第27話 宴の夜、御簾越しに 中編 (平安編 7)
今後は2日に1度のペースになりそうです。
それから、月は、二度、三度と結の前に姿を見せるようになった。決まって、結が使いで局を出た時分だった。
局には、一度も訪ねてこない。渡殿の陰や、井戸端、庭の隅――人目の少ない場所ばかりを選んで、声をかけてくる。
月が青き君に仕える女房だということは、既に噂で広まっている。
その月が、結に何度も声をかけて親しくしていると知られれば、結と青き君の仲を勝手に勘繰る者が出てくるかもしれない。
月は、そのことをわかった上で、あえて人目につかない場所を選んでいるようだった。
結が、いわれのない妬みや詮索を受けずに済むように。
「小夜さん、少し、お話ししてもいいですか」
最初のうちは、当たり障りのない世間話ばかりだった。今日の陽気のこと、女房仲間の噂話、大納言家の庭に咲く花のこと。
「小夜さんとと話していると、なんだか肩の力が抜けるんです」
月は、そう言って笑った。屈託のない笑い方だった。
「私も……最初は、少し身構えてしまっていたんですけど」
「あら、やはり警戒されていました?」
「ごめんなさい。突然、声をかけられたので」
「仕方ないですよ。急に知らない女房が現れて、青き君の話をしたんですから」
そう言って、月は悪戯っぽく笑った。結も、つられて小さく笑ってしまった。
何度か会って話をするうちに、結の方からも声をかけるようになった。
「そういえば、この間、女房仲間から面白い話を聞いたんです」
「あら、なんですか?」
「昔、内裏に仕えていたという清少納言様のお話なんですけど。ある雪の日、中宮様が急に、居並ぶ女房たちに『香炉峰の雪は、いかならん』とお尋ねになったんですって」
「香炉峰の雪……? それ、何かの謎かけですか?」
「はい、実はそうなんです。唐の詩人が昔詠んだ歌に、『香炉峰の雪は、簾を撥げて看る』という一節があって。『香炉峰の雪は、御簾を掲げて眺めるものだ』という意味なんですけど、中宮様は、その歌をご存じですかって、暗に試されたんです」
「試された、って……」
「その場にいた女房たちは、きっと、たくさんいたと思うんです。でも、ただ歌の一節を諳んじて答えるだけじゃ、それほど面白くないですよね。清少納言様は、それを聞いた瞬間、何も言わずに、すっと御簾を巻き上げてお見せしたんですって」
「あ……」
月が、小さく声を漏らした。
「歌に『簾を撥げて看る』ってあるから、その通りに御簾を上げてみせた、っていうことですか?」
「はい! 言葉で答えを言うんじゃなくて、その場で歌の通りに動いてみせたんです。中宮様は、それだけで清少納言様が歌の意味をちゃんとわかっている、ってすぐにお気づきになって。周りの女房たちも、その機転に驚いて、褒め称えたそうです」
「すごい……。歌を知っているだけじゃなくて、とっさにそれを行動に移せるなんて」
「そうなんです。知識があるだけじゃなくて、それをその場でぱっと使いこなせるところが、本当にすごいなって、私も思いました」
月は、感心したように目を丸くした。
「素敵なお話ですね。歌の心を、言葉ではなく、行いで示すなんて」
「はい。私、その話を聞いて、なんだか憧れちゃって。とっさに、そんな風に気の利いたことができる人になりたいなって」
月は、嬉しそうに目を細めた。
「小夜さんのお話しを聞くの楽しいです」
「私も、月さんとお話しするのが楽しみです」
また別の日には、こんな話もした。
「そういえば、また面白い話を聞いたんです。右近さんという先輩の女房から」
「あら、今度はどんなお話ですか?」
「『枕草子』に、こんな一節があるんですって。夜明け前に殿方が帰っていく時、扇や文を置き忘れていないか、真っ暗な中でそっと手探りで確かめて、渡してあげる。そういう気配りのできる女房こそ、本当に見事なんだって」
「暗闇の中で、手探りで……」
「はい。灯りもない中で、相手に気づかれないくらい、さりげなく確かめてあげるのが、粋なんだそうです」
月は、感心したように小さく頷いた。
「小夜さんは、本当に清少納言様がお好きなんですね」
「はい……なんだか、憧れちゃって。気の利く人って、格好いいなって」
そう言いながら、結の胸の内には、静かな決意が芽生えていた。
――私も、気の利く人になりたい。
まだまだ、程遠い。夜中に女房を起こしては迷惑がられ、場所も声も、満足に覚えられていない。それでも、いつか、暗闇の中でも、さりげなく人を助けられるような、そんな女房になりたいと思った。
気づけば、最初にあった警戒心は、すっかり薄れていた。結は、いつの間にか月を信頼するようになり、仕事で失敗した話や行事のことまで、色々と話すようになっていた。




