1-6 落下の最中に
「───え。」
柱の上で耐える男と目が合った。驚く顔が見え、血も涙もないような人間でもそんな顔をするのだと思った。
刹那、状況の理解とともに急速に血の気が引く。この高さから叩きつけられたらミンチになるのは間違いない。
「うわぁぁぁあ!?」
ひゅごおっ、という風切り音とともに落下が開始される。普段、自室から20メートルある地上まで飛び降りることはあるのだが、それはキュービットで足場を作っているからだ。凄まじいスピードで降下している今、電子板の操作もままならず、仮に足場を作っても地面までの距離が縮まるだけだ。
絶体絶命。余命がどうとか言ってる場合じゃない。私は今、人生の中で一番死を実感している。
「どうしよどうしよどうしよどうしよ...あ。」
窮すれば通ずというのか、これまでに無くクリアになった思考が、解決策を導きだした。それは私の奥の手であり、言ってしまえば視界右端の余命を消費して使用する大技みたいなものだ。ゆえに普段は敬遠していたのだが、今となってはその選択肢があること自体ありがたい。
目を閉じ、頭の装置にパスを繋ぐよう集中する。そして、世界の全てを掌握するようなイメージを作る。そして、この世界の何処にでもあるキュービットに命令し、まるで王様のように支配する。落下のさなか、私は世界が無音になったように集中していた。
「なんだその髪は...!?」
だから頭上から掛けられた言葉に咄嗟に反応することが出来なかった。
見ると柱の上に居たはずの赤い髪の男。その男が空中で肉薄していた。
「えっ!?何でいるのってうわっ!?」
私が驚いて体勢を崩したのか、男ともみくちゃになる。
「やめろ...!」
「むぐっ...」
咄嗟に引き剥がされたは良いが、能力で行おうとしていたことはパアになった。
つまり、起死回生の着地手段を用意していたが、あえなく失敗したのだ。
「なぜぇぇぇぇぇぇぇえっ!!」
事態は最悪と化した。着地の先は再び地面に早変わり。再び死が秒読みと化す。
「こうなったらもう一度...うっ!」
刺すような頭痛が襲いかかってきた。久しぶりに能力を行使したからだろう。問題なのはタイミングが悪すぎること。
「マズイこのままじゃ...!」
一秒一秒が惜しい。あと40秒もあれば地面に衝突するだろうか。
「ぶつかるっ...!!」
「俺の名はディエゴという。」
はぁ!?と声を上げてしまった。
「もうちょい!ちゃんとした!状況が!あるでしょ!」
絶体絶命の状況でいきなり自己紹介されても困る。私は半分キレ気味になりながらそのディエゴとかいう男にまくし立てた。
「こんな事で死にはしない。」
そうディエゴは言うと、右手で私の着ているフードをひったくり、左手に持っていた柄のようなものを柱に打ち立てる。
ガリガリガリ!と高度が下がる度に響音が鳴り響く。だが、残念ながらその程度のハーケンでは止まらない。僅かに減速しているようだが、決定打にはなり得ない。
「無理だって!」
「耳障りだ、静かにしてろ。」
どーのーくーちーがー?もうヤケになってる気がする。今度こそ避けられない死を覚悟した瞬間だった。
体が上に引っ張られた。まさかと思い、何が起こったかを確認すると、壁を駆け上がるディエゴが見られた。
そんな事があるのか。私は口をあんぐり開けて唖然とする。空気が上へ下へとぶつかり合うため、頬が布きれのようにぶるぶる震えていた。
その時間は無限にも思えた。目も開けていられないほどに烈風が唸る中、必死に耐え忍ぶ。ディエゴと繋がる服のフードは悲鳴を上げていた。
不意に全身を叩きつける空気の壁が消える。驚いて辺りを見回すと、地表から私の背丈三つ分位のところで静止していた。
「ぎゃっ!」
ぼとっ、という音とともに地面を六回転。仰向けで見えた空には、まだ錐揉みの余韻が残っていた。
「ひ、生きてるぅ〜...」
洒落たセリフを言う余裕など無かった。生を感じるように、口から深く息を吸い込む。
「壁を登るように走ったのは、生まれて初めてだ...」
見れば1メートル左後ろにいたディエゴが、片足を投げ出して座っていた。
流石に過酷だったのか、疲労困憊といった様子だ。当人のせいで死を覚悟する事となったが、ディエゴでなければ地上に叩きつけられずに済んだのである。怒るべきか感謝するべきか、疲労の浴に浸かった脳は結論を出せない。
「なんであなたがここにいるんだっけ...?よく分かんなくなってきたよ。」
私は恐らく凄く怒っていたはずなのだが、いつの間にか霧散していた。随分遠くから落ちてきたものだと、上空にある起点を見上げる。
ふと、視界に黒いモヤが入る。
「ん...なにこれ。」
瞼を瞬かせ、軽く擦る。しかし黒いモヤは消えることは無い。
なんなら、似たような光景を最近見た気がする。それは何時だったか。そう、ディエゴが壁に穴を作り、その輪郭が形を失うように流れて行って...
「まさか、見間違いだよねって...」
垂直のランニングマシンになった柱を見上げ、愕然とする。
地上から屹立していた脱出の柱は、その途中から斜めに折れ曲がっていた。折れ口は綺麗な真一文字であり、件の黒いモヤの発生源は、その境目であった。
地面からの支えを失った柱はどうなるのか。当然、棒倒しのように倒伏するだろう。
直後、耳を塞ぐほどの轟音とともに柱が倒れた。伝わってくる地響きが被害の大きさを訴えてくる。
「あ、あの?もしかしてこれ、あなたがやったの?」
かくいうディエゴは無言。沈黙は肯定の証という言葉を知っているので、せめて何か返して欲しかった。
頭を回転させる。柱が倒れた方向はおおよそ南東、縦に立体的なエリアであり、地表に人はほぼいないはず。潰された人間がいないであろうことが、不幸中の幸いであった。
「うん、逃げなきゃ。この区じゃない、どこか遠い所へ。」
現実逃避するよう呟く。とはいっても、唯一の通行口は通るのに厳正な審査が入り、それを回避するための''脱出の柱''はいまさっき倒れたばかりなのだが。
根元のみになった柱を見上げる。
「よく、みえない。何あれ。」
天高く質量を積み重ねていたはずの柱に空洞があった。その空間の中心には、機械のようなモノ。
こちらが視認したと同時に目の前まで飛んで来たのは予想はできなかった。
「うわっ!何...?」
手のひらに収まるかくらいのカード状の機械だった。一直線に飛来してきた後、私の目線と同じ高さで
静止していた。
「同じだ。いや、どこかで会った...?」
空中に浮遊する機械に、何故か頭の深い記憶を刺激される感覚を感じていた。間違いなくこの機械を目にするのは初めてなのに。
身動きできずにいると、機械を取り巻くようにキュービットが集まっていく。外皮が剥がれるように、柱から供給されていた。
円周運動ののち、機械を中心としてキュービットは蒸気のような形をとっていく。それが人の上半身を模しているのに気がついた。
目が合った、ような気がする。
「何なの...?アナタは一体。」
音声が返ってきたのは、機械が埋め込まれているであろう部分からであった。
「きゃーー!!うそーー!!有り得ないわーーーー!!!!なんで人間がシグナルをビンビンしてるのかしらーーーー!?」
堂々たる威容から発せられるノイズ混じりの野太い音声に、私は腰を抜かすことしか出来なかった。
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───思いもよらぬ出会いが続いた。私の運命は、こんな出会い一つで簡単に変わってしまうのだと、向後に知る事となるのであった。




