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休暇の日に出掛けた舞台鑑賞で、舞台が終わった後に声を掛けて下さったのが、クリストフ様だった。 7歳離れていたけれどお優しくて博識で、誘われたお茶の時間はとても楽しくてお腹を抱えて笑ってばかりだった。 全てが初めてだった21歳の私は大人の男性に虜になってしまうのに時間は掛からなかった。


「 ……他の女性と腕を組んで歩いていらっしゃったのです 」



この数ヶ月本当に幸せで、クリストフ様に会うために新しいお洋服も新調して心が踊ってばかりで、何も見えてなかったのかもしれない。 大人の女性と腕を組むそのお姿はとても自然で……私が遊ばれていたなんて、流石に恋に疎い私でも分かってしまった。


「 …っ、本当にお慕いしておりました 」


翌日問い詰めた私に、面倒くさそうに顔を歪めてクリストフ様は別れを告げて来られた。 たったその一言で私の数ヶ月の短い幸せは終わりを告げてしまった。 夢を見ていたのだと言い聞かせても、あの方の笑顔も優しさも忘れる事が出来なかった。


「 幼馴染に『 お前は大人なんかに相手にされない』と言われてついカッとなって喧嘩して、その事も気に掛かってどうしようもなくて 」

「 その幼馴染って男の子でしょ? 」

「 ……へ? 」


どうして、椿様は分かったのだろう? 素敵な笑顔で微笑む椿様は、私の知らない未来まで見透かしていらっしゃるような気がして。


「 失恋ってさぁ、とっても辛いものなんだね。 私はこの年になるまで全然そんな事も知らなかったの 」


思い馳せる様に目を伏せて仰る椿様は、窓から漏れる柔らかな陽射しに照らされて天使の様に美しい。


「 大事な人の側を離れなきゃいけない辛さって本当に凄まじいよね。 息の仕方が分からなくなるくらい心が壊れそうになる 」


天使の様な椿様も、私と同じ様な気持ちに苛まれた事があるなんて信じられなかった。


「 私にはそれを乗り越える力なんて無かったよ。 とても、弱い人間だった……でもさぁ、アンタは違うじゃん。 一生懸命に乗り越えようとしてるんでしょう? 」


真っ直ぐに私を見つめてくれる椿様は、とても綺麗でまた涙が溢れそうになってしまう。


「 ただ、その気持ちを知って私は少しだけ強くなれたかな? ……アンタもきっとそうだと思うよ。 これを乗り越えたら、今よりずーっと良い女になるよ。 アンタは可愛い顔してるんだし、性格も可愛いし、私はアンタのそう言うところ羨ましいけどなぁ〜 」


椿様が、私を?


「 食べちゃいたいくらい 」


妖艶な色気を出して微笑む椿様に思わずカッと頬が真っ赤に染まってしまう。


「 冗談に決まってんじゃん 」


ケラケラと笑う椿様は、強くて美しくてこの世界の女性像と違う道を何時だって切り開いて行く御方。


「 アンタみたいな良い女が惚れたって事は、その男も良い男だったんだよ。 ただ、もっともっと極上の女になるべきのアンタには相応しく無かった、それだけの事よ。 これを乗り越えたアンタは最高に良い女になってるよ。だから何処かでもしその男に会うことがあったら言ってやりな 」



私もいつか椿様みたいな素晴らしい女性になれるだろうか。 目の前の椿様はきっと、あのラファエル様が溺愛なさるなんて、この国の人間にとってどれ程の衝撃だったかなんて御存知ないのかもしれない。


「 『 アンタはこの私に相応しい男じゃない 』って啖呵切ってやりな。それが私の思う良い女かな〜 」


ボロボロと涙を流して何度も頷く私をケラケラと笑いながらも、優しく頭を撫でて下さるこの御方の様に美しい女性になりたい。 皆は騙されたお前が悪いや、駄目な男に引っ掛かったんだと私を説教なさったけれど、椿様は一度も仰らなかった……本気でお慕いしていたあの方を『良い男』だと、こんな私を『良い女』だと仰って下さった。



