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配下からの信頼が重すぎる  作者: きなこもち
第3章 『魔導王国と神話の遺産』

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「記録された王」

 


 補助宮へ向かう時、黒翼庭は五人で動いた。


 クロウ。

 ヴェルミリア。

 ガルド。

 セラフィナ。

 バルザード。


 本来なら、王が自ら動くなら護衛と外郭監視を厚くして当然だ。

 だが今回はそれだけではない。

 王が自分の遺産に触れる可能性が高い以上、四天王が揃うこと自体に意味があった。


 政務を支える宰相。

 武を支える黒騎士。

 影を束ねる白翼。

 技術を扱う冥匠。


 王の周囲にある四つの機能が、揃って主の過去へ立ち会う。

 そういう形になっていた。


 クロウはそのことを、少しだけ大げさだと思った。

 同時に、少しだけありがたくも思った。

 自分一人では受け止めきれないものに触れるかもしれないという予感が、もうあったからだ。


「陛下」


 補助宮境界へ向かう最終回廊で、ヴェルミリアが静かに声をかける。


「何だ」


「準備は整っております」


「…そうか」


 短く返しながら立ち上がる。


 立った瞬間、妙に心臓が重い。

 戦いの前の緊張とは違う。

 もっと静かな、逃げ場のない類の緊張だ。


「補助宮境界第一層は、主認証を待つ状態で安定しています」


 ヴェルミリアが歩調を合わせながら説明する。


「魔導王国使節は距離を取りました。商盟もいまは静観です。帝国側はまだ断片情報しか持っておりません」


「連邦は」


「遅れて知るでしょう」


 それだけ言ってから、ヴェルミリアは少しだけ声を和らげた。


「今は、他国より先に触れられる時間が確保できております」


 それはたぶん、安心させようとしてくれているのだろう。


 クロウはそれに短く頷いた。

 ありがたい。

 だが、今の自分を重くしているのは他国の動きより、補助宮そのものの方だった。


 回廊を進む。

 途中でガルドが合流した。


「陛下」


「来ていたか」


「御守りいたします」


 短い。

 それで十分だ。


 さらに少し先で、バルザードとセラフィナも合流する。


 バルザードは珍しく口数を抑えていた。

 抑えているだけで、内側ではかなり興奮しているのが分かる。

 だが空気を読んでいるのだろう。

 セラフィナはいつも通り微笑んでいる。

 その微笑みが今日は、やわらかいというより静謐に見えた。


「全員来るのか」


 クロウが言うと、ヴェルミリアが答えた。


「補助宮は陛下の遺産である可能性が高い。ならば四天王が揃うべきかと」


 それは理屈としては正しい。

 だが少しだけ、個人的には気恥ずかしい。


 自分の過去の記録らしきものへ向かうのに、護衛も側近もフルメンバーだ。

 大げさだと思う気持ちがなくはない。

 とはいえ、今さら一人で行くとも言えない。


「…分かった」


 それだけで済ませた。


 ---


 補助宮境界へ至る通路は、本城の深部から直接繋がってはいなかった。


 これがまた、妙に現実味を持って胸へ刺さる。


 本城の中に扉があるのではない。

 いくつかの封印回廊と転移補助環を経由し、境界へ張り出した“王権の腕”のような場所へ出る構造になっている。

 つまり補助宮は本当に、ただの別棟ではなく、王権そのものの延長なのだ。


 最後の転移補助環を越えた時、景色が変わった。


 冷たい。


 黒鴉城の中も冷たいが、それとは違う。

 もっと“長く閉じていた空間”の冷たさだ。

 忘れられていたのではなく、閉じられたまま保存されていた空間の冷たさ。

 不用意に誰にも触らせず、ただ必要な時だけ開くことを前提にした場所の冷たさだった。


 目の前にあるのは、半ば埋もれた巨大な門だった。

 白線谷境界の下に眠っていたあの門を、今は内側から見ている。


