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配下からの信頼が重すぎる  作者: きなこもち
第7章

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「帝国は席を外さない」

 


 帝国は、前へ出る国だ。


 それは竜嶺帝国ザルカディアの誇りであり、長く積み上げてきた強さでもある。

 武を磨く。

 先に動く。

 先に掴む。

 遅れず、退かず、奪われない。


 帝国の軍は、そのために存在していると言っていい。


 だからこそ、白霜外界の門前で必要とされる**“出すぎない強さ”**は、帝国にとって少し性質の違う試練だった。


 前へ出るな、という話ではない。

 必要なら出る。

 だが今回は、出た瞬間に負けるかもしれない。


 そこが、いつもの戦場と決定的に違っていた。


 ---


 北方前進拠点の空気は、朝から張りつめていた。


 号令が飛んでいるわけではない。

 誰かが慌てて走っているわけでもない。

 鎧の音も、命令の声も、普段よりむしろ少ないくらいだ。


 それでも兵たちの足音には、いつもと違う硬さがある。

 無駄がない。

 迷いがない。

 いや、正確には――


 **「いまは一歩間違える方が危ない」**


 そう全員が理解している時の静けさだった。


 帝国軍は強い。

 だが本当に強い時ほど、無駄に騒がない。

 いまの拠点は、まさにそういう空気に包まれていた。


 レオンハルトは、拠点中央の作戦卓の前に立ち、白霜外界側の地図を見下ろしていた。


 門前固定点。

 境界線。

 帝国の警戒域。

 黒翼庭中央線。

 王国の記録域。

 連邦の祈りの位置。

 商盟の流通遮断域。


 そして、その隅に新しく加わった一文。


 **接見条件調整中**


「嫌な言葉だな」


 思わず出た呟きに、横に控えていたエルマが少しだけ顔を上げた。


「どのあたりがですか」


「全部だ」


 レオンハルトは腕を組む。


「“会いに行く”でも“攻める”でもなく、“接見条件を調整する”だぞ」


「門前らしいですね」


「だから嫌なんだ」


 帝国の言葉ではない。

 少なくとも、帝国が得意とする言葉ではない。


 会うなら会う。

 攻めるなら攻める。

 取るなら取る。

 勝つなら勝つ。


 そういう分かりやすさから少しずつ外れたところで、今の北方は進んでいる。


 しかも、その回りくどい進み方の方が、どうやら正しい。


 それが帝国にとっては、ひどくやりづらかった。


「父上は正しい」


 レオンハルトが低く言う。


「席を失うな。門前を急かすな。まったくその通りだ」


「はい」


「だが、その正しさを軍へ落とすのは厄介だな」


 そこが問題だった。


 帝国軍は有能だ。

 だが有能であることと、**“待つ強さ”に慣れていること**は別だ。


 特に、門前で応答まで返ったと聞けばなおさらだろう。

 今こそ押すべきだ。

 今こそ踏み込むべきだ。

 今こそ主導権を奪うべきだ。


 そう思う者は必ず出る。


 そして、その手の焦りがいま一番危ない。


 ---


「殿下」


 副官が一礼して入室する。


「何だ」


「北方方面軍上級会議、開始の時刻です」


「ああ」


 レオンハルトは短く返した。


 今日は、帝国側の立場をはっきり固める必要がある。


 ここから先、黒翼庭が門前を“接見配置”へ寄せていくのはほぼ確実だ。

 なら帝国もまた、自分たちがどういう席に座るのかを先に決めておかねばならない。


 会議室には、北方方面軍の将官たちがすでに集まっていた。


 武勲派。

 実務派。

 慎重派。


 顔ぶれを見るだけで、おおよその流れは分かる。


 入口に近い側の老将は腕を組んだまま不満そうだし、奥に座る若い将官は目に見えて熱を持っている。

 中央寄りにいる実務派は、そのどちらにも寄らず、まず話を聞く顔をしていた。


 つまり、予想通りだ。


「始める」


 レオンハルトが言うと、室内が静まる。


「すでに共有の通り、門前では応答が返った」


 その一言だけで、空気が少し重くなる。


 誰も軽くは受け取っていない。

 帝国の軍人であっても、それがどれだけ重大な変化かは理解している。


 門の向こうに王がいる。

 しかも、終王へ返した。

 そこまで来れば、ただの異変ではない。


「ここから先、黒翼庭は接見条件の調整に入ると見られる」


 ざわめきは起きない。

 だが、沈黙の硬さが少し変わる。


「意見を聞こう」


 短く投げると、やはり最初に口を開いたのは若い武勲派の将軍だった。


「殿下」


「言え」


「いまこそ帝国が前へ出るべきではありませんか」


 来たな、と思う。


 分かりやすい。

 そして、軍人としては自然な反応でもある。


「理由を述べろ」


「向こう側に王がいることが判明した以上、接見の主導権を黒翼庭へ渡しきるのは危険です」


「続けろ」


「帝国もまた門前への関与を一段深めるべきです。少なくとも、中央線への影響力を持たねば、今後の均衡で不利になります」


 言っていること自体は間違っていない。

 帝国が席を保つ必要は、たしかにある。


 問題は“そのために前へ出る”という発想の方だ。


「他は」


 レオンハルトが問うと、今度は年長の慎重派が口を開いた。


「殿下。私も関与を深める必要には同意します」


