第593話 スリップの強化
<『始まりの森林深部・灰の群集エリア2』から『ミズキの森林』に移動しました>
中継を見るのも終わり、桜花さんや紅焔さん達に手早く挨拶をして、ミズキの森林へとやってきた。エンから転移では混雑する可能性が高かったので、アルのクジラの背に乗っての移動中である。
……桜花さんの樹洞から出た時に小型化が切れていたアルが周囲の木に挟まって身動きが取れなくなったという事件もあったけど、それは気にしない方向で。うん、樹洞のゲーム的仕様で小さくなっている種族は出てくる時には要注意だね。
それにしても桜花さんが抑えてくれたので騒動にはならずに済んだけど、あんなに目立つとは思わなかったな。流石は灰の群集のリーダーであるベスタとの対決ではあるね。……なんだかんだで俺自身も目立ってる方だから、その辺も影響してるだろうしさ。
「さてと、それじゃどっか空いてる場所を見つけて特訓していくか!」
「だな。さて、どういう組み合わせでやるのが良いものか……。俺の目標は樹木魔法と海水の操作の強化だろ」
「私が電気の操作と電気魔法かな」
「私は氷魔法と電気の操作だね。出来れば毒魔法も」
「俺は土魔法……あー、あれはどうすっかな……」
一応スリップや光合成も候補ではあるんだけど、現状ではそこまで優先度は高くない……いや、光合成は後回しで良いとしてもスリップだけは上げておくのはありか? んー、ベスタ相手に通じるかどうかが問題だな……。
「ケイ、どうしたのかな?」
「あー、ちょっと上げるかどうか悩んでるスキルがあってさ。場合によっては、ベスタとの対決にも使えるかなーって」
「何を上げる気だ、ケイ?」
「スリップ」
「……なるほど、近接攻撃の回避用にか」
「後は相手の隙を作る為だな。……ベスタ相手に通じるか分からんけど」
物理型であるベスタを相手にするには手段としては魔法の方が良いんだろうけど、俺は根本的に近付かれた際の防御手段ってそんなに持ってないからね。PTで戦う際には俺は基本的に後方からの攻撃だからそれほど重要でもないけど、1対1だとそういう訳にもいかないもんな。
「そういう事なら、私が近接の相手をやろうかな?」
「え、良いのか、サヤ?」
「うん、構わないかな。今日しか特訓出来ない訳じゃないしね」
「……そういう事なら、甘えさせてもらうよ」
「でも、手加減はしないかな!」
「それは上等!」
対ベスタへの防御手段としては鍛えようと考えているんだから、そこに手抜きは一切必要はない。高水準なサヤの近接攻撃を凌げるようになれば、かなり近接での生存率が上がるだろう。
「それなら俺はヨッシさんとだな。ヨッシさん、どういう感じでやるのがいい?」
「んー、私もアルさんも複数狙ってるのがあるから、どれとは決めずに混ぜていくのはどう?」
「お、そりゃいい。おっし、それでやってみるか」
「うん、それで決定だね」
どうやらアルとヨッシさんの方も特訓方法は決まったみたいだね。2人共が複数の魔法や操作を目的にしているから、組み合わせとしては結構いいんじゃないだろうか。
おっと、そうやって話しながら適当に移動をしているとちょうどいい感じに空いている拓けた場所を発見。いやー、競争クエストで勝って特訓に使いやすい群集の専有エリアがあるっていうのは良いね。
「お、良い場所があるな。あそこに降りるぞ」
「ほいよっと」
「分かったかな」
「了解」
そうして拓けた場所に降りてから、特訓の開始である。現時刻は4時半くらいだから、昨日のハーレさんがログインしてきた時間を考えるとあと1時間くらいか。
「それじゃ特訓開始!」
「「「おー!」」」
風雷コンビの対決が長引いたのもあって思ったより時間は短くはなったけども、1時間もあれば多少は違うはず。さてと、俺とサヤの組み合わせと、アルとヨッシさんの組み合わせで少し距離を取ってから開始していこう。
「それじゃ、アルさんやろっか」
「おうよ」
「いくよ! 『並列制御』『アイスニードル』『アイスニードル』!」
「こい! 『共生指示:登録1』『並列制御』『共生指示:登録2』『リーフカッター』!」