 黒い金属と灰白の鉱石が重なり合い、円弧の縁には細い文字列が幾重にも走る。

 近くで見ると、装飾ではないのがよく分かる。

 全部が術式であり、認証であり、意味だ。


 門は閉じている。

 だが死んではいない。


 近づくほどに、薄い振動が伝わってくる。

 こちらを認識している。

 待っている。

 そんな感覚があった。


「いつでも主認証、開始可能です」


 バルザードが小さく告げる。


 クロウは門の前へ立った。

 背後で四天王たちの気配が揃う。

 誰も声をかけない。

 その沈黙がありがたい。


 門に手を触れる。


 冷たい。

 その瞬間、円弧全体を走る文字列が一斉に薄く灯った。


 黒い羽が、視界の端に一枚だけ舞う。

 実際に飛んだのか、自分の力に呼応した残像なのかは分からない。


 そして、門が音もなく開いた。


 重々しい開扉音などはない。

 ただ、最初からそこに隙間があったかのように、構造そのものが左右へ滑っていく。


 その向こうは暗く、深い回廊だった。


「…開いたな」


 思わずそれだけ口にする。


 バルザードが、心底嬉しそうなのを隠しながら答えた。


「はい。主権認証、正常。補助宮第一層、陛下を正規主として受理したようです」


 “受理したようです”という言い方が、嫌に事務的で生々しい。


 大仰な話ではなく、施設の側がごく当然に“主”として認めた。

 それが逆に重かった。


 クロウは一歩踏み出す。


 回廊の中へ入った瞬間、空気がまた変わる。

 境界の冷たさではない。

 もっと静かな、だがどこか落ち着くような冷たさだ。


「記録層へ誘導されています」


 バルザードが周囲の明滅を見ながら言う。


「戦闘層でも、封印維持層でもありません。やはり、ここは記録寄りです」


 クロウは何も答えなかった。


 今はもう、バルザードの説明が半分しか頭へ入ってこない。


 回廊の壁面には、ところどころ細い鏡板のようなものが埋め込まれている。

 灯りは少ないのに、暗くはない。

 床を踏むたびに、少し先の術式灯だけが順番に目を覚ましていく。


 歩いているだけなのに、“見られている”ではなく“記録へ照合されている”ような感覚があった。

 自分が通ったこと。

 誰と来たか。

 何も口にしなくても、その全てが施設側へ渡っている気がする。


「陛下」


 ヴェルミリアが低く呼ぶ。


「どうした」


「お加減は」


 そこだけ、少しだけ個人的な声だった。


 クロウは足を止めずに答える。


「悪くはない」


 嘘ではない。

 具合が悪いわけではない。

 ただ、落ち着かないだけだ。


「…妙に、覚えがある感じがする」


 それも本音だった。


 記憶として思い出せるわけではない。

 だが、知らない場所という感じが薄い。

 少なくとも完全な異物ではない。


 ヴェルミリアはそれ以上何も言わなかった。

 ただ一歩だけ距離を詰めて、すぐ背後を歩く。


 ---


 回廊の先は、やがて円形の部屋に繋がっていた。


 広い。

 だが豪奢ではない。


 本城の玉座の間や謁見室にあるような権威の装飾はなく、むしろ必要最低限の機能だけを整えた部屋に見える。

 中央には低い台座、周囲には扇状に並ぶ記録柱、天井には閉じたままの監視環。


 記録室だ。


 そう思った瞬間に、胸の奥で何かが小さく鳴る。


「…ここか」


 言葉にすると、部屋の中央の台座が微かに明滅した。


 それを見て、バルザードが息を呑む。


「応答しました」


「主音声認識」


 セラフィナが静かに言う。


 クロウは台座の前へ進んだ。


 近くで見ると、それは石ではなく、何か半透明の黒い鉱質体でできている。

 鏡でもなく、水晶でもない。表面は滑らかだが、その下に幾層もの記録層が重なっているように見えた。


「触れてもいいのか?」


 クロウが問うと、バルザードが即答した。


「本来の主には問題ないはずです」


 “はず”と言うな、と一瞬思ったが、今さら引くつもりもなかった。


 指先を台座へ置く。


 その瞬間、部屋全体の記録柱が一斉に光った。


