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配下からの信頼が重すぎる  作者: きなこもち
第7章

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「接見の価値」

 


 蒼海商盟ルヴァンディアは、世の中の大抵のものに値札をつけられる。


 穀物。

 香料。

 鉄。

 船。

 情報。

 戦争。

 停戦。

 裏切り。

 忠誠ですら、時と相手によっては値に換えられる。


 だから商盟の強さは、ただ金を持っていることではない。

 何に値が生まれ、何がどの段階で最も高くなり、どこから先は触れた瞬間に損へ変わるのか。

 それを、誰より早く嗅ぎ取れることにある。


 だが、本当に厄介な案件だけは別だった。


 値が見える。

 だからこそ、まだ売ってはいけないと分かる。


 いま門前で起きていることが、まさにそれだった。


 ---


 商盟側前進拠点の最上部、見晴らしだけは良い簡素な執務室で、メリゼアは薄い報告札の束を指先で軽く叩いていた。


 普段ならもっと札は厚い。

 雑多な噂。

 利の匂い。

 各国の顔色。

 現地傭兵の腹の動き。

 私設線の不穏な伸び方。

 そういうものが山になって届く。


 だが最近は違った。


 門前へ流していい情報そのものが減っている。

 いや、正確には**減らしている**のだ。


 それが正しいと、商盟の上層が理解してしまったから。


「嫌な感じね」


 メリゼアが言った。


 向かいで帳票を揃えていたカイルが顔を上げる。


「どの意味で?」


「全部」


 即答だった。


「高い。重い。壊れると全部飛ぶ。しかも、飛んだ時の損失が読めない」


「ええ」


「最悪の案件よ」


 商人にとって、読めない損失ほど嫌なものはない。


 儲かるかもしれない。

 だが一歩間違えれば、市場そのものの前提が吹き飛ぶ。

 そういうものは、金勘定の顔をした災害に近い。


「接見段階への移行、ほぼ確定ですね」


 カイルが静かに言う。


「でしょうね」


 メリゼアは窓の外、白霜外界の方角を見る。

 もちろんここから門は見えない。

 それでも、あの向こう側で何かが進んでいることだけは、もう疑いようがない。


 応答が返った。

 向こうに王がいた。

 しかも終王に返した。


 ここまで来た以上、次は会う条件を整えるしかない。

 市場の目から見ても、それはもう明白だった。


「短期派は」


 メリゼアが問う。


「静かです」


「本当に?」


「少なくとも今は、本当に」


 カイルの返しに嘘はなさそうだった。


 短期派は浅くて欲深い。

 だが、欲深いからこそ損にも敏感だ。

 門前で一歩間違えた時の損失が“今この案件から完全に外されること”だと理解してからは、さすがに露骨な動きが減っている。


「よろしい」


 メリゼアは短く言った。


「ようやく学んだのね。遅いけど」


 ---


 卓上には、すでに新しい価値整理表が並んでいた。


 門前秩序。

 第二圏観測。

 境界安定権。

 待機権。

 受容配置参加権。


 そして、その下に薄く鉛で書かれた一行。


 **接見前段階/未市場化**


 メリゼアはその文字を見て、軽く鼻で笑った。


「未市場化、ね」


「現状では、その表現が一番安全かと」


「安全すぎるくらい安全ね」


 だが、それでいい。


 今の段階で“接見順”や“接見権”のような言葉を表へ出した瞬間、この案件は一気に下品になる。

 そして下品になった案件は、門前ではだいたいろくなことにならない。


「値は」


 メリゼアが問う。


「見えてます」


 カイルは言った。


「かなり高い」


「そりゃそうでしょうね」


「ですが、今売れば値そのものを壊します」


 その通りだ。


 いま高いのは“会うこと”そのものではない。

 会うことを壊さずに済ませるための静けさと順番だ。


「これ、面白いのよね」


 メリゼアは椅子へ深く腰を預けた。


「何がです」


