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手に入れた幸せ


「王妃の仕事は第一に王に愛されることだ」


 アンジェリカがルーカスの愛情を信じられないのは言葉と態度が足りないからだと結論付けたルーカスは、そんな訳の分からないことを堂々と掲げ、アンジェリカにわからせるように執務の合間にアンジェリカの元にやってきては愛を囁いた。


 言葉としては、愛している、いつでもそばにいてほしい、一つになりたいと、単純なものが多い。彼のとろけるような眼差しを受けながら、その単純で直接的な響きを持つ言葉を少し掠れた低い色気を含んだ声で囁かれると腰が抜けそうになる。


 時間がある時は、いたるところにキスをされたり、いつまでも終わらないキスをされたりと本当にぐったりだ。初めは生ぬるく見守る侍女たちや護衛達の目を気にしていたが最近それも気にならなくなってきた。


 どちらかというと、彼らがいるから適切な時間で中断されるのでありがたい存在になっていた。できる限り早めに声を掛けてもらいたいが、彼らはとても絶妙なタイミングで声を掛ける。優秀な侍女と護衛たちは引いてもらえるタイミングを正確に見極めていた。


 絶対に二人きりはダメだ。

 愛ある行動が終わらない。しかも最近、昼間であっても彼に触れられると温かくて気持ちが蕩けてしまいそうになるから問題だ。


「キーランとのことを教えてください」


 息が詰まるほどのキスに涙目になりながら、アンジェリカは今日こそはちゃんとはっきりさせようと頑張ってルーカスを押し返した。


「そのことだが」


 ルーカスが珍しく引いてくれた。適度な距離ができてほっとしながら、アンジェリカは耳を傾ける。


「アンジェリカは父上の話をかいつまんで聞いたのかもしれない」

「……先王陛下ですか?」

「ちょうどそのころ、キーランの母君が頷けば父上の正妻にするだけの準備が整ったところだった。ところがキーランの母君はとても頑固な人でな。なかなか頷いてくれないから、キーランに説得してもらうようお願いしていた」


 不意にカールソンから聞いた裏話を思い出す。確か、前国王は囲っていた女性に逃げられて飛び出していったはずだ。何故そこにキーランの母親が出てくるのか、わからない。アンジェリカの疑問が顔に出ていたのだろう。ルーカスがすぐに答えをくれる。


「色々な事情があるが、結論だけ言えば、キーランは私の異母弟なんだ」

「前王妃様に追い出された愛人と生まれたばかりの赤子?」

「そうだ。それがキーラン母子だ」


 キーランが異母弟であることは本当に一部の人間しか知らず、異母兄弟だと言えないのならせめて側にいてほしかったらしい。

 だから異母兄弟として会話をするときは誰もいないところで話すしかなく、しかもキーランはルーカスを仕える主として見ており、異母兄として接してくれない。その苛立ちなどもあって、あんな感じになっていたそうだ。


 わかってみればとても納得のいく話だ。

 自分の勘違いがたまらなく恥ずかしい。


 恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆ってしまったアンジェリカはルーカスの瞳が意地悪く輝いたことに気がつかない。


「ふうん。こんなにも愛を注いでいたのに、アンジェリカは私のことをそんな目で見ていたのか」

「はい?」

「これほど妻に愛を捧げているのに、他にも愛を捧げられる男と思っていたのだろう?」


 不穏な空気にアンジェリカが慄いた。

 間違った言葉を選ぶと、大変なことになる。それだけは理解できた。


 じっと威圧感のある眼差しを向けられて、アンジェリカは完全に飲まれていた。逃げ出したいが、すでに体はがっちりと抑え込まれている。身を捻っても逃げ出すことはできない。