 眩しさはない。

 だが、視界の奥へ直接文が流れ込むような感覚がある。


 文字だ。

 それも、今の言語ではない。

 なのに、意味だけが分かる。


 理解しているというより、“理解するように作られている”に近い。


 記録が開く。


 声はない。

 映像とも違う。

 だが、概念の束として部屋へ満ちる。


 **――第七記録層、終王権限照合。**

 **――主認証一致。**

 **――記録対象:黒翼の終王。**

 **――裁定履歴、選別基準、終止権限、封環運用。**


 クロウの息が、ほんのわずかに詰まる。


 黒翼の終王。

 自分はその名で呼ばれている。

 だが今見たそれは、配下の崇拝でも、他国の伝承でもない。

 この施設そのものが、自分をそう記録しているのだ。


「…陛下」


 ヴェルミリアの声が背後から届く。

 だがクロウは、すぐには答えられなかった。


 次の記録が開く。


 今度は、もっと断定的だった。

 概念ではなく、規定そのものに近い。


 **黒翼の終王は、終わるべきものに終止を与える。**

 **残すべきものを選別し、閉じるべきものを閉じ、歪みを抱えたまま延命する世界に裁定を下す。**

 **その権は破壊に非ず。過剰な継続を断ち、均衡へ戻すための終止である。**


 部屋が静かになる。


 誰も喋らない。

 喋れない、と言った方が近いかもしれない。


 死を撒く王ではない。

 災厄そのものでもない。

 ただ終焉をもたらす邪悪でもない。


 **終わるべきものを終わらせる王。**


 その定義が、あまりにも自然に胸へ落ちてくるのが怖かった。


 なぜなら、どこかで“そうかもしれない”と思っていたからだ。


 連邦に対しても。

 帝国に対しても。

 補助宮に対しても。


 自分は、何でも壊したいわけではない。

 無差別に殺したいわけでもない。

 ただ、越えたものを戻し、閉じるべきものを閉じ、残していいものは残したいと思っていた。


 それがいま、記録の側から言い渡されている。


「…そういうことか」


 小さく漏れる。


 それは納得であり、戸惑いでもあった。


 背後で、バルザードが本当に珍しく無言だった。

 ヴェルミリアもまた、何も言わない。

 セラフィナは睫毛を伏せ、ガルドは低く頭を垂れている。


 四天王全員が、今見ているものの重さを分かっていた。


 クロウはさらに記録へ触れる。


 次は、もっと断片的な層だった。


 裁定履歴。

 終止対象。

 封環調停。

 境界補助宮への権限移譲。

 そして、その奥に。


 **七柱王権分掌。**


 その一語で、室内の空気がまた変わる。


 七柱。


 魔導王国側が掘り始めていた神話の語。

 それがここで、明確に“施設側の正式記録”として現れた。


 クロウの指先がわずかに強く台座へ触れる。


 記録はさらに開いた。


 全部は見せない。

 だが断片は十分だった。


 世界を壊す災厄王たちではない。

 歪みを引き受け、過剰な継続を断ち、均衡を維持するために分掌された王権群。


 自分は、その一柱。


 他にもいる。

 いた。

 少なくとも、記録の上では。


「…一人じゃ、なかったのか」


 思わず出たその言葉は、ひどく個人的だった。


 王としてではなく。

 ただ、取り残されていたと思っていた一人の人間として。


 その瞬間、部屋の奥にある記録柱の一つが強く明滅した。


 視線が向く。


 他とは違う。

 その柱だけ、記録の開き方が浅い。

 まるで本体が失われ、痕跡だけが残っているような明滅だ。


 クロウはそちらへ歩いた。


 柱の表面に、紋章の断片が浮かぶ。


 黒翼ではない。

 だが見慣れないとも言い切れない。


 欠けた円環。

 細い光の筋。

 眠りを思わせる意匠。


 それは明らかに、自分のものではない。

 だが、無関係とも思えない。

 七柱のうち別の一柱へ繋がる痕跡だと考えるのが、一番自然だった。


「別の王の…」


 ザイードならそう言ったかもしれない。