「普通の遺産案件なら、“最初に取った奴”が高いの」


「ええ」


「でも今回は違う。“最初に会う奴”より“会うまで壊さなかった奴”の方が高い」


 カイルが少しだけ笑う。


「商盟向きではないですね」


「逆よ」


 メリゼアも薄く笑った。


「商盟向きだからこそ、みんな苦労してるの」


 海の国は、流れを扱う国だ。

 流れを壊さずに通すことの価値なら、誰よりもよく知っている。


 だからこそいま、一番高いのが“接見”ではなく“接見までの流れ”だと分かる。


 ---


「各国の動きは」


 メリゼアが問う。


 カイルは次の札を開いた。


「帝国は席を外さない方向へ明確化しました」


「ええ」


「連邦は祈りをさらに薄く。名づけを保留したまま、祈りの位置の保持へ」


「王国は」


「観測をさらに絞っています。“見るな、見誤るな”の方向ですね」


 全部、門前にとっては良い流れだった。


 良い流れ。

 だからこそ、商盟の役目も明快になる。


「なら、うちがやることも決まりね」


 メリゼアが言う。


「はい」


 カイルも頷く。


「さらに削る」


「そう」


 情報を減らす。

 私設線を抑える。

 門前へ持ち込まれる余計な観測欲を切る。

 噂の速度も少し落とす。


 普段の商盟なら、絶対にやらないことだ。

 流通は増やしてなんぼ、話題は広げてなんぼ。

 それを自分たちで絞る。


 だが、今だけはその逆の方が高い。


「接見の価値は、まだ売らない」


 メリゼアははっきりと言った。


「はい」


「でも、その周辺の静けさには値を置く」


「境界遮断、私設線抑制、観測ノイズ除去」


 カイルが確認するように並べる。


「その辺りですか」


「ええ」


 メリゼアは頷いた。


「いま売るべきは“会えるかもしれない”じゃない。“会えるところまで壊さず持っていく方が得だ”よ」


 商人らしい言葉だった。

 だが、この案件ではそれが最も本質に近い。


 ---


 昼過ぎ、商盟内部の短い会合が開かれた。


 中央取引院の上役が数名。

 傭兵斡旋組合の代表が二名。

 保険組合の古狸が一人。

 どいつもこいつも、金の匂いには敏い顔をしている。


「接見順に先んじた商品化は認めません」


 メリゼアは開口一番そう言った。


 反発が起きる前に、先に釘を打つ。


「理由を」


 痩せた老商人が問う。


「場を壊すからよ」


「抽象的ですな」


「じゃあ具体で言うわ」


 メリゼアは指先で卓を一度だけ叩いた。


「ここで“誰が最初に会うか”を売りに出した瞬間、各国も私設勢力も、接見そのものを競争の対象として扱い始める」


「それが何を生むか分かる?」


 沈黙。

 だが答えは、全員分かっている顔だった。


「押しつけ。抜け駆け。中央への圧。場の私物化」


 メリゼアが言う。


「つまり全部、門前が嫌うやつよ」


「…なるほど」


 老商人が渋い顔で頷く。


「なら我らは、何で利を取る」


「静けさよ」


 一瞬、何人かが眉をひそめた。

 だがカイルは笑わない。

 もう彼も、それが冗談ではないと分かっているからだ。


「情報の量じゃない」


 メリゼアは続ける。


「情報の質。流れの細さ。余計な手が入らない保証。その全部がいまの高値になる」


「門前へ無関係な観測線を近づけないことにも、値がつく」


「噂を遅らせることにも、値がつく」


「接見を乱さないこと自体に、値がつく」


 会合の空気が少しずつ変わる。

 商人たちは、利の匂いを嗅ぐと理解が早い。


 結局のところ、言葉が綺麗だろうが神話的だろうが関係ない。

 高いのなら、それが何かを理解しようとする。


「つまり」


 傭兵組合の代表が口を開いた。


「いまは動かぬ方が高い」


「そう」


「珍しい案件ですな」


「大嫌いよ」


 メリゼアは即答した。


「でも、高いのは認めるわ」


 それで話はまとまった。


 商盟は会う権利そのものを売らない。

 代わりに、会える流れを崩さないことに値を置く。


 かなり海の国らしい着地だった。


 ---


