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第32話③

「――さて」



 僕はそうつぶやくと、地面に倒れたままになっているジェイクの元へと歩み寄る。



「お前には聞きたいことがある。今回の件、どう考えてもお前たちだけの計画じゃあないな?」

「ッ――!」

「図星か。ああ、おおよそこの件には『首謀者』がいるはずだ。今すぐ誰かを言え」



 僕がすごむとジェイクが顔を青くした。ドレッドが「なんだ、やっぱし知ってたか」と呟く。どうやら、ドレッドもコイツに追及したらしい。もっとも、答えは聞き出せていないようだが。



「――む、無理だ」

「なに? おい、ふざけるな。これは重大なんだぞ。保身のための黙秘なら、今すぐ顎を叩き割ってでも吐かせるぞ」

「む、無理だ。それは言えない。そも、わ、私だってこんなこと、本来は起こす気はなかった! あ、あまりに無謀だなんてことはわかっていたんだっ! だが上からの命令で、やるしかなかった! ローマンに任せたのはアイツが間違いなく私の部下の中では一番腕っぷしが強かったからで――」

「上からだと? ということは冒険者ギルドの人間ではあるということか?」

「あぐっ……い、言えない! これ以上は言えない! 私は、私はこんなところで死ぬわけには――」



 死ぬ、だと? 僕がジェイクの発言に違和感を覚えた、その瞬間だった。



「あう……」



 ジェイクがそううめいたかと思えば、突如、バン、という音と共に頭蓋(とうがい)を弾かせた。

 血しぶきと脳梁が辺りに飛び散る、思わぬことに僕は「うっ」と声を出し飛び退いた。


 目の前には、頭を失くし、血をどくどくと溢れ出させるジェイクの死体のみが残った。なにが起きたのかが全くもって理解できず、僕はそれに恐怖さえ感じてしまった。



「――まあ、死んじまったもんは仕方ねぇ」



 と、ドレッドが頭を掻きながらつぶやく。平気そうな声色をしているが、彼の顔は嫌な物でも見たという風に、わずかに歪んでいた。



「さて。お前ら、ちょいとばかし言っておきたいことがある!」



 ドレッドが声を張り上げる。町民が、周りにいた冒険者や騎士たちが彼を見る。ドレッドはそれを確認するとさらに声を大きくさせた。



「今後だが、ああ、間違いなくあのスタンピードはもう一度来る! アレは意志を持った集団だった! 明確にこの町を潰そうとしていたんだ! ってことは、それが達成できるまで、いくらかの準備が必要であろうがなんであろうが、必ず奴らはここを襲う!

 俺の見立てじゃあ、下手すると明日には来るかもしれねぇな。町への侵入、打ちこわし、それを成してなおアイツらは止まってなかったんだからな。アッチからすりゃ俺たちは、しっかりとやりゃあ蹂躙できる雑魚ってわけだ。なんで引いたかさえ正直わからん!」



 ざわざわと声が大きくなる。町民たちが不安を漏らし、冒険者や騎士たちは苦い顔をして、互いに互いを見合っていた。



「ど、どうするって言うんだ!」



 町民の1人が声を上げる。ドレッドは「ふむ」と少し考えてから、僕の方を指さした。



「アイツに任せろ」



 ドレッドがにやりと笑う。途端、町の人々や騎士、冒険者から非難の声が聞こえてきた。



「な、なんで黒髪なんかに!」

「俺たちには命がかかってるんだぞ、ふざけるな!」

「アンタには人の心ってのがないのぉ!?」



 声は大きくなり、次第に「消えろっ! 消えろっ!」という大合唱になった。途端、ドレッドは強く足を踏み鳴らした。



「黙ってろ。お前ら、わかってねぇようだから言わせてもらうけどよぉ、この事態、誰がここまで面倒見たと思ってるんだ?」

「――それは、各人の冒険者たちが結託して……」

「半分正解だが、間違いだ。そも、アイツらに避難を指示したのはあそこにいる黒髪の男だ」



 町民たちが声を詰まらせる。うそだ、信じられない。そんな声が僕の耳に入る。するとドレッドは「はっ」と吐き捨てるように笑うと、周りを見下すように顔を上げた。



「お前らまだわかってねぇなあ。今回の件、ここまでの事態になったのはなにもローマンたちだけのせいじゃあない。てめぇらにもその責任の一端があったんだよ」

「ど、どういうことだ!?」

「決まってる。てめぇらがもしも、アイツのことを“髪が黒いから”なんて言って見下してなけりゃあ、もうちょっとマシな状況だったんだよ。

 お前らアイツらの弁明聞いたか? ちらとでも話し合ってりゃ、ギルドん中でこいつらを捕まえようとは思わなかっただろ?

 お前らこいつの指示、聞こうと思ってたか? もしも思ってたんならもうちょい早くに指示系統が機能していただろうよ。そうすりゃあより多くの命が救えた。

 わかるか? 髪の毛程度で雑魚って決めつけて、こいつらの力を見抜けなかったお前らにも責任はあるんだよ。言っちゃあなんだが起きたことは今までの中でもピカイチで最悪だ。

 だからアイツの力が要るんだ。ここまでの事態を、ここまでで押さえ込んだアイツらの力がな。今この場の誰よりも重要なのはお前らじゃあねえ、俺が信頼している1人の男、ハクっていうあの黒髪の人間だ」



 ドレッドが笑いながら言う。町の人々が黙り込む、冒険者や騎士たちも不満そうな顔を浮かべて口を閉ざす。すると、1人の女が身を震わせながら手を挙げた。



「――私は、その男の意見に賛成だ」



 人々が彼女の方を見る。思わぬ肯定の意見に、僕もその女を見た。

 そこにいたのは、僕が真っ先に避難誘導を指示した、あの冒険者の女だった。



「ロベルタ! お前、正気か!?」

「ああ。そもそも私がみんなに避難誘導を指示したのも、あの男の言葉を聞いてだ」

「でも、黒髪だぞ!?」

「わかっている! ――私だって信じられない。正直、悔しくもある。屈辱さえ感じる。

 だが、今回の件、間違いなくアイツらが最も冷静で、優秀な働きをしていたんだ。それを認められないとなれば、私はあそこで転がっている無能と同じだ。――それだけは、看過できない」



 女はそう言って歯がゆいような表情をした。ドレッドが「まあ及第点か」と笑う。そして彼は声を張り、両腕を大きく広げて言って見せた。



「どうすんだ、一体? まあ、誰も賛成しねーなら俺はこいつら連れて逃げるぜ。こんな町より、あの黒髪風情たちの方がよっぽど大切だからな。……どうする? こうなるともうそれしかねえだろうけどよ」



 しんと空気が静まり返る。静寂が長く続き、続き、そしてやがて、沸騰した熱水が岩石を吹き飛ばすかのように、人々から声があがった。



「やろう! それしかないんだ!」

「どの道このままじゃあ手詰まりだ。生かせてもらえるのなら、黒髪だろうがなんだろうが従ってやる!」



 猛々しい声が大きくなる。僕は今までに感じたことのない感覚に、思わず心臓が高鳴った。


 さながら、世界が僕の味方についたようだ。僕は困惑して、呆然と辺りを見回していた。



「ハク」



 と。ドレッドがポケットに手を突っ込み、僕の方へと向かってきた。



「これで今回はお前が大将だ。俺もお前の指示に従うぜ。……どうする?」



 ――なるほど。これは、悪い気はしないな。僕は幾何かの緊張を感じながら、一度眼鏡の位置を修正し。



「――まずは、情報を集めよう」



 僕はドレッドにそう提案した。

今日の分はここで終わりです

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