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Lの昇天  作者: kumako


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精神病院

精神病院に入院しているL。

 今から1年ほど前、Lは精神病院に入院していた。そこでは何もかもがおかしかったし、何もかもがおかしいことが正常だった。


 人というのは、その置かれている環境にすぐに順応してしまうものだ。患者の誰かが窓ガラスを割っても、病院の職員たちは平然としていた。患者たちも、何か面白いものでも見るように割れたガラスを見守っていた。


 窓ガラスを割った患者は、その直後により重い患者がいる病棟へと移されていった。Lが入院していたのは、比較的軽度の患者が集められている病棟で、雰囲気は穏やかだった。


 その理由を知れば驚かれるかもしれないが、Lがその病院に入院したのは警察官とひと悶着を起こしたからだった。つまり、措置入院というものである。警察当局のほうでは、Lを逮捕して拘置所にぶちこむよりも、精神病院に入れて治療させることが適切だと判断した。そういう単純な理由による。


 なぜ警察官と喧嘩をすることになったのか、その理由はLにもはっきりとしない。ただ、Lはコンビニエンスストアで万引きをして、とあるビルの非常階段に隠れ、そこから小さなコンクリートの欠片を通行人に向かってぶつけていた。通りがかった誰かが通報をしたのか、コンビニエンスストアの店長が通報したのか、Lには分からなかった。しかし、警察官は間もなくやってきた。


 Lは階段の踊り場に立ち、勢いをつけて警察官の腹を蹴った。


「お、お前!」


 と言って、警察官はLに掴みかかってきた。それから取り押さえられるまではあっという間の出来事だった。Lの頭には、その時の様子が今でもスローモーションのように蘇る。さすが手練れと言う他はないが、Lは後ろ手を掴まれ、そのまま腕を背中に回され、階段に体を押し付けられた。巡査が応援を呼ぶのを、Lはどこか冷めた気持ちで聞いていた。


「お前、いい加減にしろよ、なあ! いい加減にしろよ! ……ええ、そうです」


 警察官が電話に向かって話したり、Lに向かって恫喝するのを、どこか遠くで見た光景のように、自分が今体験している行為ではないかのように、Lは感じていた。すべてが傍観者の気分だった。そして、一晩の取り調べの後、Lは精神病院に入院させられた。そこへと運ばれていく間も、Lは手足を拘束されたままだった。


 精神病院では色々なことがあった。そこで、Lはまず隔離室に入れられ、2日間ほど身体を拘束されていた。その間も、Lは何も感じなかった。ただ、時折意識を失うように眠りに落ちた。


 病棟には様々な人たちがいた。一日中念仏を唱えているような人、時折大声を出す人、暗く沈んだまま何も話さないような人、親し気に話しかけてくるが、何かあると途端にキレだす人、正常だとしか思えないような人。彼らの誰もが心に病を抱えていた。そしてきっと、Lもそうだったのだろう。Lが彼らを見ているような視点で、Lもまた見られていたのだ。


 精神病院で親しくなった人たちは何人かいた。それが何の甲斐もないことだと知りながら、退院後の連絡先を交換した人たちもいる。病院の規則ではそれは固く禁じられていたのだけれど……それを守っているのは少数だった。


 ある婦人は、3度の結婚と3度の離婚、そして3度の自殺未遂をしたと、Lに教えてくれた。その人は病院内でLが親しくした人の一人だった。


「こんな波乱万丈な人生はないでしょう? おまけに息子まで自殺しようとしたのよ? それで、わたしおかしくなってしまってね」


 と、婦人は言った。その口調はどこまでも穏やかで、自殺未遂を繰り返してきた人間のようではなかった。後でLは知ったのだが、その人の病名は双極性障害ということだった。一方のLは統合失調症と判断された。


「明るくて良い人ねえ、あなたがいなければ、わたし一日でもこんな病院に耐えられないわ」


 とも、婦人は言った。そんな感想が何か意外なことのように、Lは漠然と思っていた。


 病院内ではレクリエーションやリハビリテーションもあった。それらは社会に復帰するためのもので、互いのコミュニケーション能力や注意力を身に付けさせようとするものだった。Lは疎外感を感じた。「自分は今まで普通に生活出来ていたはずなのに、何のためのリハビリテーションなのだろう?」と思った。

次章に続きます。

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