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配下からの信頼が重すぎる  作者: きなこもち
第8章

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「間違った大義を拒む」

 


 勇者という言葉は、便利すぎる。


 人はそこへ、あまりにも簡単に意味を詰め込む。

 正義。

 討伐。

 救済。

 希望。


 何かを断じたい時。

 誰かに剣を振るわせたい時。

 あるいは、国や信仰の都合に合わせて“分かりやすい旗”を立てたい時。

 勇者という名は、あまりにも使い勝手がいい。


 だからアシュレイは、昔からその呼ばれ方が少しだけ苦手だった。


 感謝されるのが嫌なわけではない。

 守るべき人がいることも分かっている。

 剣を取る意味があることも、十分すぎるほど知っている。


 だが、**「勇者だからこうあるべきだ」**と、先に形を決められると、どうにも息が詰まる。


 その名前の中へ押し込まれた瞬間、自分が何を見たか、何を感じたか、何に迷ったかが後回しになる気がするのだ。


 そして今、その息苦しさはこれまでで一番はっきりした形を取っていた。


 白き王ルシエルはいた。

 終王クロウと向き合った。

 七柱は災厄だけではなかった。


 それを見た上でなお、連邦の中には**「勇者が斬れば済む」**という方向へ話を戻したがる者たちがいる。


 その雑さに、アシュレイは静かに腹を立てていた。


 ---


 連邦前進拠点の朝は、少し冷え込んでいた。


 石造りの訓練場には、夜の名残みたいな薄い霜がまだ残っている。

 兵たちの朝稽古はすでに始まっていたが、中央の一角だけはなぜか妙に空いていた。


 アシュレイがいるからだ。


 勇者の周りには、自然と人が近づきにくい空間ができる。

 威圧しているわけではない。

 怒っているわけでもない。


 ただ、そこへ軽々しく踏み込むべきではないという空気が、勝手に生まれてしまうのだ。


 彼は木剣ではなく、本物の剣を腰に下げていた。

 抜いてはいない。

 ただ、その重みを確かめるみたいに片手を添えている。


(面倒だな)


