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暗幕の上がった舞台の上で、水を得た魚のように動き回るのは誰だろう。



「 姉上! 見てください! ハゼスが私に新しいドレスを贈って下さったのです 」

「 とても素敵ね、あとは貴女のその男口調さえ変わればもっと素敵なのに 」

「 お戯れを…これが、私なのです 」


クルクルと舞って、姉の前で新しいドレスを無邪気に披露する主人公。


物語は帝国が栄えていた悲劇の二ヶ月前から始まる。 主役のケニファーは男勝りで民想いの優しい姫君。 大切な姉と弟と両親と、小さな頃から側に居てくれた兄の様なハゼスと共に、刺激はなくとも民の事を第一に考えながら、平和に幸せに暮らしていた。


でも、その他愛ない日々が突然終わりを告げる。


「 …っ、父上! 母上! …っ、姉上……カミル! 嘘だ、嘘だと言ってくれっ、なぁ、起きてくれ‼︎‼︎ 」



燃え盛る王城の中、誰かに刺されて気を失っていた彼女の前に横たわっていたのは大切な家族。


「 ハゼス⁉︎ …っ、おい、しっかりしろ! お前まで居なくなるつもりか…っ、目を覚ませっ! 目をっ 」


動かない皆の前で、苦痛の雄叫びを上げる姫君。 ただただ喉が焼けるまで絶叫して気を失う。


ーー目が覚めた姫の目に飛び込んだのは、焼け焦げた城と王都。


突然の正体の分からない敵襲に合い、大半の民と家族そしてハゼスを喪い亡国の姫君になってしまう。


私の演じるケニファーの声だけが、舞台の上から舞い落ちる。 私はケニファーが乗り移った様に、怒り、憎しみを抱き、復讐に燃える鬼となる。


「 なぁ、ケニファー。 お前ってあの地図から消えた帝国の姫君に似てるよな? 名前も同んなじだし 」

「 そんな消えた果ての国など名前は忘れた…だが、よく言われる。 でもそれは無いだろう、あの帝国の王族は大半の民と共に襲撃に合い死んだのだから 」

「 俺さ、実はその国の出身者なんだ……王都からは遠い辺境だったけどな 」

「 そうか、貴方は今、幸せか? 」

「 ああ、娘も生まれたしな! どの国で生きてようと、心はずっとあの国の民のままだ! 」

「 ……そうか 」

「 ただ、あの襲撃で城に務めてた兄が死んだんだ。 それだけは、やっぱり時間が経っても癒ねぇな……きっと、老いぼれになっても 」


視界の端に映るのは、食い入る様に鑑賞する貴族達と国王様と引き受けると言った時に側に居た彼等。 アドルフでさえ、真剣に私の演じる舞台を見つめている。


「 お前、この国を出て行くのか? 」

「 ああ! 信頼する親友と共に探し求めている真実を見つけにな。 手掛かりはなくとも、私はそれに向かって突き進む! 達者でな! 」


ラファエルの視線が焼け付く様に感じられる。 そして、鑑賞する人々の息を飲む視線。 舞台に上がった私に国王様も含めて、誰もが驚いて……異邦人がでしゃばったと言う顔を隠さない貴族達も居たけれど、開演してすぐにその表情は一変した。


演者達と読み合わせする時間さえなくて、ぶっつけ本番だったけれど、私の演技を真近で見た彼等は私を受け入れてくれて、全力で役を演じてくれている。


「 ケニファー、私は何の情報も得られなかったわ……ごめんなさい 」

「 謝らないで、私は貴女さえ居てくれればそれで良いのだから! 」


ケニファーは多分、その口調とは裏腹に普通の女の子よりも少し高めの声が相応しい。 真っ直ぐに誰も疑わず、裏切られているとも知らず親友を信用して旅に出る。


ケニファーを演じる事が難しいと言っていたのは、多分主役の彼女自身が、情報を得る為にプライドなんて捨てて色んな人を演じていたからだろう。


「 ちょっと待ちなお嬢ちゃん! 釣り銭が多いよ!ウチのモットーは清く正しくだからね! 」


時には酒場の陽気な女店員。


「 あら、ご機嫌麗しゅう。 それにしても貴女とても貧相な身なりをしていらっしゃいますこと 」


甲高い声の嫌味な貴族令嬢。

ケニファーは、無念の死を遂げた人々の為に何だって演じ切った。 そして、心の葛藤……本当に民や家族は復讐を望んでいるのか、いや、復讐をするしかない。 そんな風に時間が経つたびに心を蝕まれて葛藤に悶える。 そんな細かな描写を私は力の限り演じ切った。