 だが今ここにいるのは四天王だけだった。


 それでもヴェルミリアが静かに言う。


「痕跡でしょうか」


「おそらく、な」


 クロウは答える。


 確信はない。

 だが、ただの装飾ではない。


 施設の奥に、他の王へ続く何かがある。

 その可能性だけで十分すぎた。


「陛下」


 今度はセラフィナが呼ぶ。


「何だ」


「これは、救いでしょうか」


 その問いは意外だった。


 クロウは少しだけ考える。


 救い。

 そうかもしれない。

 自分が本当にただの孤立した災厄ではなかったと知るのは、たしかに救いだ。


 だが同時に、もっと面倒な現実でもある。


「…半分はな」


 正直に言う。


「残り半分は、面倒が増えた感じだ」


 すると、バルザードがそこでようやく吹き出しそうになるのを堪える顔をした。

 ヴェルミリアが一瞬だけ睨む。

 だが怒るほどではない。

 たぶん全員、少しだけ似たことを思ったのだろう。


 救いだ。

 だが、これで話が終わるわけではなくなった。

 むしろここから先、他の王の痕跡まで追う理由ができてしまったのだから。


 ---


 記録室の光はやがて少しずつ落ち着き、開いていた文の多くが再び静かな層へ沈んでいった。


 全部を一度に渡す気はないらしい。

 主認証があっても、必要な段階で必要な記録しか出さない。

 そのあたりもまた、王権施設らしい頑固さだった。


「今日はここまででしょう」


 ヴェルミリアが言う。


 クロウも頷く。


 頭の中が、もう十分に重い。

 終王。

 終わらせる王。

 七柱。

 別の王の痕跡。


 一つひとつは理解できる。

 だが全部を今ここで飲み込むには少し多い。


「記録の固定を」


 バルザードが言う。


「最小限の複写だけ行います。本体を刺激しない範囲で」


「やれ」


 クロウが答える。


「ただし欲を出すな」


「もちろんです」


 今度は本当に真面目な声だった。


 セラフィナは柱の光を静かに見つめている。

 ガルドは何も言わない。

 だがその沈黙は、主がどういう王なのかを“やはりそうだったのだな”と受け止めた武人の沈黙に見えた。


 クロウは最後にもう一度だけ台座へ視線を落とす。


 ここには、まだもっと多くの記録がある。

 それは分かる。

 だが今日はもう十分だった。


 自分が何者か、その答えの一端を、初めて“他人の解釈ではなく、記録そのもの”として受け取った。

 ただ、それだけだ。


 ---


 補助宮を出た時、外の空気は妙に軽く感じられた。


 谷の冷たさも、門の静けさも変わっていない。

 だが自分の中の何かが少しだけ位置を変えたせいで、世界の重さが違って見える。


 終わらせる王。


 その言葉は、今までの自分の行動と不思議なくらい噛み合っていた。

 だからこそ、否定しづらい。


 王のふりをしているつもりだった。

 配下が勝手に深読みしているだけだと思っていた。

 もちろん、その側面は今もある。


 だが、それだけではなかったのだ。


 自分は本当に、そういう権を持つ側だった。

 少なくとも、記録はそう言っている。


「…困るな」


 小さく漏れる。


 ヴェルミリアが隣で聞き取った。


「何がでしょう」


「いや」


 クロウは少しだけ言葉を探し、それから正直に言った。


「結果だけ見れば、今までの判断がそんなに間違ってなかったことだ」


 ヴェルミリアの瞳がほんの少しだけ和らぐ。


「私は、前からそう信じておりました」


 そう返されると、余計に困る。

 だが、今は少しだけ救われる気もした。


 王のふりではなく、王であった。

 少なくともその一端は、もう記録が証明してしまった。

 ならば今までの違和感も、迷いも、すべて無駄ではなかったことになるのだから。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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