ストーカーって怖いよなっていう話。 ⑯
ごめんなさい。ストックが無くなりました。
カクヨムの方がちょっと忙しいので、更新が不安定になる可能性があります。
申し訳ない……。
俺の怒気に気圧されて、俺から逃げた小町だがそれでも懲りずに口を開く。
「な、なんだよ! 事実だろ!」
はぁぁぁと俺は深くため息を吐き、顔を上げて小町を睨みつける。
「お前が、俺の両親の何を知ってんだよ。両親が死んだ後、俺を一生懸命育ててくれた叔父さんを馬鹿にすんじゃねえ!」
最初はゆっくりと冷静に話そうとしたが、やはり怒りが抑えられず最後は怒鳴るような物言いになってしまった。
それに驚いた小町がビクッとなり香奈先輩の拘束が緩まると、彼女は素早く抜け出し俺の後ろに隠れる。
それを見て、俺の声で勢いが萎んでいた小町の怒りが再燃する。
「その目はなんだよ!? 香奈! 君は僕のことが好きなはずだろ!? 君はいつも明るくて優しい……なのに、僕を見るその顔はなんだ! そんな顔をするなんて、香奈じゃない! 僕は君のためにこれまで努力してきたんだぞ! それなのになぜ僕よりその男を選ぶ!」
小町はヒステリックな声を上げて、頭を掻きむしりながら香奈先輩に向かって言う。
それを聞いて、ますます怯えたように彼女は縮こまる。
その姿を見て、更に小町の苛立ちが募る。
悪循環だ。
後ろをチラリと見ると、香奈先輩の目に光るものがある。
このまま放置していると彼女が泣き出しそうなので、口を挟む。
「お前、先輩のことを愛してるんじゃないのかよ」
俺の問いかけに対して、奴はすぐに返答してくる。
その顔は怒りで歪み、まるで般若の面のようだった。
「勿論、愛しているに決まっているだろ! だが、僕にそんな顔を見せるなんて、そんなの香奈じゃない! 香奈はいつも明るくて、笑顔で、僕のことが好きなはずなんだ!」
先輩は慕っていた人物が自分を否定するような言葉を吐いたことにショックを受け、いよいよ涙が表面張力ギリギリになっている。
俺は一応とはいえ、彼女である先輩が泣きそうになっているところを見過ごすわけにもいかず、仕方なく口を開く。
「理想ばっかり押し付けんなよ」
こいつの言い分を聞いて、俺が思ったことを伝える。
「泣いたっていいだろ。沈んでたっていいじゃねえか。明るくなくたって、香奈は香奈だろ」
懇懇と言い聞かせるように俺は言う。
「香奈だって人間なんだ。お前の思い通りになる人形でも、天使でもないんだ。悲しい時は泣くし、辛い時は弱音だって吐く。気持ちだって移り変わるし、怖かったら怯える」
当たり前だ。香奈は普通の女の子なんだから。
「愛してんだろ? 理想通りじゃないところもさ、知らないところも、ひっくるめて愛してやれよ」
俺が言い終わると、小町が唾を飛ばしてきそうな勢いで俺のセリフに食いつく。
「お前に香奈の何がわかる! 香奈はいつでも優しくて、どんな時でも明るくて、関わる人すべてに笑顔を運ぶ、僕の天使だ! 昔からそうだった! 今でも、いつまでも、どんな時でもそうあるべきなんだ!」
そこまで言い切ってから、小町は何かを思いついたように口元に笑みを浮かべながら俺を指さしてくる。
「それになあ! 香奈はさっきお前のことなんか好きじゃないって言ってたぞ! そんなお前と、香奈の婚約者である僕、どちらが香奈のこと分かっていると思う? 僕に偉そうにご高説を垂れてたがなあ! どちらの方が香奈のことを愛していると思う? 答えは明白だろ!」
そして、ポケットから何かを取り出して掲げる。
栄養ドリンクのような見た目の小瓶だ。
中身は何かの液体か? ラベルは詳しくは読めないが、雰囲気からしていいものではなさそうだ。
「お前がどんな卑怯な手を使って香奈と付き合っているのかは分からないが……香奈は僕が救い出す! これがあれば、それが出来る!」
そして、小瓶の口をひねり蓋を開けてからこちらに寄ってくる。
いや、正確には香奈を目指してか。
さっきまでの小町の言い分に、完全に泣き出してしまった香奈を庇うように後ろに押し込める。
香奈と小町を結ぶ一本線上に俺が立っているという形だ。