物語は、刻一刻と終焉に向かう。



ーーーー

ーー



親友はケニファーを裏切り続け、最後まで彼女を罵りながら行方を眩ました。 ケニファーは悶絶し、絶叫を上げた。 そんな場面を息を飲んで見ている人達が見える……私は心の底から叫び、床を叩きつけて長い台詞を感情を込めて喚き続けた。 血糊の付いた額から汗が流れて来る。


「 何故なの⁉︎ ……っ、どうしてなのよクリスティーナ‼︎‼︎ ねぇ、どうしてだ‼︎‼︎‼︎ 何故だ、何故‼︎‼︎‼︎ 」


言葉遣いが複雑に変わるこの役は、意外と演じてみるとやり甲斐があった。 観客達は、もうこの私のこの姿に椿ではなくてケニファーを写してる。 泥だらけの服で絶叫する私に、ケニファーを見てる。


あぁ、なんだろう、この感覚。



「 なぁ、この国の騎士殿に仮面を付けた方が居たけれど、アレには何か理由があるのかい? 」

「 あぁ、ケニファーはこの国に来たばかりだったものね? あの方は地図から消えた亡国で騎士をなさってたって噂だけど、まぁ本当はどうだか知らないけどねぇ〜 」


ケニファーは祖国から一番離れた遠い遠い異国で、そんな仮面の存在を知る。 同郷で城に居たであろうその人物に対して、喜びに満ち溢れた彼女はあの頃の様に新しいワンピースで、久しぶりに笑顔を浮かべてクルクルと舞い踊る……それが、ハゼスだとも知らずに。


「 ハゼス、お前の友人かもしれんな。 天国で見て居てくれ! 私はきっと、きっと! ……仇を打ってみせる 」


その後、どうにか仮面に近付こうとした彼女は気付いてしまう。 その人の香りが、あの幸せだった頃いつもそばに居たあの人と同じだと言うことに。


ーーー



物語の終焉は、私の演じるケニファーと、あの時血の気を引いて困ってた劇団員の一人が演じるハゼスの声しか聞こえて来ない。


静寂が、城の劇場を包んでいる。



「 お前だったとはな、ハゼス 」

「 あの時、貴女様にも念入りにトドメを刺しておくべきでしたね 」


くすくすと喉を鳴らして笑うハゼスを睨みつけるケニファーは、きっと、説明しきれない感情に襲われて居た筈だ。


「 ……死んだ、振りをしておったのだな? 」

「 えぇ、貴女の絶叫で酷く耳が痛かったですよケニファー王女様 」



深い森の中で剣を向け合う2人は、もうあの頃には戻れない。 そしてここからが見せ場。 ケニファーは複雑に微笑んで泣く……最初は一筋の涙を右目から。


「 お前は…どう思った? 父の、母の、姉の、可愛い弟の亡骸を目の前にして……どう思ったのだ? 」


兄と慕った人の正体が宿敵だった。 余りの衝撃にケニファーは中々事実を受け止めきれないでいた。 民と家族を殺したのが、家族の様な人だったから。


「 ふっ、それは御命令ですか? 亡国の姫君と言えどあの頃の様な威厳は保ったままだと仰りたいのですか? 」


ハゼスは全てを見下す様な高笑いで、ケニファーの心を抉る。 そこで彼女は表情を変えずに、大粒の涙を流す。 幸せだったあの頃を思い出して。


涙は容易く私の頬に流れ落ちる。


「 ……っ、ハゼス 」


そして、沢山の想いを抱え込んだケニファーは唇を噛み締める。 名前を呼ぶしか出来なかった。


「 私はお前を殺さねばならん。 亡国になったと言えど、民や家族は私の心の中で今なお生きておる……あの国は、まだ…っ、消えてなど居らぬ。 各国に散った残された民の中で……私の中でまだ、あの国は生きておるのだ。 国とは姿形が消え去ろうともそこに居た物達の記憶の中で、あの頃と変わらずにーー 」


