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第1話 毒闇の塔

 ナーリア王国にある魔術学校の中でも名門中の名門ルミナイト学園。

 

 魔術を極め、将来は有望な魔術師を志す者が集う学園だ。

 一昔前は平民出身と貴族出身が半数を占めていたのだが、近年は生徒のほとんどが爵位を持つ貴族たちの楽園になってしまった。


 表向き身分の差はなく皆平等を掲げられているが、実態は違う。平民出身が魔術を極めたいという安易な気持ちで入学しては痛い目を見ると言われている。


 そんな平民の出でありながら、学園の生徒会副会長にまで上り詰めたあるひとりの少女がいた。

 父、母共に魔導具装飾品を営む家出身であるローズナイト家の娘、アリエッタ・ローズナイトである。



♢♦︎♢



「それで。私に用事とは。何でしょう」


 平民出身であるアリエッタ・ローズナイトは貴族を飛び越えた先の王族である第三王子に呼ばれていた。

 アリエッタは腰ほどまで伸びた淡い桃色の髪と、ワインレッドの瞳を持っている。化粧もしない、美しくもない長い髪も切るのが面倒で伸ばしっぱなしにしていたら、こうなっただけの平凡な容姿をしている。


 普通なら平民と王族が対等な立場で話すことは不可能に近い。だが、生徒会副会長であるアリエッタにとって第三王子との会話は別に珍しいものでも浪漫溢れるものでもなかった。ただの日常のひとかけらに過ぎない。


 目の前にいるのは上品な椅子に腰掛け、つまらなそうに頬杖をついている第三王子サンドレア・キトラ・ナーリアである。


 赤みがかかった金髪をさらりと流し、青緑の目を持つ王子は、この学園の注目の的らしい。令嬢たちなどは王子を見かけてはうっとりと恋する乙女のように頬を染める。この王子の何がいいのか、アリエッタには全くわからないけど。


「毒闇(どくやみ)の塔は知っているかい?」


 サンドレアは世間話や雑談をするでもなくいきなり本題に入る。それが、アリエッタとサンドレアの関係だ。サンドレアに取り入ったアリエッタを妬ましく思う連中も少なくないが。皆が思うような令嬢たちが目を輝かせるようなそんなことはしていない。

 見ての通り、事務連絡しかしないいわばビジネスパートナーである。


 サンドレアが何故アリエッタを生徒会副会長に任命したのか。詳しく聞いたこともないし、知ろうとは思わなかった。

 特に内面を知りたいとは思えない王子の本音など聞いて何の役に立つというのか。


「ええ。名前だけなら。聞いたことがあります」


 令嬢たちがよくやる猫撫で声や媚びた声ではなく、淡々とした声が響き渡った。


 毒闇の塔とはルミナイト学園の敷地内にある塔のことだ。かなり外れた場所に位置しており、知る人ぞ知る寂れた塔として認知されている。噂では魔術の研究や開発をして、新たな魔術を生み出しているとかなんだとか聞くが実態は分かっていないのが現状だ。


「君はそこに行ってもらいたい」


(はい?)


 アリエッタは言っている意味がよく分からず思わず怪訝な表情をしてしまう。それが声に出なかっただけまだましだろう。


 よく分からない塔に行けと? 自分が?


「ええと、なぜ……」


 戸惑いを隠せないアリエッタにサンドレアはすかさず返答する。


「毒闇の塔が最近怪しいなと思っていてね。少し生徒会から調査をしたいんだ」


 そう言った瞬間、サンドレアの瞳が本当に一瞬だけ赤く染まった。よく見ていなかったら見逃していただろう。普段の自然を思わせる青緑から血や不吉なことを連想させるような濃い赤色の瞳に変わったのだ。


 彼は前からよく言葉を発したあと瞳が赤くなっていた。それは一瞬だけの時もあれば少し長めの時もある。そして発言のたびに毎回必ず瞳の色が変わるわけではない。無作為に色が変わっているのだ。


「生徒会の調査であれば別に殿下が行ってもよろしいのでは? 何も私である必要性が感じられません」


 アリエッタには毒闇の塔の何処が怪しいのか全く分からない。そんな無知な者が行くより、何故怪しいのか説明できるサンドレアが行った方が遥かに効率的で生徒会のためだと思う。


「適任なのは君だけだと思ったんだ」


 アリエッタが反論することは承知の上だと言いたげな反応速度だった。そんなサンドレアの瞳は青緑のままだった。一体何が基準なのだろう。

 王子に逆らったら、極刑だとか何だとかほざいている奴がいた気がするが。この王子なら多少の不敬も許されそうな雰囲気を纏っている。

 現に彼はアリエッタの態度を楽しんでいるように見える。


「いいかい? これは君に与えられた副会長としての仕事だ。つまるところ、拒否権なんて存在しないはずなんだけど」


 アリエッタを威圧するかのような半ば脅迫めいた笑みで見つめてくる。表面上は穏やかな王子の笑みなはずなのに。奥底に蠢く何かが隠しきれていなかった。


 はあ、とアリエッタはため息をつく。王子を前にしてため息をつく身の程知らずなどかなり珍しい。

 断ろうともサンドレアの中ではもう既に決断が決まっているだろう。どれだけアリエッタが反論しようが、足掻こうが彼もまたしぶといのだ。

 夜が明けるまで、決定されないこともあり得るかもしれない。


「分かりました。毒闇の塔の調査ですね」


 正直乗り気ではないが、ここで断ればサンドレアは徹底的に潰しにかかってくる。本当にゆっくりとじわじわと追い詰めるように。

 そんな時間の無駄はしたくなく、仕方なく妥協という形で了承した。


「頼んだよ。毒闇の塔はどんなものなのか調べてほしいんだ。何を調べても良い。そこへ行って客人にでもなってもてなされても良いんじゃないか」


 アリエッタはあまりもてなされるのにも慣れていないし、正直に言って人との関わりが上手くいくとは思わない。

 もっと適任は沢山いるだろうに。


「……ああ、それと分かっていると思うけど情報はちゃんと正確に、全て伝えるんだよ。虚偽や、隠し事なんて許さないからね」


 サンドレアは瞳に翳りを入れ、何故か分からないが念をおされた。目を細め、怪しい雰囲気に包まれる。


「僕は君に期待しているよ」


 彼は立ち上がって、アリエッタの耳元に近づき、甘く囁いた声を吹き込む。大抵の令嬢なら歓喜の悲鳴を上げていただろうが、アリエッタにとっては嫌悪感の方が強かった。思わず虫でも見るような表情をしてしまう。

 こんな胡散臭い王子のどこがいいのかまったく分からない。さっさと去る方が身のためだろう。


 アリエッタは軽く礼をして、生徒会室を退室した。

 

 ふと、廊下の窓を見やると明らかに年季の入ったぼろぼろの塔が目に入った。周りは蔦でぐるぐる巻かれている。

 この学園の中で一番高い建物だという毒闇の塔は異質な空気を纏っていた。塔の周りだけが別世界に存在しているようだ。


 噂では、怪しい毒魔女が毎夜、毒草を持って現れるとか。にやりと笑って、魔女の前に現れた人間は亡き者にされると聞いたこともある。

 

 誰も近づこうとしない、見て見ぬふりをされる塔に自分はこれから行くのか。行かされるのか。何だか腹が痛くなってきた。


 こうしてアリエッタは毒闇の塔へ行くことになったのである。

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