表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/23

真実を知る事から、逃げてはいけない

 何から話せばいいのか……どこまで話せばいいのか……待ち合わせのカフェに入ってから、あたしの頭の中ではその事(・・・)がぐるぐると回っていた。


 東吾はもう(・・)、十五歳なのだ。

 真実を知っても、多少動揺はするだろうけど、理解できる歳なんじゃないかと思う。


「でもねぇ……」


 東吾はまだ(・・)、十五歳なのだ。

 多感な年頃だから、あまり生々しい表現はしないで、さらっと真実を告げた方がいいと思う。


「うん。そうだよ。それでいこう」


 腹を括ったところで、だいぶぬるくなってしまったミルクティーを飲んだ。




 マンションに東吾がやって来て、侑を殴ったあの日から二日後に、あたしは東吾のスマホにメールをした。

 だらだらとした文章ではなく、ただ「話があるので、今度会えないか」という至極短い文章だ。

 もしかしたら、返してくれないかもしれない――とも思った。あれだけ怒っていたのだ。まだ怒っているかもしれない。かおるんに何を言われたのか、あたしは知らない(かおるんってば、教えてくれなかったのよ!)けど、でも東吾はちゃんと返してくれた。それは送ってすぐじゃなかったけれど、それでもすごく嬉しかったし、すごくホッとした。


 待ち合わせの日時は、あたしの都合のいい日で構わないということで、あたしはバイトのない木曜の十六時に、お互いの家から中間にある駅前のカフェを指定した。

 約束の時間より、やや少し早く着いてしまったので、色々と考えることができたけれど、なんだか上手く話せないような気がする。

 それに東吾が、あたしの話を信じてくれるかどうか……少し……ううん、かなり不安だ。だって、確かなものは何も無いから。東吾と父が、本当の親子だっていう証拠がないのだから。信じてもらえない可能性の方が高い。母の日記も見せるつもりだけど、それだって「被害妄想だ」と言われてしまえばそれまでだ。


 気持を落ち着かせるために、もう一口ミルクティーを飲んだ。ホウッと息を吐いたところで、ふと、あたしの頭上が翳る。顔を上げればそこには、顔が強張っている東吾が立っていた。


「ごめん、遅れた」

「ううん。あたしが早く着いただけ」


 席に着くと、注文をとりにきた従業員の女性に、東吾は紅茶をお願いした。ここは砂糖か蜂蜜かを選べる。少し考えてから、東吾は「蜂蜜で」と言った。


「わざわざ、ごめんね」


 あたしの謝罪に、東吾はふるりと首を振った。でも、その後の会話が続かず、気まずい沈黙が流れる。さっさと本題に入りたいけれど、でもそれは東吾の頼んだ紅茶がきてからの方がいいので、あたしはカップを両手で持ったまま視線を落とすと、頭の中でもう一度話すことを整理した。それが終わった頃、漸く紅茶が運ばれてきた。


 蜂蜜は四角いポーションタイプの容器に入っているやつで、実はこれ、あたしのバイト先にもあったりする。パンケーキやフレンチトーストにも使うし、もちろん紅茶にも使っている。とても便利なイイコちゃんなのだ。


 上蓋を剥がし、蜂蜜を垂らして、東吾はティースプーンでぐるぐると紅茶を搔き回す。それを一口飲んで喉を潤し落ち着いたのだろう……東吾がふっと息を吐いたのが聞こえた。


「で、話って? あの男のこと?」

「違う」


 もちろん侑の事も、東吾に話さなくてはいけない。でも、彼のことよりも今話すべきは、あたし達の本当の関係(・・・・・)だ。


「東吾は十五歳だよね?」

「そうだね」

「聞いても、もう大丈夫だと思うんだ。だから、話すね」

「姉さん?」


 訝しげにあたしを見る東吾に、あたしはあたし達が、半分だけ血の繋がった姉弟であると話した。


「は? 何言ってるの?」


 呆れたように鼻で笑う東吾は、案の定、あたしの言葉を信じない。


「本当なんだよ東吾。大学生の時、芳乃さんと父さんは付き合っていたの。恋人同士だった。どうして二人が別れたのかは知らないけど、彼女は秘書として再び父さんの前に現れた。でも最初は純粋に、芳乃さんは父さんの秘書だったんだよ。でも、それが変わったのは……母があたしを妊娠してから。二人は再び体の関係を持つようになったの」


 その意味、解るよね?――そう問えば、東吾の目が大きく見開いた。そしてありえないといった風に、小さく左右に首を振る。でもあたしは嘘ではなくて、これは本当の事なのだと、東吾の目をジッと見ることでそれを伝えた。が、通じない。東吾はハッと短く息を吐いて、ちょっとだけ首をかしげてあたしを見た。


