第1話「議題:迷子の読者について」
【はじめましての方へ】
この作品は、あるシリーズの「読み方」をめぐる小さな会議です。
ただし、シリーズを最初から読む必要はありません。
『彼女の計画』を読んでいなくても。 『彼女の時空』を知らなくても。 『彼女の教室』を知らなくても。
迷ったまま入ってきて、大丈夫です。
作中でも、登場人物たちはずっと迷っています。
そして最後には、ひとつの答えにたどり着きます。
これは、彼女のシリーズを案内する話であり、 同時に、物語には一つの読み方しかないのかを考える話でもあります。
どうぞ、好きなところからお入りください。
(全5話+付録:実用ガイド付き)
―――中継セクター・通信ルーム―――
放課後。中継セクターの通信ルームに、学生からの呼び出しが入った。青年が端末を開くと、学生の声が、少し慌てた様子で飛び込んでくる。
「青年さーん! 聞いてくださいよ!」
「……どうした、そんなに慌てて」
「学校の友達に言われたんすよ! 『彼女の時空』、めっちゃ面白かったって! で、次どれ読めばいいか聞かれたんすけど――」
「……で?」
「『作品多すぎて迷子なんだけど!! 時系列順? 公開順? それとも全部読まないと理解できないやつ?』って、もうパニックだったんすよ!」
青年は、少しだけ口元を緩めた。
「……なるほど。読者が扉の前で途方に暮れているわけか」
「そうなんです! 何て答えたらいいんですかね?」
「……俺にも、すぐには答えられないな」
青年は、端末を閉じた。そして、会議室へ向かって歩き出す。足音が、静かな廊下に響く。
―――中継セクター会議室―――
円卓に、各メンバーが集まっている。いつもの場所。いつもの顔ぶれ。でも、今日は少しだけ空気が違う。青年が立ち、口を開いた。
「……本日は、緊急議題を一つ、提案します」
全員の視線が、彼に集まる。
「『彼女のシリーズの迷子を減らしたい』――これが、本日の議題です」
「……迷子?」
スターが、ギターのネックを撫でながら言う。
「いい響きだな」
「問題を軽く見すぎだ」
博士が、端末を操作しながら言う。
「これはシリーズ全体の構造に関わる重大なテーマだ。読者が迷うということは、私たちの設計に問題がある証拠だ」
「とりあえず、コーヒーを飲みましょう」
女将が、カップを配り始める。湯気が立ち上る。その香りが、会議室を優しく包む。でも、誰の手も、カップに伸びない。
「……まずは、現状を整理しよう」
雇い主が、咳払いを一つして、立ち上がる。
「各作品のポートフォリオを確認し、読者のジャニー、もといジャーニーを可視化することで――」
「……つまり、立ち位置と入口を整理したいという意味ですね?」
「……うむ。そういうことだ」
雇い主の声が、少しだけ小さくなる。
「入口の話なら、まずは『計画』じゃ」
長老が、目を閉じたまま言う。
「あれが核だ。言うまでもない」
「論理的な順序もあるはずだ」
博士が、手元の端末を叩く。
「時系列、公開順、テーマ別――複数の軸で整理すれば、読者は自分に合った順番を選べる」
「どこからでもいいと思うけどな」
スターが、椅子を回しながら言う。
「その時のフィーリングが大切でしょ」
「フィーリングでは読者は動かない」
博士が、真っ向から否定する。
「最適な入口は存在する。それを示すのが、私たちの役割だ」
会議室が、にわかに騒がしくなる。各自の意見が飛び交い、まとまる気配がない。
その中で、一人だけ、カノジョが黙っている。彼女は、カップの湯気を見つめていた。
「……ねえ」
彼女の声が、会議室に落ちた。
全員の会話が、止まる。
カノジョは、カップの湯気から目を離さなかった。
「迷子ってさ――」
ゆっくりと顔を上げた。
「迷ってるから入りたいんだよね」
会議室が、静まり返る。
「迷ってない人は、そもそも入らないもん」
誰も、何も言わなかった。
その沈黙が、一番の答えだった。
雇い主が、端末を置いた。
博士も、端末を閉じた。
スターは、ギターを抱え直した。
女将だけが、静かに笑った。
「……次回、各々が『自分の作品の入口』を提案することにしましょう!」
監査役が、手帳を開き、冷静な声で言う。
「制限時間は、三分」
スターが、声を上げる。
「三分じゃ、魂は語れない!」
「反論につき、五秒をマイナスします」
「……厳しいな」
会議室に、小さな笑いが起きた。
【議事録:御前会議・緊急議題】
議題:「彼女のシリーズの迷子を減らしたい」
第1回会議:結論なし。
各自が「自分の作品の入口」を提案することに。
次回、各案を持ち寄る。制限時間は三分。
──次回予告──
「プレゼン大会」
博士「スライドは全部で六十二枚」
隊長「多い!」
女将「私はコーヒーだけ持ってきたわ」
三分間で、それぞれの「入口」を語る。
果たして、まとまるのか?
──まとまるとは言っていない。
―――第0話は「迷子発生」は中継セクターより発信しています――
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