尖った氷を同時に6発射出していくヨッシさんと、それをアルが舞っている葉で勢いを弱めながら共生指示で呼び出して生成した海水を海水の操作で球を使って打ち落としていた。ふむ、Lv1で威力はそれほどないリーフカッターだけども、こういう防御的な使い方もありなんだな。
もうちょっと観察して見たい気分ではあるけど、それだと自分の特訓にならないから意識を切り替えていこう。今回はサヤが俺の特訓に付き合ってくれる訳だしね。
「さてと、俺らの方も始めるか」
「うん、そうしようかな。あ、魔力集中か自己強化はありでやるかな?」
「あー、そうだな。あれらの有無で結構感覚が変わるし、そうするか」
「それじゃそういう事でいくかな! 『魔力集中』!」
「ほいよっと」
うーん、どう考えてもサヤ相手に魔力集中で攻撃力を合わせてもプレイヤースキルで勝てる気はしない。……そうなると、ここは自己強化で攻撃力より他を総合的に強化する方が良さそうだね。
<行動値上限を2使用と魔力値4消費して『自己強化Lv2』を発動します> 行動値 73/73 → 71/71(上限値使用:2): 魔力値 202/206 :効果時間 12分
よし、これで受け止める土台となるロブスターの強化は完了っと。後はスリップ用のコケを用意していかないとね。
<行動値を4消費して『増殖Lv4』を発動します> 行動値 67/71(上限値使用:2)
あ、しまった。行動値の消費を考えたら自己強化と増殖の発動順番は逆の方が良かったな。……まぁ発動し終わってから言っても仕方ないから、次から気をつけようっと。
「準備は終わったみたいだからいくかな! 『爪刃乱舞』!」
「おうよ!」
さて、今回はスリップを使っての防御の特訓だ。……連撃は基本的には1撃当たりの威力は低めだけど、どのLvでどのくらい防げるかというのも重要にはなってくるね。そもそもスリップは単発での発動だから、連撃とは決して相性が良いわけではない。
<行動値を1消費して『スリップLv1』を発動します> 行動値 66/71(上限値使用:2)
くっ、右のハサミの表面でサヤの一撃目を受けて滑らせたけども、Lv1だとほぼ効果なしか。流石に魔力集中ありだときっついなぁ。これ、使うタイミングを限定しないと行動値の消費がとんでもない事になりそう……。
<行動値を2消費して『スリップLv2』を発動します> 行動値 64/71(上限値使用:2)
<行動値を3消費して『スリップLv3』を発動します> 行動値 61/71(上限値使用:2)
<行動値を3消費して『スリップLv3』を発動します> 行動値 58/71(上限値使用:2)
あー、Lv2でも全然駄目で、Lv3でようやくまともに攻撃を滑らせる事に成功したね。……やっぱり思った通り、凄まじい勢いでどんどん行動値が減っていく。くっ、連撃への対処はスリップじゃ厳しいか。
「角度次第ではあるけど、スリップで凌げるみたいかな?」
「垂直に受けない限りは通常スキルなら何とかなる範囲だけど、行動値の消費が激しすぎ!?」
「あ、そういう欠点もあるんだ。……これならどうかな!」
「ちょ、左右同時攻撃か!?」
くっ、スリップでの連続回避のコツを多少掴んだところで、遠慮なくキツい攻撃をしてきてくれるね、サヤは! まぁ手加減はいらないとは言ったけど、対処はしやすい角度にしてくれてありがとな!
でも左右同時攻撃が可能な爪刃乱舞はベスタも使えるんだし、これくらいは凌げなければ話にならない。……他の手段を使って防御をする事も可能だけど、今はスリップのみで切り抜ける事を考えようか。
<『並列制御Lv1』を発動します。1つ目のスキルを指定してください>
<行動値を3消費して『スリップLv3』は並列発動の待機になります> 行動値 55/71(上限値使用:2)
<2つ目のスキルを指定してください。消費行動値×2>
<行動値を6消費して『スリップLv3』は並列発動の待機になります> 行動値 49/71(上限値使用:2)
<指定を完了しました。並列発動を開始します>
サヤの左右から交差するように振り下ろされる爪とは垂直にはならないようにして、俺のロブスターのハサミの先を揃えるようにして上部へと振り上げていく。左右のハサミの表面のコケをそれぞれにスリップを発動させて……よし、タイミングばっちり!