生きているんだ。 それを言葉に出さずに表現するのは少しだけ難しかった。 ただ、観客席からの啜り泣く声が聞こえて来る。 私の頬にも大量の涙が滴り落ちている。 血糊だらけで、ふらふらのケニファーを演じ切る。


「 王女様の命令だ……ハゼス、死んでくれ 」


剣を交えた二人。 でも、何時だって彼女はハゼスには勝てなかった……そう、あの頃は。


ハゼスが血を吹いてずるずると力なく木の幹に倒れ込む。 刺さった剣は深く彼を射抜いているけれど、ハゼスは安堵した様に微笑む。


「 ……っ、お前は馬鹿だ 」


ケニファーは全ての事実を知ってしまった。ハゼスがこの国の国王に恋人を人質に取られて、恐ろしいその命令に背くことは出来なかったことも。 その恋人は病気で亡くなってしまったことも。


「 ……っ、私を助けなければ良かったのだ 」


あの燃え盛る城から自分を救ったのは、ハゼスだったと言うことも。


「 ハゼス…っ、国とは、王家とは何なのだろうな 」


そして彼とその恋人が、自分の父が地図から消した、とある小国の唯一の生き残りだったと言うことも。


「 …っ、お前も苦しかっただろう 」


でも、そんな事情があったにせよ沢山の無実の命が喪われてしまったのは揺るがない事実で。 ケニファーは死んでしまった愛しき民と家族の為に裁かなければいけなかった。そして、ハゼスの願いを叶える為にも。


彼の吐く血が頬にベッタリと着く。


「 ……お前の最後の願いは叶った 」


いつか真実に気付き、自分を殺しにやって来るずっと側に仕えていた男勝りの姫君に。


「 私に殺される為に、生きていたんだからな 」


ケニファーはこの時だけは泣かなかった。 誇り高き王族の風格で真っ直ぐにハゼスを見つめていた。


「 ……ケニ、ファー王女様 」

「 あぁ、なんだ 」


虫の息のハゼスは途切れ途切れに、血を吐きながら彼女の名を呼び、そんな彼の口元に王女様は近寄る。



「 あの日々は、私にとって……幸せなーー 」




そのまま彼は息を引き取る。

ただ、その顔は穏やかで、やっと何かから解放された様に微笑む。



「 最後まで、話さぬとは、失礼な奴だ 」



ここで、ケニファーから涙が溢れて来る…… 唐突の大粒の涙。台詞はもうあと少し。 ただ、この時間は私の独壇場になる。 ケニファーは天を見上げて唇を噛み締めて泣く。 そこから、段々と心に沸く感情が激しくなるんだ。 沢山の想い出を脳裏に浮かべてしまうから。


「 ……っ、 」


息を吐いたあと、咽び泣く。

それは、小さな声からだんだんと膨れ上がり最後は悲愴な絶叫に変わる……言葉にはせずに、その絶叫で全てを表現する。



震える手で、剣を持ったケニファーは微笑みながら天を向く。


「 …っ、こんな復讐劇はもう私達で終わりにしよう なぁハゼス、私の家族と民に謝ってくれるな? 私もお前の国の民達に心から懺悔しよう……それで、全てーーー 」



頬を流れる大粒の涙と共に、ケニファーは穏やかな微笑みを浮かべる。



最期に、穏やかな笑みを。



剣を喉元に当てたケニファーの最後で、幕は閉じる。 彼女がそのあとどうなったのかは、誰も知らない。




ーー幕は、閉じる。




「 ……っ、はぁ!はぁ 」



剣を置いて汗を拭いた私を、血糊が付いたままのハゼス役の劇団員が得体の知れない物を見た様に目を見開いて見つめる。




ーー幕の向こうで凄まじい拍手が鳴り響いていた。



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