 会合のあと、カイルはメリゼアと二人になった執務室で、少しだけ肩の力を抜いた。


「上手く収まりましたね」


「まだよ」


 メリゼアは札束をまとめながら言う。


「ここから先で、門前が本当に接見段階へ入ったら、もっと面倒になる」


「でしょうね」


「“会えた”瞬間に全部が値崩れするものと、逆にそこから値が跳ね上がるものがある」


 だからこそ、今はまだ売らない。


 売らない方がいいと分かる時ほど、商人は強い。


「黒翼庭へ送るわ」


 メリゼアが言う。


「何をです」


「商盟の方針。接見の価値はまだ市場化しない。代わりに雑音をさらに減らすってね」


 カイルは頷いた。


「助かるでしょう」


「ええ。助かるでしょうね」


 少しだけ、彼女は目を細める。


「…嫌なくらい」


 黒翼の終王が、どこまでこの案件を個人的に面倒だと思っているかは分からない。

 いや、たぶんかなり面倒だと思っているのだろう。

 そこは何となく見えている。


 だが、面倒だと思いながらも、結局は“壊さない方”を選ぶ。

 だからこそ、今の門前はここまで綺麗に積み上がっている。


「本当に、変な王よね」


 メリゼアがぼそりと言う。


「ええ」


 カイルが答える。


「でも、そういう相手だからここまで来たんでしょう」


 否定しようのない事実だった。


 ---


 夕刻、黒鴉城ネヴァーグレイヴへ商盟から短い通達が届く。


 **接見価値の市場化は当面保留。門前静穏維持を優先。私設線、観測ノイズ、外部流通をさらに制限する**


 それを読んだクロウは、ほんの少しだけ眉を上げた。


「徹底してるな」


 ヴェルミリアが頷く。


「はい。商盟らしい判断です」


「利になるからか」


「それもあるでしょう」


「ですが、おそらく“いま接見を売れば全部が下品になる”とも理解しています」


 クロウは小さく息を吐いた。


「分かってるじゃないか」


「ええ」


「助かるな」


 また本音が漏れる。


 帝国にも連邦にも思ったが、商盟にもそう思う日が来るとは。

 門前案件は本当に、感想の向きをおかしくする。


「商盟は接見そのものではなく、接見までの流れに値を置いたようです」


 ヴェルミリアが整理する。


「悪くない」


「はい」


「というより、かなり良い」


 そこまで言ってから、クロウは少しだけ遠い目をした。


(帝国は席を外さない)

(連邦は祈りを薄くする)

(王国は見すぎない)

(商盟は接見を売らない)

(…嫌なくらい、全部噛み合ってきたな)


 ここまで来ると、いよいよ“会う条件”が具体になってくる。


 それは進展だ。

 間違いなく進展だ。

 なのに、気分はあまり軽くならない。


 むしろ逆で、条件が揃うほど**「本当に会うのか」**が現実になって重くなる。


「陛下」


 ヴェルミリアが静かに言う。


「何だ」


「本日は、少しだけお顔が遠いように見えます」


「遠い?」


「はい」


「白の方を見ておられるお顔です」


 よく見ている。

 見られすぎていて少し嫌になる時もあるが、今は否定するほどでもなかった。


「…そうかもな」


 短く答える。


 接見の価値をまだ売らない。

 それはつまり、商盟もまた“会うこと自体”を急がせない側に回ったということだ。


 その一歩は思っていたより大きい。


 白き王に届く距離は、距離ではなく深さ。

 なら、その深さを乱すものが一つ減るだけで、場はまた一段静かになる。


「高いわけだ」


 クロウがぼそりと呟く。


「何がでしょう」


「静けさが」


 ヴェルミリアは、ほんのわずかにだけ目元を和らげた。


「はい」


「この場では、何よりも」


 商盟は、接見の価値をまだ売らない。

 その選択は、門前をさらに一段静かな場所へ近づける。


 つまり、会うための条件はまた一つ、確かに揃ったのだった。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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