「わっ!? あ、そういう滑らし方もあるんだね」
「……タイミングはシビアだし、下手すりゃ自滅だけどなー」
横に逸らすのではなく、俺の後方へと逸らすことで回避は成功した。でも、少しサヤはバランスを崩したもののすぐに体勢を立て直していたし、距離はむしろ詰まっているので危険な位置なのは変わりないか。……これをするなら、即座の追撃が必要になるね。
「さて、今はスリップのみでやってるから行動値がどんどん減ってやばいけど、少しずつ応用方法は見えてきたぞ」
「え、ほんとかな!?」
「まぁなー。でも、欲を言うなら滑る性能は少し落ちてもいいから、単発でないスリップが欲しいとこだ」
「……それって使い込みからの派生で出たりはしないのかな?」
「あー、どうだろ? Lv3以外の時に派生するのって……あ、思いっきり今日取得した群体塊があったっけ。……そうなると可能性はあるのか」
「あればいいね、ケイ」
「ま、とにかくやるだけやってみるしかないだろ。とりあえずスリップLv4を目指さないとな」
「頑張ってかな!」
「おうよ!」
それから同じような手順で何度もスリップによる回避を練習していく。その結果としては通常スキルの単発スキルが一番回避しやすくて、連撃スキルは回避自体は可能だけど行動値の消費が激しすぎだった。
応用スキルともなれば、表面のコケが削れつつロブスターで受け止めて耐えている間に強引に滑らせる事でぎりぎりといったところだったっけ。……まぁこの辺は羅刹さんと戦った時に分かってた事ではあるけどね。
「はー、こりゃ応用スキル相手には厳しいか」
「そもそもスリップは通常スキルなんだし、流石にそれは仕方ないんじゃないかな?」
「ま、そりゃそうだけどさ。せめてもう少しLvを上げる必要があるのは間違いないか」
「……それもそうだね。それじゃ次は何が良いかな?」
「……そうだな。今は回数稼ぎをしたいから、連撃でよろしく!」
「うん、分かったかな! 『爪刃乱舞』!」
さてとちょいちょい回復を挟みながらやっていたけど、ちょっと前に5時は過ぎている。もういつハーレさんがログインしてきてもおかしくないので、そろそろ切り上げ時なんだよな。
何度か自己強化と魔力集中も時間切れになって、今は自己強化を再発動中。魔力集中と比較して分かったけど、このスリップでの回避には自己強化の方が向いてるね。特に耐える必要がある応用スキルが相手の時には必須である。
さて、この連撃の間でスリップのLvが上がってくれ! 多少扱いは上手くなったとは思うけども、何かしら目に見える成果が欲しいとこではあるんだよね。
<行動値を3消費して『スリップLv3』を発動します> 行動値 68/71(上限値使用:2)
<行動値を3消費して『スリップLv3』を発動します> 行動値 65/71(上限値使用:2)
<行動値を3消費して『スリップLv3』を発動します> 行動値 62/71(上限値使用:2)
<行動値を3消費して『スリップLv3』を発動します> 行動値 59/71(上限値使用:2)
<行動値を3消費して『スリップLv3』を発動します> 行動値 56/71(上限値使用:2)
<熟練度が規定値に到達したため、スキル『スリップLv3』が『スリップLv4』になりました>
<ケイが規定の条件を満たしたため、スキル『グリース』を取得しました>
おっと、冗談半分で思ってたのにほんとに上がったよ。しかも本当に派生スキルが出たんですけど!? これは是非とも試してみる必要があるね。……それにしてもグリースって、スリップから派生だから潤滑油とかそういう感じか?
「ケイ、何をボサっとしてるのかな!」
「はっ!? しまった!?」
スキルLvが上がったのと、派生スキルが出た事に気を取られて残ってた連撃を思いっきり受けてしまった……。うーん、前々から思っていたけど、新たなスキルや称号を手に入れた時に動きが止まるのは悪癖だな……。
「それでケイのスリップはLvが上がったのかな?」
「おう、上がったぞ! ついでに本当に派生スキルが出た!」
「え、ほんとかな!?」
「おー! ケイさん、またスキルが増えたんだねー!?」
「おわっ!? って、ハーレさんか」
「ハーレ、アルバイトお疲れ様かな」
「頑張ってやって、帰ってきました! ケイさん、ベスタさんと対戦するんだよね!? 今回は私は実況してもいいんだよね!?」
「あー、そうだぞ」
うん、やっぱり思っていた通りに実況に食いついてるな。まぁそれに関しては全然問題ないので、ハーレさんの思う存分にやってくれればいい。
「あ、ハーレが来てるね」
「お、本当だな。ハーレさん、アルバイトはどうだったんだ?」
「しっかりやり遂げて、目標金額も貯まりました!」
「ハーレ、頑張ったね」
「えへへ、頑張ったよ、ヨッシ!」
この土日の昼間にはハーレさんが居なかったけども、ハーレさんの短期のアルバイトはこれで終了である。何とか旅費分は稼げたみたいだし、父さんがお土産代も含めて臨時で小遣いを出すという予定にもなっているから、夏休みに旅行をするのは可能になったか。
さてと、新スキルを試してみたいけどそれは後でもいいか。6時にはサヤとヨッシさんが食事の為のログアウトだから、そこまでの時間にみんなで色々と話しておかないとね。