 心の中で、またそう思った。


 最近、この感想が増えた。

 たぶん、あの終王のせいでもある。


 クロウは本当に、心の底から面倒くさそうにしていた。

 門前でも、接見でも、白き王と向き合う時でさえ、どこかずっと**「厄介だな」**という顔をしていた。


 そのくせ、逃げなかった。

 嫌そうにしながら、結局は一番重い場所へ立ち続けていた。


 それを見たからか、自分も最近は、状況に対して変に言葉を飾らなくなってきた気がする。


 面倒だ。

 本当に面倒だ。


 見たものをそのまま言えば済む話なら、こんなにこじれない。

 だが、見たものをそのまま言うことが、国や教義や秩序を揺らす。

 その重さがあるから、みんな遠回りする。


 そして、その遠回りの途中で**「勇者が斬ればいい」**という雑な答えが出てくる。


 それが気に食わない。


「勇者殿」


 訓練場の端から声がした。


 振り返らなくても分かる。

 異端審問局の人間だ。


「何だ」


 アシュレイはそのまま答える。


 近づいてきたのは、以前も門前関連の伝達を持ってきた審問官だった。

 無駄のない黒白の法衣。

 感情を抑えた顔。

 いかにも**役目で来ています**という感じの男だ。


「グラウス長より、お伝えしたいことが」


「ここで聞く」


「…では」


 審問官は一礼し、抑えた声で続けた。


「白き王および終王に関する現状は、連邦の秩序維持上、極めて不安定です」


「知ってる」


「ゆえに、勇者殿のお立場を明確にしていただきたい」


 そこでアシュレイは、ようやく審問官の方を見た。


「明確に?」


「はい」


「少なくとも、“討つべき時には討つ”という意思表示を」


 来たな、と思う。


 分かりやすい。

 そして予想通りだ。


 強硬派からすれば、いま一番欲しいのは勇者の剣だろう。

 教義は保留。

 法王は慎重。

 聖女も断定を避ける。


 なら、勇者だけでも**いざとなれば斬る**と表明させたい。

 それで連邦の空気を一気に引き戻したいのだ。


「断る」


 アシュレイは即答した。


 審問官の目が、ほんの少しだけ細くなる。


「理由を伺っても」


「見たからだ」


 短い返答だった。

 だが、それで十分だった。


「白き王も終王も、見た」


「その上で、“今すぐ討つべき相手です”なんて言えるほど、俺は都合よく勇者じゃない」


 審問官は顔を変えない。

 だが、引くつもりもないのだろう。


「勇者殿」


「連邦は、あなたに個人の感覚以上のものを期待しています」


「知ってる」


「ならば」


「だからって、見たものに反する旗は持てない」


 そこで、ようやくアシュレイの声が少しだけ硬くなった。


「俺が見たのは、ただの災厄じゃない」


「脅威ではある。王だからな」


「でも、“勇者が斬れば正義になる類の敵”でもない」


 訓練場の空気が、しんと静まる。


 朝稽古をしていた兵たちの掛け声まで、どこか遠く感じた。

 冷えた空気の中で、その言葉だけが妙にはっきり残る。


「…それが、勇者殿のご回答ですか」


「そうだ」


「長にそのまま」


「そのまま伝えろ」


 審問官は一礼し、それ以上は何も言わずに去っていった。


 その背を見送りながら、アシュレイは胸の奥にずしりとした重さを感じていた。


 言った。

 はっきり言った。


 もう、自分は**討てと言われたから討つ勇者**ではいられない。


 それは正しい。

 だが、正しいからといって楽になるわけではなかった。


 ---


「ずいぶんはっきり言いましたね」


 少し遅れて、リュミエラが訓練場の端から歩いてきた。


「聞いてたのか」


「途中から」


 彼女は苦笑に近い表情を浮かべる。


「勇者らしいと思いました」


「そうか?」


「はい」


「でも、昔の“勇者らしい”とは少し違います」


 それは自分でも分かる。


 前の自分なら、もっと迷っていたかもしれない。

 国のため。

 秩序のため。

 勇者としての役割のため。


 そういう言葉に、もう少し強く引っ張られていた気がする。


 だが今は違う。


「見たからな」


 アシュレイは低く言う。


「ええ」


「見たものを無視して、勇者って看板だけ使われるのは嫌だ」


「それでいいと思います」


 リュミエラの声は静かだった。


「私も、聖女という名で先に意味を決められるのが、少し怖くなりました」


 その言葉に、アシュレイは少しだけ目を細める。


「そっちも大変だな」


「はい」


「かなり」


 二人の会話は短い。

 だが、以前よりずっと噛み合っていた。


 勇者と聖女。

 連邦において最も意味を乗せられやすい二人が、今はむしろ**意味を押しつけられたくない**側へ寄っている。


 それはかなり大きい。


 ---


 その日の昼、アシュレイは法王庁の小会議室へ呼ばれた。


 中にいたのは法王ユリオス十三世と、グラウスだけだ。

 あまり愉快な顔合わせではない。


「勇者」


 法王が穏やかに言う。


「はい」


「今朝のやり取りは聞きました」


「そうですか」


「ええ」


 法王の声に責める色はない。

 むしろ、どこか静かな疲れの方が近い。


「グラウスは、あなたが断定を拒んだことを危ういと見ている」


 アシュレイは黙ったまま、グラウスを見る。


 異端審問長は表情をほとんど変えずに口を開いた。


「危うい、では足りません」


「連邦の剣が曖昧になる」


「白き王が何者であれ、人の時代の外にある王権です」


「終王もまた同様」


「ならば勇者は、人の側の線を示すべきだ」


 理屈は理解できる。

 それは連邦の秩序を守ろうとする者の言葉だ。


 だが理解できることと、従えることは別だった。


「線なら示してる」


 アシュレイは言う。


「何ですと」


「俺は“見たものに反する大義には乗らない”って線を引いた」


 グラウスの視線が鋭くなる。


「勇者が個人の判断で秩序を選り分けるつもりか」


「個人の判断じゃない」


 アシュレイは低く返す。


