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配下からの信頼が重すぎる  作者: きなこもち
第1章 『黒翼の終王、目覚める』

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プロローグ 「神話は死んでいなかった」

数ある作品の中から読んでいただきありがとうございます。


楽しんでいただけたら嬉しいです。

よろしければ評価・ブックマークなどで応援していただけると励みになります。

 

 北方の大山脈。そのさらに奥。


 人の国の地図では、そこから先はたいてい白く塗り潰されている。

 雪原。氷谷。未踏破地帯。禁域。

 書き方はまちまちでも、意味は同じだ。

 **人が踏み込んではならない場所**。


 国境線すら曖昧になる氷雪地帯の果てに、

 《黒鴉城ネヴァーグレイヴ》はある。


 ――いや、ある、という言い方は、正確ではないのかもしれない。


 誰も、その全容を見たことがないからだ。


 氷の谷底に沈んでいるともいう。

 黒い山脈そのものが城なのだともいう。

 晴れた夜には、何もない空に巨大な影だけが浮かぶのだとも。


 だが、形がどうであれ、語られる中身は一つだった。


 そこには、王が眠っている。


 人の時代よりも前、まだ七柱の王が神話としてではなく現実として世界に在った頃、その一角に数えられた存在。

 黒き翼を背負い、終わるべきものを見届け、告げ、選別するとされた王。


 名を、クロウ・レイヴンハート。


 異名はいくつも残っている。


 《黒翼の終王》。

 《死告げの王》。

 《千眼の鴉》。

 《黄昏の観測者》。


 時代や土地によって呼び名は違う。

 だが、それらが指しているものは一つだけだ。


 人の世が訪れる以前に姿を消し、

 それでもなお、滅びたとは誰にも言い切れない王。


 王国が滅んだ時代の古い軍記には、こうある。


【北へ向かった一万の兵が、城門を見ることもなく壊滅した】


 聖職者たちの残した封印記録には、こう記されていた。


【黒き翼の王は眠れど滅びず。玉座ある限り、終焉は死なず】


 辺境の寒村に伝わる口承になると、もっと単純だ。


 あそこには、死の王様がいる。

 見つかったら終わりだ。


 伝承の形は違っても、含まれる恐れはよく似ていた。


 だから各国は、その禁域へ直接手を伸ばすことはしなかった。

 手を出せば何が起こるか分からない。

 いや、たぶん、ろくなことにはならないと知っていたからだ。


 せいぜい、監視することしかできない。


 氷雪地帯の境界線に監視塔を築き、

 聖印を刻んだ祈祷所を置き、

 散逸しかけた古記録をつなぎ合わせる。


 もし、何かが起きたなら。

 もし、何かが目覚めたなら。

 せめて最初に知ることができるように。


 その程度の備えしか、人には許されていなかった。


 そして今夜。


 その“もしも”が、現実になろうとしていた。


 ---


 北方監視塔、第六監視室。


 老いた監視官は、壁一面に並ぶ魔力計の針が、ほとんど同時に跳ね上がるのを見て、最初は自分の目を疑った。


「…何だ、これは」


 ひび割れた声が、冷えきった石の室内に落ちる。


 銀の針が震えていた。

 一つではない。

 二つでも、三つでもない。


 十。二十。

 盤面に並んだすべての針が、細かく、異様に、脈打つように跳ねている。


 ありえない数値だった。


 故障か、と思った。


 だが次の瞬間、それが機械の異常ではないと分かった。


 窓の外で、空気そのものが変わったのだ。


 吹雪が、止んでいた。


 つい先ほどまで監視塔の壁を殴りつけるように荒れていた北風が、嘘のように消えている。

 雪の唸りもない。

 風切り音もない。


 静かだった。


 異様なほどに。


 監視官は椅子を蹴るように立ち上がり、窓際へ駆け寄った。


 夜の山脈は暗い。

 それ自体は当然だ。

 だが今、谷の奥には“夜より濃いもの”があった。


 月明かりの届かないはずの場所に、さらに深い闇が沈んでいる。

 山の影ではない。雲でもない。

 黒を何層も塗り重ねたような、巨大すぎる影。


 形が分からない。


 いや、巨大すぎて、形として認識できないのだ。


 その時だった。


 夜空を横切って、何かが落ちた。


 最初は雪片かと思った。

 だが違う。


 監視官が息を呑む。


 それは羽だった。


 鴉の羽に似ている。

 だが、似ているだけだ。


 大きさがおかしい。


 人の腕ほどもある漆黒の羽根が、わずかな光すら弾かぬまま、音もなく谷の底へ落ちていく。

 たった一枚。

 それだけなのに、ぞっとするほど重かった。


 監視官の頬を、冷たい汗が伝った。


「封印監視所へ連絡!緊急だ!禁域中心部に超高密度反応!」


 部下たちが一斉に動く。

 記録板が開かれ、伝令術式が起動し、別室から慌ただしい足音が響く。


 だが監視官自身は、最後の報告分類を口にしかけたところで、喉を詰まらせた。


 分類。


 この現象に付けるべき名前を、彼は知ってしまった。


 長く記録官として生きてきた。

 神話を笑わない程度には年を取り、

 だが本物を目にすることは一度もなかった。


 だからこそ、分かる。


 これが、人の尺度に収まる反応ではないことが。


「…神話級反応」


 掠れた呟きが漏れた、その直後。


 監視塔の鐘が鳴った。


 一打。

 二打。

 三打。


 夜を裂く警鐘が、北方一帯へ鋭く響き渡る。


 谷に反響し、氷壁に砕け、遠くの祈祷所にまで届いていく。

 だが、その音が人の領域へ広がっていくよりも早く。


 禁域の最奥。

 永遠に沈黙しているはずだった城の内部では、すでに変化が始まっていた。


 ---


 黒曜石に似た石で築かれた巨大な回廊に、順番に灯がともる。


 一つ。

 また一つ。


 青白い光が暗闇を裂き、

 千年ものあいだ息を止めていた宮殿が、ようやく肺を開くように動き出していく。


 高すぎる天井。

 無数の柱。

 床を這う複雑な術式。

 玉座へと続く、長く黒い階。


 そのすべてが、主を迎えるためだけに設えられたような静謐を保ちながら、ゆっくりと目覚めていく。


 古い封印環が、低い音を立てて軋む。

 眠り続けていた魔力が、石壁の内側を血流のように巡る。

 城そのものが、ひとつの巨大な生き物のように再び活動を始めていた。


 最奥。


 あらゆる光が辿り着く先。


 漆黒の玉座の間で、最後の封印環が、音もなく砕け散る。


 砕けた光が、冷えた床の上に消える。


 そして。


 玉座の上で、ひとりの王が、ゆっくりと目を開いた。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


もし作品を気に入っていただけましたら、

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。


少しでも楽しんでいただけたなら、これ以上嬉しいことはありません。

引き続きよろしくお願いいたします。

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