そんな俺を見て、苛立たし気に舌打ちをし、またしても癇癪のままに俺に対する罵倒の言葉でも放とうとしたのだろう。
その一瞬の気のゆるみを見逃さず、素早く近づき瓶を奪い取ってから香奈のところに戻ってくる。
「あ! ……クソ! 香奈を洗脳し、僕から奪うだけでは飽き足らず、僕が香奈を救う手段までも奪うつもりか!」
俺はそんな戯言を言う小町から目を離さないように、注意しながら中身を匂いを瓶の口を手で仰いで嗅ぐ。
ふわりと甘い匂いがして、下腹部に血が集まるのが分かる。
股間のものが硬くなり始めたのを察知して、すぐさま抑える。
これは媚薬か……。しかも、見た感じ経口摂取タイプなのに、匂いを嗅いだだけでこれだけの反応に、相当な即効性。
法に触れていそうな性能の媚薬に、戦慄する。
確かに、これならば人一人の理性などあっという間に溶かして、どんな相手でも依存のような感情を抱かせることができるだろう。
だが、同時にこんなものに頼ろうとする小町に唾棄する。
「お前はさっきから何がしたいんだ。香奈のことを愛していると言いながら、お前の中の理想しか見ない。香奈に愛されていると主張しながら、こんなものに頼ろうとする」
俺は反吐が出そうな気持ちを抑えて、小町を冷ややかな目で見る。
「結局、お前は都合のいいところしか見ていない。そんなお前に、香奈を愛しているなんて、好きだなんて言う資格はない」
小町は俺の視線にウッとなり、助けを求めるように香奈をチラリとみる。
しかし、香奈が自分のことを睨んでいるのを知ると、今度は俺の手にある小瓶を見てから自棄になったように叫び声を上げながら俺に向かってくる。
「それを返せえええ!!」
俺は小町がどんな行動をしてもいいように、腰を落とし身構える。
俺は小瓶を口に咥え、両手を自由にし小町を待ち構える。
小町は俺が間合いに入ったことを確認すると、止まることなく体を流れるように回転させて回し蹴りをしようとしてくる。
それを視認した俺は、腕を顔の横まで引き上げて、その一撃を耐えきる。
小町はあの土壇場から俺に防御されるとは思っていなかったのか、驚いたような表情を見せる。
その顔には、まさか耐えきるとは思っていなかったというような驚きも含有されているのがうかがえる。
そして、俺は呆けた顔で蹴りを放った体勢のまま固まった小町の無防備な顔面に、お返しとばかりに拳を叩き込む。
構えも何もない、たいして力が伝達できていない素人の拳、だが小町は殴られた勢いのままリビングにつながる扉のところまで吹っ飛び、ガラスの部分に後頭部を強打する。
そのせいなのか、それとも殴られた時点でもう意識が飛んでいたのか、小町は体が床に落ちると首をがっくりと俯かせた。
そこまで見てから、俺は我に返る。
ヤベ……。
怒りのあまり、想定の数倍とかその比じゃないレベルの力で殴ってしまい、焦る。
慌てて小町が倒れている場所まで行き、死んでいないか確認する。
これは……大丈夫だな。脈はあるし、呼吸もしてる。
ホッと一安心、したいところだったが、念のためもう一度確認すると、大丈夫じゃない気がしてきた。
素人判断だから何とも言えないが、正常な時とは少し違うような気がする。
唐突に不安に駆られた俺は、香奈に声をかけて救急車を呼んでもらう。
香奈はよく分からないながらも、脱衣所からスマホを持ってきて、119をコールする。
そして、いくつか質問に答え、最後に住所を伝えると電話を切る。
その後、俺の方へ歩いて来ようとして、立ち止まり、躊躇し、また踏み出そうとするが、やはりダメみたいで、申し訳なさそうに俺のことを呼ぶ。
小町を一瞥して、離れても大丈夫そうなことを確認してから香奈のところへ向かう。
香奈は俺が近づくと、申し訳なさそうに頭を下げる。
「ごめんなさい……迷惑かけて。私が見ておくし、もうすぐ救急車も来るはずだから、来栖君は帰ってもいいよ」
俺は、そんな強がりを言う香奈に、はあと溜息を吐いてグッと香奈を引き寄せ、抱きしめる。
香奈は最初は混乱して、離れようとしたが、俺がポンポンと背中を叩き続けると、段々力が弱くなっていき、しまいには泣き出した。