 何を言ったらいいのだろう。

 何も思い浮かばない。


 アンジェリカは焦りながらも、ふっと思い浮かんだ言葉があった。アンジェリカは両腕を伸ばした。突然の動きにルーカスに隙ができる。その間に、ぎゅっと首に抱きついた。


「愛しています」


 小さな声だったが、アンジェリカはそう囁いた。すぐに彼の両腕が彼女を力いっぱい抱きしめた。

 正解だったのか、ルーカスは上機嫌で妻を抱きしめたまま立ち上がった。


 侍女と護衛達は半ば呆れながらも、前よりも一層仲が深まった国王夫妻を微笑ましく見送った。



******


 口元には最近できた有名な菓子店の焼き菓子だ。サクサクして甘さが控えめでとても美味しい。

 求められていることは簡単なことだ。口を開けて、ぱくっとすればいい。


 だけど、アンジェリカはどうしても口を開けたくなかった。ここで流されてしまえば、今後、どうなってしまうのか。未知なる恐ろしさに少しだけ体を後ろに傾けた。


 もちろん逃げられるわけではない。しっかりと背中に回されていた逞しい腕にぐっと力が入る。

 アンジェリカは涙目で夫を見つめた。見つめられたルーカスは甘い笑みを浮かべる。


「ほら、アンジェリカの好きな味だ。口を開けて」

「……ルーカス様。それぐらい自分で食べられます」

「だが、赤子にも父親の存在を感じる行動をした方がいいだろう?」


 どんな理屈だ。

 アンジェリカの口元が引きつった。赤子はまだ生まれておらず、アンジェリカのはち切れんばかりに大きくなった腹の中だ。そしてアンジェリカに食べさせたからといって、赤子が父親の認識ができるはずがない。


 ルーカスの愛情表現がしばらく続いた後、当然のことながら妊娠した。妊娠していることがわかれば今度はとてつもなく過保護になった。さらに、つわりがひどくふらついたところを見せたが最後。


 アンジェリカのいる場所はルーカスの膝の上になった。

 ルーカスがいるところで、歩かせてもらえない。体調管理を考えての散歩だというのに、ルーカスがいると抱き上げられて散策になってしまうし、最近は食べることさえ自分でできない。ひたすら口をパクパクしているだけである。食べた気がしないから、自分で食べたい。


「もう少し信用してもらいたいわ」

「信用しているよ。私がそうしたいだけだ」


 にこにこと笑みを浮かべていてまったく聞いてくれそうにない。


「たまには自分でやりたいと思うのはダメなことなの?」

「いいや。だが、この状態もあと少しだけだろう? 堪能したいんだ」


 そんなどうでもいい夫婦の甘い会話をしていたのだが、アンジェリカは自身の異変を感じた。


「お腹……痛い」


 その一言で、室内は騒然とした。





 そこから1日後、国は大きな喜びにあふれた。アンジェリカが産み落としたのは男の子と女の子の双子だった。アンジェリカは出産の疲れで、喜びどころではなく、うつらうつらしていた。


「ありがとう」


 柔らかく頭を撫でられ、頬にキスが落ちる。彼の頬が触れた時、少し濡れていた。

 泣いているのだろうか。


「ルーカス様?」

「家族を作ってくれてありがとう」


 彼の声は小さくて、そして何かを押し殺しているようだった。

 

 それほど家族が欲しかったのか。


 アンジェリカは初めてルーカスがキーランに拘った理由に気がついた。アンジェリカ自身は第5王女で、兄弟が多い。両親も兄弟たちも末の姫であるアンジェリカに対して色々と煩いが、仲は良い。だから家族が少なくて寂しいと思ったことは一度もなかった。


「わたし、きっと沢山産めます。お母さまの娘ですもの」


 よく考えてみたら、嫁いでいった姉たちも多産の上、安産だ。だからルーカスに沢山子供を産んであげられるだろう。賑やかな家族が欲しいのであれば、欲しいだけ作ればいい。


「だから、沢山愛してください」


 正気だったら悶えてしまいそうだが、この時は出産後で疲れていて、眠くて、ルーカスの涙を見てしまったからアンジェリカは自然と口にした。


 この後も、アンジェリカはルーカスに深く愛され、沢山の子供たちと共に幸せな人生を送った。


Fin.




最後までお付き合いありがとうございました。

また、誤字脱字報告もありがとうございました。

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