私のこともクリストフ様のことも一度も蔑んだりなさらなかった。



何て尊い御方何だろう。

こんな風に誰も否定せずに人を癒す様な女性に私もなれるんだろうか。


「 ね? ヴィオラ 」

「 …っ、椿様、私の名前をーー 」


花の様に微笑む誰よりも優しいこの方は、どうやってその温かな手を手に入れたんだろう。


「 プリン食べないと、砂糖溶けちゃうわよ? ほら、食べな 」

「 …っ、はい! 」



涙の混じるそのプリンは、今までの中でずっとずっと甘くて美味しかった。


ーーーー

ーー



「 やっぱり私には君しか居ないよヴィオラ 」


私の手を握るクリストフ様の後ろで、王都で有名な噴水が水飛沫をあげて太陽に煌めいている。


「 君の事がずっと忘れれなかったんだ。 遊びだったなんて言ったけれど、あれは嘘なんだ 」


取り繕う様に作り笑しているクリストフ様の手首には、あの女性とお揃いでつけていた装飾がなくなっていて、頬にはぶたれたような赤味が残っている。



何だか酷く、滑稽に見える。



「 ふふふ 」

「 …っ、何がおかしい 」



思わず口元に手を押さえて笑ってしまった私に苦虫を潰した様な顔をなさるクリストフ様。 握られた手が強い力の所為で少しだけ痛い。


「 なぁ、ヴィオラ私達はやり直すべきだ! 」


そんな時、何処かから馬車の止まる音が聞こえて来て誰かの足音が近づいて来た。


クリストフ様の後ろから近寄って来られるあの御方に目の前の元恋人は気付いてはいらっしゃらない。



「 そこのお前、私の屋敷の大事な侍女に何かご用事か? 」



振り向いたクリストフ様は、余りの衝撃に腰を抜かして芝生に倒れこむ。



「 ヘ、ヘルクヴィスト御子息様……⁉︎ 」


ラファエル様の感情のないお顔に、真っ青になるクリストフ様を見ていると、何処が好きだったのかと我に返った様な気持ちにもなる。


「 おーい、ヴィオラ〜!あんたこんなとこで何してんの〜⁉︎ 」


大好きな方のお声が、馬車の方から聞こえて来て前を見ると開いた馬車の扉から太陽の様な笑顔で私に手を振って下さっている。


「 椿様! 」

「 …っ、異邦人様⁉︎ 」


椿様の御姿を見て、腰を抜かしたままのクリストフ様が血の気の引いた顔で私を見つめて来た。


「 き、君は……ヘルクヴィスト様のお屋敷の侍女殿だったのか…? 」


ヘルクヴィスト家の黒馬が描かれた紋章がつけられているその馬車を見て、いよいよ失神寸前のクリストフ様にしゃがみ込んで微笑む。


椿様もラファエル様も、私をずっと見守って下さっている……私の愛する大切な主である御二人。



「 えぇ、私はヘルクヴィスト家の侍女に御座います。ですので、この御二人に御無礼を働くなどと御考えになりませんように 」

「 そ、そんな! そんな事をする訳がないだ……する訳が、ご、御座いません 」


笑って立ち上がった私を見て、クリストフ様が情けなく許しを乞う。


「 今迄の御無礼をどうか、御許し下さいませ……ヴィオラ様 」


見つめた先の椿様は、馬車の中から顔を出して何時ものあの微笑みで私を見つめて下さってる。


「 許すも何も貴方との時間はとても幸せでした。 素敵な時間を与えてくれた事に感謝致します 」

「 ヴィ、ヴィオラ……! 」


期待した様な顔を覗かせるクリストフ様を笑って牽制する。


「 でも、貴方様はこの私に相応しい殿方では御座いません。 では、お幸せに 」


呆気に取られているクリストフ様を視界の端に写した私は、真っ直ぐ前をみて笑顔が溢れる。


「 ヴィオラ〜! 私達お兄様のお屋敷からの帰りなの! 一緒に帰ろうよ〜! 」


ブンブンと手を振ってらっしゃる椿様の笑顔は私と同様に達成感のある澄み切った微笑みで、思わず瞳に涙が浮かんで来る。


「 ヴィオラ、椿が待っているぞ。 さぁ、帰ろうか 」

「 ……っ、はい! 」


ラファエル様はそっと私の背中を押して下さって、私はそのまま全速力で椿様の元へ走り出す。


「 …っ、椿様! 」

「 珍しいねぇ〜、アンタって走れるんだ。 意外だわ 」


ケタケタと笑いながらも、椿様は大好きなその手を広げて私を待ってくれている。



ーー飛び込んだその人の腕の中はとっても温かくて、涙なんか何処かへ消えてしまった。


「 私は、一生椿様のお側に仕えます! 」

「 やだ、重い女は恐がられるわよ?」


何も聞いて来ない椿様の深い懐には、やっぱり到底敵わないけれどいつかこの御方のように誰かに手を差し出せる女性になりたい。




「 さ、戻るぞ。馬車を出してくれ 」



颯爽と戻って来られたラファエル様の後ろには、少しだけ小さく呆然としているクリストフ様が見受けられて何だか清々しい気持ちになる。








いつか、御二人の様に相思相愛の固い絆で結ばれてみたいけれど、私にはまだまだ修行が必要なのかもしれない。












でも、いつか必ず。













〜とある侍女のお話〜


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