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1-3 帰り道にはご用心

 天蓋がライトブルーに変わり、往来をまばらに闊歩していた人々は姿を消していた。ホロパネルを開くと、時刻は二十一時三十六分と表示されていた。ひんやりとした空気を肌で感じながらひとり帰路に着く私は、昼間のことを思い出していた。


「未来があるんじゃ。先なんぞ、まだまだ長い」


「皮肉ですよ、それは」


 かけられた言葉に悪意がないのは当然分かっている。だが、私は誰も聞いていないことをいいことに悪態をついた。私は闇の中で薄青い光芒を持つ天井を見上げる。


「治す、か…」


 私は人々の怪我や病気を治す命題を持っている。命題は適正に合ったものを与えられる場合と、自分で選択するものがあり、私は後者である。


 きっかけはそう、私自身が人の手によって救われたからだ。


 話は五年前に遡る。

 私は事故により後頭部の頭蓋がひしゃげる大怪我を負った。

 落下してきたキュービットの塊、それを咄嗟に避けることは不可能だった。


 ぐしゃり、と耳の内側から聞こえた音は、今でも忘れることが出来ない。

 急速に色彩を失う視界を捉えながら、体中から冷たい汗が吹き出ていることが感じ取れた。


 端末の機能をシャットダウンするように、私は瞼を閉じることしか出来なかった。


****


 瞼が開いた先にあったのは、白く無機質な空間であった。

 私が住むヒナゲシ区において、大体の場所は白く無機質なのではあるが、塵一つないと言える程には清潔だ。


「うそ、私...死んだかと思ったのに痛ただだだっ!?」


 生存による安堵もつかの間、後頭部に激痛が走る。上半身は固定されており、寝かされた姿勢で頭の半分は液体に浸かっていることが水音で理解出来た。

 頭を動かすことが出来ないので、自由になっている足をジタバタさせる。どすどすと、シーツと足が奏でる鈍い音が響いた。


「どうどう、暴れるなって。せっかくこの星一の名医が施術してやったんだ。大人しくしてれば...って、おいこらぁ!」


 低い女性の声。声の方に向き直ろうとするが、頭が固定されているので姿が見えない。代わりに、返答が腹部への衝撃で帰ってくる。


「ぶっ!?」


「頭は動かすなっつーの!薬液から患部が露出したら私の努力がパァになるんだからな!!」


 反射的に全身を固める私。身体が動かなくなるツボでも突かれたのだろうか。


 死角からにゅっと覗かれた/見えた女性はしかめっ面だった。

 桃色の直毛を後ろで留め、前髪はおでこが出るよう自然な形で左右に分かれている。肌は艶やかだが、若干ニキビの跡が残っている。顔の掘りは薄いが、目力の強さが剣呑な印象を与える。年は25歳位だろうか。


 状況の整理がつかない。私は何故拘束されているのだろうか。確か、私は瓦礫の崩落に巻き込まれ、後頭部に大怪我を負い...