「あのさ、姉さん。面白くもない冗談言うために、俺をここに呼んだの? 違うでしょう? 姉さんが俺にすべき話は、あの男との事でしょう?」


 トン――と、指先でテーブルを叩き、東吾は睨むようにあたしを見た。でも、そんな目で見られたって、あたしはちっとも怖くない。それにあたしが今すべき話は、これで間違っていない。


「東吾……あんたさ、思ったことない? 父さんと自分は血が繋がっていないのに、顔とか声とか似ているって……」


 ほんの少しの変化だって見逃さないように、あたしは東吾の顔を見ながらそう問うた。ぴく――っと、一瞬東吾の小鼻が広がる。何か心に引っかかるモノがある証拠だ。


「ある、よね? 東吾は芳乃さんにも、彼女の前の旦那さん……東吾のお父さんだった人にも似ていないよ。父さんに……松尾直仁に似てる。声なんか、本当に父さんにそっくりだよ。言われたこと、あるんでしょう? 自分でも、そう思ったこと、一度や二度じゃないんでしょう?」

「そ、そんなの、姉さんの勘違いだよ。俺の父さんは……」


 そこで東吾の唇は動きを止めてしまった。あたしが、母の日記帳をテーブルの上に置いたからだ。


「ここに、書いてある」

「これ……は?」

「母の日記。ここに、芳乃さんと父さんの関係が書いてある」


 ごくり――と、東吾の喉が鳴ったような気がした。

 のろのろと手を伸ばし、日記を持ち上げ引き寄せると、栞を挟んでおいたページを開いた。きゅっと唇を引き結んでから、東吾は日記へと視線を落とす。読み始めてすぐに、東吾の眉間に皺が寄った。そしてぶるぶると、日記を持つ手が微かに震えだす。東吾はその部分だけではなく、その前後の日付数日分も読んだ。あたしはその間、ミルクティを飲んで、東吾が読み終わるまで待った。


 静かに日記を閉じると、大きく……深く……東吾は息を吐き出した。


「姉さん」

「何?」

「本当は、さ」

「うん」

「俺、思ったことあるよ。本当は松尾の父の子供なんじゃないかって……。そう思った切欠は、母さんの姉さんに対する態度だった。松尾の父がいないと、母さん、姉さんのこと敵でも見るような目で見るから。態度も、凄く素っ気ないというか……冷たいし。まあ、その前から、松尾の父に似ていると何度か言われていたし、自分でも、母にも実父にも似ていないって思っていたから、もしかしたらって思ってたんだけどね。でもさ、それを確かめる事なんて、俺にはできなかった。怖かったんだ。母さんが、父さんを裏切っていたのを知るのが。だって、父さんの浮気が離婚の原因だって、おばあちゃんに何度も言われたから。芳乃には、何の落ち度もないのに、あの男は――って。だから俺の中で父さんは、母さんを裏切った“悪”だった。そして可哀想な母さんを、松尾の父が救ってくれたって思っていた。だからあの人は、俺にとって“善”だったんだ。だけど、だけど違っていたんだね? 姉さん。母さんこそが、本当は“悪”だったんだ」


 ぎゅっと両の手を強く握り締め、東吾はぶるぶると肩を震わせた。でも、悪いのは芳乃さんだけじゃない。父だって同罪だ。父が母を裏切りさえしなければ、東吾が苦しむことはなかった。


「姉さんは、本当の姉さんなんだね?」

「うん。その可能性が高いだけだけど。でも、間違いないと思う」


 親子鑑定をした方がいいのかなぁって、ぽつりと零したその声音は、とても小さくて……とても弱々しくって……おもわずぎゅっと抱き締めたくなるくらいだったけれど、ここは店の中で、あたし達は向かい合って座っているので無理だ。


「俺、訊いてみる。もしかしたら、はぐらかされるかもしれないけど……でも、ちゃんと訊くよ」


 辛そうに顔を歪めながらも、東吾はきっぱりとそう言った。

 それが良い事なのか、ハッキリと答えられない。でも、それを明らかにすることで、何かが変わるような気がする。それは悪い方へではなく、良い方へ――だ。それに血の繋がりがあるのなら、東吾が父の跡を継ぐことに反対する者もいないだろう。そしてあたしが、松尾の家に縛られる理由もなくなる。堂々と、家をでることができる。