「だが、武を見せる形は避けるべきかと」


「理由は」


「ここまでの経緯が示しております。門前は“押す”動きに明確に嫌気を示す」


 その通りだ。


「なら帝国が取るべきは、中央へ近づくことではなく、中央から外されぬことです」


 会議室の空気が少しだけ変わる。

 若い将軍が不服そうに眉を寄せた。


「しかし、それでは受け身です」


「違う」


 レオンハルトが低く切った。


 それだけで室内が静まる。


「受け身ではない」


「帝国はいま、“席を外さない”こと自体で前へ出る」


 全員の視線が集まる。


「門前の中央を奪いに行けば、門そのものに外される可能性がある」


「だが、境界を最も正しく押さえ、規律を保ち、会うための場を壊さぬ位置を取り続ければどうなる」


 誰もすぐには答えない。

 答えは分かっているが、まだ言葉になっていないだけだ。


「帝国は“必要な国”として席に残る」


 その一言で、理屈が一本通る。


 中央を取るのではない。

 中央に必要な境界となる。

 押すのではない。

 外されないように立つ。


 それはたしかに、帝国の本来の気質からすれば少し回りくどい。

 だが、いまの門前ではその回りくどさの方が強い。


 ---


 しばらく沈黙が落ちたあと、若い将軍がなお食い下がった。


「ですが殿下、それでは黒翼庭に主導を明け渡したままでは」


「主導はもう黒翼庭にある」


 レオンハルトははっきり言った。


 その一言に、室内の空気がさらに重くなる。


「認めたくないなら、認めなくていい」


「だが現実はそうだ」


「門前秩序を置き、受容配置を成立させ、応答まで引き出したのは黒翼庭だ」


「そこを無視したまま“帝国が主導を奪う”と言っても、門の方が認めぬ」


 それは苦いが、否定しようのない現実だった。


 帝国の強さは、現実を無視しないところにある。

 もしここで面子を優先して現実を見誤れば、それこそ帝国らしくない。


「では」


 慎重派の老将が問う。


「我らが次に守るべきものは何でしょう」


「席だ」


 レオンハルトは即答した。


「門前の席を守れ」


「武功ではない。前進でもない」


「境界を崩さぬ席。門前へ余計な圧を通さぬ席。黒翼庭にとっても“いなくなると困る席”になれ」


 その整理は、軍人にも分かりやすかったらしい。

 帝国が席を守る。

 必要な席になる。

 それなら、ただ待つだけよりはずっと帝国らしい。


「それが接見段階における帝国の役目だ」


 レオンハルトが言う。


「武を抜かずに立ち続けろ」


 室内の空気がそこでようやく定まる。


 不満はある。

 だが、全員が理屈は飲み込んだ。


 いま門前で最も高いのは、中央へ突っ込む勇猛さではない。

 中央を壊さずに済ませる規律だ。


 そして、規律なら帝国は決して弱くない。


 ---


 会議を終えたあと、レオンハルトは外の乾いた冷気を吸い込んだ。


 空は曇っている。

 白霜外界の方角は今日も見えない。


 だが、見えなくても分かることはある。


 門前はいま、“会う”方へ進んでいる。

 なら帝国もまた、それに合わせて自分の強さを選び直さなければならない。


「殿下」


 エルマが歩み寄ってくる。


「方針、固まりましたね」


「ああ」


「ご不満は?」


 その問いに、レオンハルトは少しだけ考える。


「ある」


「はい」


「だが、不満があるから間違いというわけでもない」


 それが帝国の強さだ。

 気に食わない現実でも、現実なら呑む。

 その上で、勝てる形へ変える。


「黒翼庭は接見配置に入る」


 レオンハルトが言う。


「帝国は席を外さない」


「それでよろしいかと」


「ただし」


「外されないだけでは足りん」


「はい」


「必要な席になれ」


 エルマは深く頭を下げた。


「伝えます」


 ---


 その日の夕刻、帝国から黒翼庭へ短い通達が送られた。


 **帝国は境界規律を強化。接見条件調整中において、中央への圧を増さない。席を維持する**


 いつも通り、簡潔だった。

 余計な飾りも、恩着せがましさもない。


 その通達を読んだクロウは、小会議卓の前で少しだけ目を細めた。


「分かってきたな」


 ヴェルミリアが答える。


「はい」


「帝国は接見の席を“奪う”のではなく、“保つ”方へ寄っております」


「助かる」


 それは本音だった。


 帝国は、前へ出る時は本当に前へ出る。

 だが今回はそうしない。

 それだけで中央の負担はずいぶん違う。


「レオンハルトは、思ったより柔らかいな」


「柔らかい、というより現実的かと」


 ヴェルミリアの返しも、たしかにその通りだった。


 理想や面子で動くなら、ここで帝国はもっと押してくる。

 だが押さない。

 それは、門前の理屈を理解し始めている証拠だ。


「外されないだけでなく、必要な席になろうとしているようです」


「…それは厄介だな」


「ええ」


 少しだけ、二人の間に乾いた理解が落ちる。


 必要な席になる国は、簡単には切れない。

 そして、そういう相手ほど侮れない。


 とはいえ今は、それがありがたかった。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

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