「現地で見て、感じて、剣を抜くべきかどうかを考えるのが勇者だろ」


「最初から結論だけ渡されて、それに合わせて斬るなら、ただの処刑人だ」


 その言葉で、法王がごくわずかに目を伏せた。


 グラウスは沈黙する。

 怒っている。

 だが、反論もまた簡単ではない。


 勇者とは何か。

 その問いに対して、アシュレイの答えはかなり本質を突いているからだ。


「私は」


 グラウスがゆっくり言う。


「連邦の秩序を守りたいだけです」


「分かってる」


「なら」


「でも、守りたいからって見たものを雑に切っていいとは思わない」


 また沈黙が落ちる。


 気まずい。

 重い。

 だが逃げる気にはならない。


 もう、ここは越えなければならない段だ。


「グラウス」


 法王が静かに言った。


「勇者は、我らの都合で振るう刃ではありません」


「しかし猊下――」


「そして勇者」


 今度はアシュレイを見る。


「あなたもまた、自分が見たものだけで連邦の全てを切り離してはならない」


 その言葉に、アシュレイは少しだけ息を吐いた。


 それは正しい釘だった。


「…分かっています」


「ええ」


「だからこそ、あなたは“拒む”だけで終わってはなりません」


「はい」


「見たものを、どう人の側へ持ち帰るかまで考えなさい」


 それは厳しい命令だった。

 だが、勇者としては正しい。


 見た。

 違うと思った。

 だから拒む。


 それだけでは足りない。


 見た上で、なお人の側にどう立つか。

 そこまで引き受けて、ようやく勇者なのだ。


「承知しました」


 アシュレイははっきり答えた。


 ---


 会議のあと、法王庁を出たアシュレイは中庭でしばらく立ち止まった。


 曇った空の下、白い石畳が冷たい。

 どこか北方の門前に少しだけ似ている気がして、自分で苦笑する。


 似ていないのに、似ている。

 そういう感覚も最近増えた。


(見たものを、どう人の側へ持ち帰るか、か)


 面倒な宿題を渡された気分だった。

 だが、たぶん必要な宿題でもある。


 白き王をただの災厄と呼べない。

 終王も、斬れば終わる敵ではない。

 なら勇者として自分は、その**違う**をどう人の言葉に変えるのか。


 そこを引き受けなければ、結局また誰かが雑に名を置く。


「難しいな」


 ぽつりと漏らす。


「はい」


 横から返事がして、アシュレイは少しだけ肩を揺らした。


「…いたのか」


「今来ました」


 リュミエラが静かに隣へ立つ。


「難しいですね」


「そっちもか」


「ええ」


「私も、“名を置かない”だけで終わるわけにはいかないんだと思います」


 その言い方は、法王の言葉とよく似ていた。


「結局、受け止めるだけじゃ足りないんでしょうね」


「だろうな」


「でも、押しつけたくもない」


「面倒だな」


「はい」


 二人して、少しだけ苦笑した。


 勇者と聖女が同じように**面倒だ**と思っている。

 連邦らしくないが、今の連邦にはむしろそれくらいがちょうどいいのかもしれない。


 ---


 夕刻、連邦から黒翼庭へは新しい通達は出なかった。


 それ自体が、一つの答えだった。


 断定はしない。

 だが、勇者も聖女も簡単には敵認定へ乗らない。


 その静かな停滞が、いまの連邦の精一杯なのだろう。


 黒鴉城ネヴァーグレイヴの小会議室で、ヴェルミリアはその**何も来ないこと**を報告に含めた。


「連邦、表向き変化なし」


「ですが」


「勇者殿は本日、強硬派へ明確に線を引いた模様です」


 クロウは小さく息を吐いた。


「…そうか」


「はい」


「ましだな」


「かなり」


 それは本音だった。


 アシュレイがまだ**討てと言われれば討つ剣**のままだったら、いまの連邦はもっと危うい。

 だが、もう違う。


 見たものを裏切らない。

 その一点で、彼はかなり勇者らしくなっている。


「勇者は」


 クロウが記録板を見たまま言う。


「討てと言われたものを討つための剣じゃない、か」


 ヴェルミリアがわずかに目を細める。


「はい」


「それは、陛下もお認めになりますか」


「…ああ」


 短く答える。


「少なくとも今は、そう見える」


 そこまで言って、クロウはほんの少しだけ口元を緩めた。


「面倒な奴だが」


 ヴェルミリアは静かに一礼する。


「陛下にそう言われるなら、かなり高評価かと」


「そうでもない」


 そう返しながらも、完全には否定しない。


 討つ勇者から、間違った大義を拒む勇者へ。


 それはクロウの側から見ても、ちゃんと並べるだけの成長だ。


 ---


 夜。


 中庭の石畳を歩きながら、アシュレイはふと剣の柄へ手を置いた。


 剣を抜かない。

 それは弱さではない。


 抜くべきでない時に抜かないためにも、剣は必要だ。

 振るわぬ時間があるからこそ、いざ振るう時の意味も重くなる。


 そして、いざ抜くなら**誰かに渡された雑な正義**のためではなく**見たものの先で自分が選んだ線**のために抜きたい。


 それが今日、自分の中ではっきりした。


「勇者、か」


 小さく呟く。


 昔より、その呼び名が少しだけ重く感じる。

 だが同時に、前より逃げたくはなくなっている。


 勇者は、間違った大義を拒む。

 そのために必要なら、国の空気に逆らってでも立つ。


 守るべきものを守るために、

 “守るふりをした雑な正しさ”を切り捨てる。


 その覚悟が、ようやくアシュレイの中で形になり始めていた。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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★★★★★を入れていただけると作者のやる気が大幅に上がります(^^)/


また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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