「頭が、バリッって...!」


 途端に脂汗が流れ出る。私は果たして無事なのか。


「そう、小脳の部分までバリッって行ってたからな、治すのは無理かと思ったぜ。」


 その言葉を聞き、肩の力が抜ける。どうやら、私は一命を取り留めたらしい。


「あなたが...治してくれたんですね。ありがとう、おば...お姉さん。」


 言葉を選ばないとせっかく救われた命をまた落とすことになる。そう直感的に判断し、路線変更する。

 件の女性は怪訝な表情をしていたが、着ていた白衣を脱ぎ、近くの突起に掛けた。


「アタシの目が届く限り患者は死なせねぇよ。なんせ、私は天下一の藪医者だからな!」


 言ってることがよく分からなかったが、何はともあれ恩人だ。


「貴方は誰でしょうか?私はエスっていって、まだやることを見つけていないんです。」


「あ?そんなの年取れば勝手に決まってくるわ。嬢ちゃん、私は...」


****


 かつて生死を彷徨い、今も死が遠くに見える。ゆえに、病院に居る時は、頭が引き締まるような感覚を覚える。


「でも、私だって誰かを救うことができた」


 それは事実であり、私が獲得した実績だ。よっ、と声をかけながら私は立ち幅跳びの要領でジャンプする。


「ふふ、誰かを救うってのはやっぱ気分が良いな!」


 コンピューターの指示に従っているだけだが、今日も私の手によって誰かの傷を治した。皆去り際に感謝をしていた。


 秒針が進む度に、光度を落とす天井。辺りは夜のとばりに包まれようとしていた。


「嘘っぱちだよ、そんなの」


 独り言が漏れたことに自分が驚く。気分の切り替えというものが、私には無理だった。


 私は彼女に救われたように、誰かを救うことに一意専心するべきだろう。


 しかし、その中に自分は入っているのだろうか?

 SOSを求めている一番身近な人間に気づいていながら、綺麗事だけが独り歩きする。


「最近分かったけど、誰しも少しずつ成長していくからやりたい事とか、使命みたいなものが見つかるんだよね」


 余命のカウントは、おおよそ一日に二つ減少している。


「それなら、私の生きる理由なんか無いんじゃないのかな」


 睫毛を伏せ、乾いた眼に潤いを補給する。それでも、死のイメージが拭えなかった。

 

 人間に課せられている使命が、私には排除されているように思えた。


 その使命が、おそらく幼少の頃に事故に遭い、余命が確定してしまった時から見えなくなってしまった。それは私にとっては致命的なのであった。


 そんな事を考えていたからか、目の前で起きた光景を放っておけなかった。


「ひゃっ!何……?」


 ぼとっ、と進路を何かが塞いだ。夜闇が深い中、視認で直ぐ判別できず、一瞬心臓が跳ねる。


「ボロ布……?いや、人だ」


 落ちてきた塊は人間だった。着ている衣類は汚れ擦り切れ、酷く衰弱している。


 肩で息をしているように見えるが、全身が粟立つような奇妙な感覚に襲われ、一瞬手を差し伸べるのを躊躇する。


「いや明らかに重症じゃん!」


 私はおずおずと近づく。男性だ。私と歳が離れてないとみられる。この辺りで見ないような赤色の髪が特徴的で、それに全体的に筋肉質だ。しかし、髭が処理されていない顔にはあどけなさも感じる。


「あのっ...もしもし?大丈夫ですか?」


 私は声を掛ける。返ってきたのは神速の一撃だった。

 空気を切る音が聞こえるほどの速度で男の右腕が伸び、私の首根っこを掴まれる。


「がっ...!?やめて...」


 万力のような握力。首が軋むのを感じ、私はやっと危機的状況に気がついた。


 両手で首にまとわりつく脅威を剥がそうとするが、びくともしない。


 「おね...がいだ...からっ...」


 もう必死だ。口の中は鉄の味がする。明滅する視界の中、もう私だけが持つ、最後の手段を使おうとした瞬間───


 意識が途切れた。


 私の首を掴んでいた男の。

 不意に自由になり、慌てて尻もちを付く。


「っ!ハァッ...はぁっ...こっ、怖っ!」


 昔死にかけたことがあるというのに、九死に一生を得たという感覚が天頂から爪先まで突き抜ける。 ここまで怖い思いをしたのは何時ぶりだろうか。


 男は事切れたように動かない。呼吸をしているため、どうやら生きてはいるようだが...

 私と男、細い路地にふたりが取り残されていた。すっかり暗くなった辺りにも気づかず、私はどうすればいいか思案していた。


「この人、ほっとく訳にはいかないよね。はぁ...」


 まさしく息の根を止められかけたばかりだが、死に体の男をそのままにしておく訳にはいかなかった。警備を呼ぶか迷ったが、ある程度の応急処置が出来るため、私の自室に連れ帰る事にした。


 電子のホロパネルを操作し、男を格子状に囲む。自由を奪ったことを確認し、大きな大きな荷物をひっさげて、私は帰路への歩みを再開したのであった。

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