25 風の向こう側へ、終わらない蹄音
「いけえええええ、アステリオレウス!」 「壊れろ、不確定要素!」
二人の絶叫が交差する。ゴール板を通過するその一瞬――俺は確かに感じた。成瀬の計算は完璧だった。デウス・エクス・マキナの脚色は衰えず、理論上は向こうが先着するはずだった。
しかしアステリオレウスが最後の一歩で首を伸ばしたのは計算を超えた執念だった。ミアの祈り、セリアの覚悟、エリスの誇り、そしてルルアの導き。それらすべてが馬の筋肉を細胞の一粒までもを限界のその先へと押し上げた。
ドォォォォォン!
光の衝撃が走り静寂が訪れる。電光掲示板に表示されたのは――鼻差でアステリオレウス。勝者、羽鳥蓮。
「負けたのか……私の計算が……この世界のすべてを懸けたシステムが……たった一頭の馬の意志に」
原初のターフが崩壊し、元の世界へと戻っていく。成瀬は力なく膝をついた。しかしその表情は驚くほど穏やかだった。デウス・エクス・マキナが主人の顔を優しく舐める。機械仕掛けだったその瞳に、初めて生身の馬のような、温かな輝きが宿っていた。
「成瀬……計算できないからこそ俺たちは明日を夢見れるんだ」
俺は手を差し出す。成瀬はその手を見つめ少しだけ笑った。
「ああ……認めよう。お前が見せたくれた不確定な未来は――私の描いた完璧な退屈よりもずっと眩しい」
成瀬は立ち上がりデウス・エクス・マキナとともに霧の彼方へと歩き出した。
「だが――これで終わりじゃない。この世界にはまだお前の知らない超越者たちがいる。次はもっと面白いレース場で会おう」
数日後。
銀翼の蹄厩舎にはかつてないほどの平和と活気が溢れていた。
セリアは王立銀行との生涯の利益譲渡契約を持ち帰った原初の魔導石の価値で一瞬にして白紙に戻し逆に大陸一の富豪へと返り咲いた。
「ふん、当然の結果よ。私の投資が外れるわけないじゃない」
ミアは聖女としての力を完全に覚醒させ、世界中の傷ついた馬たちを癒やす聖なる厩務員として崇められていた。
「レンさん、見てください! バハムート……あ、レウスちゃんが、こんなに美味しそうにリンゴを食べてます!」
エリスは王立騎士団を引退し、レンの厩舎の専属騎手となった。
「レン、次は私が勝つわよ。それと……今夜は祝勝会の続きをするって約束……忘れてないわよね?」
ルルアは里に帰らず、俺の守護者として厩舎に居着いていた。
「お前、ずっとルルアの。どこへ行くのも一緒だよ」
平和な日常が続く中、一羽の伝書鳥が俺の元に届いた。それは成瀬が言っていた超越者たちの存在を裏付ける未知の大陸からの招待状だった。
『東方の竜騎馬、南方の魔導戦車、そして北方の神獣。真の世界最強を決める万魔大賞典へ光を纏いし騎手を招待する』
俺はアステリオレウスの首筋を撫で地平線の先を見つめた。そこにはまだ見たこともない風、会ったこともない強敵、そして語られていない物語が待っている。
「準備はいいか……レウス。いや、相棒」
『いつまでも我を繋ぎ止めておけると思うなよ。いこう、風の止まらぬ場所へ』
俺は新しい鞍を装着し手綱を握り締めた。背後には四人の乙女たちの笑顔がある。
「いくぞ! ゲートはもう開いている!」
銀色の光が再び大地を駆け抜けた。それは伝説の終わりにして新たな神話の始まり。人馬一体の疾走は、どこまでも、どこまでも続いていく。