「最終手段だよ、親子鑑定は。その前に、父さんが認めるかもしれないでしょ?」

「うん。そうだね。あ、そうだ。その時は姉さん、協力してくれるでしょう?」

「もちろん」


 ありがとう。それとごめんなさい――そう言って、東吾はあたしに頭を下げた。ごめんなさいには、色々な意味が込められているような気がする。うん。きっとそうだ。


「もういいよ。じゃあ、あたし先に行くね。買い物しなくちゃいけないから。あ、その日記帳、持って行っていいよ」

「あ、うん、ありがとう。借りてくよ。俺、もう少しここで休んでいくよ。少し頭の中、整理しないといけないし」


 伝票を持って立ち上がったあたしに、東吾が「そうえいば」と、思い出したそれを訊いてきた。


「どうしてあの男と、姉さんは一緒に住んでいるの?」


 忘れてなかったんだ……こんちくしょう。


「い、色々とあるのよ。でもまぁ、それも話せる時がきたら話すから」

「絶対だよ?」

「うん。絶対だよ。あ、そうだ。それまで誰にも言わないでよ? いい?」

「分かったよ。絶対に言わない」


 お願いね――と言って、あたしはレジへと向かった。




 父が東吾を、自分の息子だと認めたのは……それから五日後のことだった。なかなか二人きりになることができなかったそうで、気ばかり逸ってしまったと、電話の向こうで東吾はカラカラと笑った。


 父は、最初相手にしなかったそうだ。けれど、母とあたしが父の不貞行為を知っていたと知り、観念したらしい……あっさりとそれを認めた。そしてそんな父に、東吾はあの日記を見せた。


 日記を読んだ父は、青褪めた表情でその場に崩れ落ちたそうだ。母の日記を抱き締め、「花音、花音」と母の名を何度も何度も呟き、もうすでに母はこの世にいないというのに、父は「許してくれ」と何度も何度も詫びたそうだ。


 その話を東吾から聞いた時は、ハッキリ言って、父を蹴飛ばしてやりたいと思った。

 母がどんなに苦しんでいたか……母がどんなに悲しんでいたか……同じ思いを、父にも味合わせてやりたかった。

 でもそれをできるのは、していいのは、あたしではなく母だけなのだ。

 母だけが、父に罰を与えられるのだ。

 だからそれは、父が母のいる場所へ逝ってからしてもらうことにする。


「って、その前に、転生してるかもしれないけどね」

「ん? なあに? なんか言った?」

「あ、ううん。何も。あ、そうだ。東吾が今度会いたいって。会って、ちゃんと謝罪したいって」

「え?」

「受け入れてやって、東吾の謝罪。あの子、本当に反省してるから」

「んーそうだね」


 わかったよって、侑はあたしの頬を撫でると、やんわりと唇を重ねてきた。啄ばむように何度も繰り返されるキスに、冷めたはずの熱が徐々に上がってくる。触れるだけのそれでは堪えきれず、薄っすらと唇を開ければ、くすりと笑って舌が入ってきた。そのまま押し倒されて、本格的に侑の手があたしの体の上で悪戯をし始めた。


「ゆ、う……侑……侑……」


 ぎゅと背中にしがみついて、何度も何度も彼の名を呼んだ。それ以上何も言えなくて、でも、言わなくても侑はきっと、あたしの言いたいことちゃんと分かってくれているような気がするんだ。だってあたしに触れる手も、唇も、凄く……凄く……泣きたくなるくらい優しいから。だから絶対に、あたしの想いは伝わっている。


 いつまでも侑との事を、黙ったままでいられるとは思っていない。

 だけど、あとほんのもう少しだけ、それを先に延ばしても構わないよね? 侑のこと、もっと知ってからでもいいよね?

 だってあたし、侑の家族のこと、何も知らないんだもん。どうして侑が家を出たのかってことも、家族との間に何があったのかだって……あたしは知らないから、だからちゃんと知りたいんだよ? 

 ちゃんと知って、解決できるのなら、一緒に答えを見つけたい。


「ねぇ」

「んー?」

「侑はさ、どうして家を出たの?」


 ぴたり――と、侑の動きが止まった。訊かれたくないんだろうけど、いつまでもこのままじゃ……今の状態のままじゃいけない。いいわけない。東吾とあたしのように、東吾と父のように、話をしなくちゃいけない時は、誰にだってあるのだから。

 言い難い事も、聞きたくない事も、ちゃんと言って、ちゃんと聞かなくちゃいけないんだよ。じゃなきゃ、あたし達は前へ進めないんだから。人間は、その場に留まることも、過去に戻ることもできないんだよ。前に進むしかない。


 生きているから、あたし達は前に進むんだ。


 生きるために、あたし達は前に進むんだ。


「ねぇ、教えてよ? 何があったのか、あたしに教えて」


 侑の全てが知りたいよ――そう囁いたあたしから、ゆっくりと体を離すと、侑はくしゃりと前髪を掻き上げて、困ったように双眸を細めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