「怖かったよ……なんでなの? 私が何か悪いことをしちゃったのかな……私が笑ってればよかったのかな。お人形さんみたいにニコニコしてるだけだったら、お兄ちゃんもああならなかったのかな。ごめんなさい、お兄ちゃん。ごめんなさい」
嗚咽交じりに呟かれる言葉。
とめどなく溢れる大粒の涙。
懺悔の言葉は、香奈と小町の関係の深さを表している。
信頼が裏切られ、自分の存在を否定され、それでもなお、香奈は自分が悪いと考えている。
やはり香奈は優しいと思う。
香奈は悪くないとそう言うのは簡単だ。
しかし、俺が軽々しく言っていい言葉ではないとも思う。
俺は小町と香奈の過去に何があったのか知らない。
悔しいが、香奈については小町のほうが良く知っているだろう。
そんな俺が何を言ったところで、薄っぺらい。
香奈と小町の間にある年月と比べれば、俺が香奈と過ごした時間など足元にも及ばないだろう。
それでも、一つ言えることがある。
いや、言わなければならないことがある。
「それでもさ、俺は香奈が好きだよ。人形みたいに笑うだけじゃなくてさ、悲しんだり、怒ったりする香奈が好きだ。『天使』の笑顔じゃなくて、東城香奈の笑顔が見たい。ありのままの香奈がいいんだ」
香奈の泣き声が大きくなる。
それから数分間、香奈は泣き続けた。
俺は黙って、香奈の肩を抱き続けた。
土砂降りの外が、ザーザーと流れ続けるシャワーが、香奈の悲しみを表しているように聞こえた。
「……もう大丈夫。ありがとう」
落ち着いてきたのか、香奈は俺から離れた。
そして、先ほどの小町の言葉を弁明する。
「来栖君……あのね。さっき彼が私が君のことを好きじゃないって言ってたって話してたのは――」
勿論、俺は先輩が何を言いたいのか把握しているので、頷きながら答える。
「わかってますよ。俺は偽彼氏ですから。俺も香奈先輩のことは人として好きですが、恋愛感情はないので安心してください」
だが、帰ってきた反応は予想と違った。
「先輩呼びに戻ってるよ! ……ん? 恋愛感情はない……?」
オウム返しをする先輩に、俺は肯定する。
「ええ。人間としては、好きです。尊敬もしてます。でも、恋愛感情は一切ないです」
スンと先輩から表情が抜け落ちた。
いきなりの変化に、俺は驚き、戸惑ってしまう。
どういう反応をすればいいのか、俺が考えていると先輩が口を開いた。
「先輩呼びは禁止!」
目を泣き腫らし、頬を膨らませて先輩は言った。
俺はそれが面白くて、思わず笑ってしまう。
「先輩。顔中、膨らんでますね」
すると、俺が先輩呼びをしたせいなのか、笑ってしまったせいなのか、ますますむくれた先輩はふんと顔を背けた。
俺がおーいと呼びかけても返事がない。
それどころか、頭がすこし揺れ動いているように見える。
俺は回り込み、先輩の顔を覗き込む。
すると、先輩は瞼が落ち掛け、舟を漕いでいた。
泣き疲れたところに、怒ったことで、眠くなってしまったらしい。
俺は仕方なく、先輩をベッドに運ぼうと足に手を入れ、もう片方の手を肩に回す。
久しぶりのお姫様抱っこだが、先輩の反応は前と違った。
「へへ~……秋人君にお姫様抱っこされちゃった………秋人君、大好き……」
満足そうにつぶやいて、先輩は眠りに落ちる。
安らかな寝顔を見て、起こさないように慎重に運ぶ。
先輩の部屋の中に入り、ベッドに寝かせてから、その脇で救急者が来るのを待つ。
救急隊員が、中に入ってきて小町を見つけたようで外が少し騒がしい。
そのまま待っていると、誰もいなくなったようで、静かになった。
そろそろ帰るか。
と立ち上がろうとすると、グッと袖が引っ張られる感覚がして転びかける。
危うくバランスを崩して先輩のところに倒れこむところだったが、ギリギリ先輩の顔の横に手を付けた。
そして、ゆっくりと体勢を戻してから、今度はきちんと手を外してから先輩の家を出る。
が、鍵がかからないという事に気が付いて、鍵が開いたままなのは危険だと思い、悩む。
結局、先輩の家に戻って、先輩が起きるまで待つことにした。




