言うことはできない。
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この教室には、“基準”がある。
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速すぎても、遅すぎてもいけない。
ちょうどいい位置にいなければならない。
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それが、この世界のルールだ。
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「結城くん、ちょっといい?」
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後ろから声がかかる。
高坂 真由だった。
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「ここ、どうやったの?」
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ノートを差し出してくる。
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「えっと……」
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少し考える“フリ”をする。
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「ここは、こうして……こうかな」
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わざと遠回りな説明をする。
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「なるほど……」
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高坂は何度も頷いた。
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正しい解き方ではない。
でも、間違ってもいない。
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“ちょうどいい解き方”だ。
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「ありがとう」
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「いや」
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視線を落とす。
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簡単すぎる。
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全部。
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考える必要もない。
見れば分かる。
聞けば分かる。
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最初から、答えがあるみたいに。
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でも、それは“あってはいけない”。
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「結城ー」
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今度は横から声。
橘 大地が肩を組んでくる。
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「今日のテスト、自信ある?」
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「まあまあ」
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「またそれかよ」
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笑いながら言う。
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「お前さ、なんだかんだ毎回点いいよな」
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「運だよ」
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「それで通す気かよ」
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橘は笑う。
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冗談として処理される。
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それでいい。
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それが正しい。
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教室の隅で、誰かが小声で話している。
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「でもさ、たまにおかしくない?」
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声は小さいが、聞こえる。
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「結城、ちょっと出来すぎじゃない?」
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別の声が答える。
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「でもめっちゃ勉強してるじゃん」
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「そうそう、夜遅くまでやってるって聞いた」
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「だよな。じゃないとあの点数無理だし」
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自然に話がまとまる。
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“努力しているから出来る”。
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その結論に、誰も疑問を持たない。
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持たせないようにしている。
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それが、この世界の均衡だ。
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チャイムが鳴る。
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教師が入ってくる。
水無瀬 教諭。
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「今日は確認テストをする」
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ざわつく教室。
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「範囲は昨日までの内容だ」
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問題が配られる。
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紙を受け取る。
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視線を落とす。
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一問目。
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理解する前に、答えが分かる。
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二問目。
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読む必要もない。
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三問目。
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全部、同じだ。
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思考がいらない。
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ただ、知っている。
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最初から。
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ペンを持つ。
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止める。
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そのまま書けば、すぐ終わる。
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でも、それは出来ない。
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周りを見る。
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みんな悩んでいる。
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考えている。
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時間を使っている。
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それが、正しい姿だ。
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だから。
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同じようにする。
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考える“フリ”をする。
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少しずつ書く。
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間違える。
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消す。
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また書く。
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時間をかける。
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“普通”に見えるように。
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視線を感じる。
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前の席の佐伯。
ちらっとこちらを見ている。
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逸らす。
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何も気づいていない。
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はずだ。
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テストが終わる。
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回収される紙。
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結果は分かっている。
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満点に近い。
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でも、満点にはしない。
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少しだけ間違える。
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それが、一番自然だから。
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昼休み。
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「やばかったな今回」
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佐伯が机に突っ伏す。
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「むずかった」
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「だな」
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橘も同意する。
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「結城は?」
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「普通」
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「またそれかよ」
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笑い声。
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その中で。
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一人だけ、黙っているやつがいる。
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神崎 恒一。
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窓際の席で、こちらを見ている。
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視線が合う。
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逸らさない。
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じっと見てくる。
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何かを測るように。
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少しだけ、違う。
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この空気に馴染んでいない。
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「……」
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何も言わない。
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ただ、見ている。
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やがて視線を外す。
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それだけ。
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でも。
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わずかに、引っかかる。
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放課後。
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教室には数人しか残っていない。
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ノートを開く。
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ペンを走らせる。
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誰かが見ている場所では、必ず“書く”。
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中身はどうでもいい。
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“努力している姿”が必要だからだ。
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「結城」
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声。
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顔を上げる。
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神崎が立っていた。
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「ちょっといいか」
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「なに」
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周りには誰もいない。
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静かな教室。
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神崎はゆっくり歩いてくる。
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「お前さ」
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机に手をつく。
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「——なんで、わざと間違えてる?」
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空気が止まる。
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音が消える。
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心臓の音だけが、やけに大きい。
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「……何の話?」
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返す。
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普通に。
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いつも通りに。
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神崎は、少しだけ笑った。
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「やっぱりな」
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「だから、何が」
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「簡単すぎる問題、全部外してる」
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淡々とした声。
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「逆に難しいとこは全部合ってる」
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視線が逸らせない。
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「そんな偶然、あると思うか?」
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沈黙。
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答えは、いらない。
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神崎はもう分かっている。
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「……別に」
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言葉が出ない。
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うまく、作れない。
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神崎は続ける。
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「安心しろ」
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低い声。
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「まだ言ってない」
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“まだ”。
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その一言で、意味は十分だった。
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この世界で。
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“天才”だと知られることの意味。
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それがどうなるか。
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知らないわけがない。
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消される。
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修正される。
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均される。
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“いなかったこと”になる。
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だから、隠している。
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ずっと。
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でも。
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「……なんで言わないの」
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やっと出た言葉。
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神崎は少しだけ考える。
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「面白いから」
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「は?」
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「どこまでやるのか、見てみたい」
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笑っている。
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本気かどうか分からない顔で。
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「それに」
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少しだけ声を落とす。
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「俺も、少し似てる」
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その一言で。
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背中に冷たいものが走る。
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理解する前に、分かる。
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同じだ。
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この感覚。
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この違和感。
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このズレ。
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目の前にいるのは。
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“同類”だ。
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初めて。
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この世界で。
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隠さなくていいかもしれない存在が、現れた。
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でも。
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それは同時に。
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最も危険な存在でもあった。




