第十七話 魔導国とラーダムの記憶
黒い鉄格子に囲まれた城壁に、さらに囲まれた国、街全体が機能性を追求した高層建築。道幅は馬車1台がようやく通れるような狭い道。
進行方向を決める事でその機能美を実現している。
ここは魔導国ダモクレス。国民は『大陸統一神国ダモクレス』と呼ぶ、事を義務付けられる。
反り立った山全体を掘って作られたこの国は侵入者と脱走者を阻んでいた。
「まだ、解析はおわらんのか!」
その都市の一角、ジュバーニュ研究所では怒号が響いていた。声の主は軍事統括者であるノルゴル団長である。
「申し訳ありません」
軍部の施設であるため、研究所に勤めている者達も、全ての人間が完璧な敬礼を見せる。
「何がお前たちにそんなに時間をかけさせている?」
「結論から言いますと、この魔道具群の魔痕は別言語を編み上げるように記述されているため、解読には製作者が必要と思われます」
「ならば、製作者をここへ連れてくればいいだろう」
「問題はそこです。このスキル封じの魔道具を製作した者は怠惰なる種族です」
「なるほど、では解析を切り上げろ。代わりに」
ノルゴルは懐から手のひら大の肉塊を取り出すと差し出す。
「こいつの解析と量産を」
「は!」
それは研究者が見ても奇妙なものだった。
心臓が無いのに肉塊は脈打っている。
さらに、圧倒的な魔力指数。
見た目でわかる。
邪悪で、負の感情を凝縮した様なソレは研究者達の顔を嫌悪の表情に歪ませる。
だが、このダモクレスにおいて、上官に逆らう事は国に逆らうに同じ。
ノルゴルが部屋を出るまで、彼らは言いたいことも全て胃の奥まで押し込む。
「では、私は行く。解析が終わり次第伝令を寄越せ」
「は!」
国民達は上が何を考えているのか分からなかった。エルフを『怠惰なる種族』として蔑み。かと言ってエルフの技術を欲しがる。
なんでも、導主は異世界召還なるものを行っては、呼び出したものを牢獄に繋いでおくのだという。
調べれば何をやっているのかくらい分かるのだろうが、自分達にその矛先を向けられるくらいなら、従順な一国民を演じるほうがマシだろう。
「さて、これの何を解析しろというのか……」
脈打つ肉塊に戸惑う研究所職員達であった。
◇ ◇ ◇
時を同じくして魔導国の中心に聳え立つ堅牢な塔の頂上。
まるで一国の姫君のような見た目の女性は側近達の報告に耳を傾けていた。
「導主様、アルバニアに送り込んだ密偵が召還獣の1匹を発見した模様です」
「アルバニア?なぜそのような所にいるのです?」
「は、わが神国の堅牢な壁を妙な術で突破したと推測を……」
「そのような事を聞いているのではありません」
報告を遮り導主は静かに目を細める。
報告していた暗部の1人がヒッ、と驚きながらも遮られた真意に気付く。
「幾重にも脱走者を出さないよう囲い込んだ我が城から、なぜ脱走者が出たのかと聞いているのです」
転移魔法による脱走者が出たのはこれが初めてだ。国内での15年の捜索でも、その者は国内にいると考えられていた。
「なぜ、長き月日の後、今頃国外で見つかったのか。それについては我が国の堅牢さから、抜け出すまでに時間を要したとも考えられる。が、そうではないのでしょう?」
長年見つからないのは彼の者の能力が姿を消す能力だと推測されていたからだ。だが、国外で見つかったのであれば、検問を行っていた兵の職務怠慢か?いや、軍部監査が厳しい検問においては、魔力を感知する魔道具を有している。突破は難しい。
「なるほど、知らせが回る前に検問から出たか」
導主の結論を聞いた者たちは狼狽える。まさか転移能力だなどとは導主も考えが及ばなかった様である。
「計画を早める。わが国の召還獣の力が帝国に利用され尽くしてからでは遅い。今後時間が経つにつれ、戦力差が埋まっていくだろう。まずは軍議を開け、具体方針は空からの奇襲を主とする戦術を議題とせよ……地下牧場の区画3段階までの開放を許可する。行動せよ!」
「は!神国の威を示します!」
ダモクレスは正々堂々などとは無縁の国だった。
騙し討ちや非戦闘員の殲滅も平気でやる。
神国の為。ただ、それを実行する。
子供の頃から教育されるソレは一部の人間を除いて全てに浸透していた。
◇ ◇ ◇
私の住む森にはロイさんが『英雄戯メシアトーチ』の試作品を届けに来ていた。
「ロイさん。私、今度結婚する事になったので、これ招待状です」
「それは、おめでとうございます。ぜひ、参加させていただきますね。ちなみにお相手は?」
私はこうした方が分かりやすいと思って、1枚のカードをロイさんに見せる。
「なるほど」
英雄達のカードの中に燦然と輝くゴールドの光が相手を指し示した。
だが、私はカードの検品をしていると、ある1枚のカードで手が止まる。
大英雄。
私の2回目の転生の際に友情を育んだ相手だ。
2度目の転生。もらったスキルは『亜空間転移』。
だが、このスキルは使うと魔力最大値が減る。
それを自覚したのは1日2回使えたスキルが1回しか使えなくなってからだった。
魔導国。
この国が私の転生先だった。宰相の娘として産まれた私は徹底的な教育を受けた。だが、その反面やんちゃも多く、よく叱られていた。
1番叱られたのは、導主様の寝室でかくれんぼをした時だった。
「お主、何をしたのかわかっておるのか?」
私は導主様の日記を読んでいる最中に首根っこを押さえつけられた。
導主様は自分の日記を読まれ、ご立腹みたいです。日記は機密情報満載でした。そんなものを日記にするなと言いたい。
地下の独房、そこへ連れて行かれて鞭打ちの刑です。宰相である父親にも切り捨てられた私は鞭打ちが終わると牧場という所に入れられた。実質的に死んだことにでもされたのでしょう。
導主の日記によると、牧場は召還獣の実験施設らしい。情報を吸い出すとか。
私が連れて行かれた先は5番と書かれた牧場だった。
「入れ」
入った場所にいたのは獣ではなかった。
召還獣と言われていたのは人だった。
「君も異世界転移者かい?」
目の前にいた男の子が喋った。私は宰相の娘だけど、そんな事を言えば、この場所ではどうなるか、分かりきっている。
「うん、私も転移者」
「そっか、俺は一応ラーダムって名乗ってる。本名は別だけど、ゲームのアカウント名。君は?」
「うーん、じゃあ私もそういう感じでリリ、いやリリムにしようかな?ラーダムと兄妹みたいな感じで」
「うん、これから仲良く同室カッコワライな訳だしね」
ラーダムはそう言うと、この地下牢の知っている事を話し始めた。
牧場はどうやら知っている事が多ければ多いほど数字が増えるらしく、1から5で、入れられた者は5に近付くほど機密情報を持っているっぽい。
「俺の能力、『範囲広域化』と『地図製作』、この2つはある意味チートだ。この国の地図は作製済。知られれば、おそらくは仮想敵国の近くまで連れていかれて作業させられる。ただ能力の事は秘密にしていて、作った地図を取られただけ」
「凄いな!私は『亜空間転移』だけど、たぶんこれデメリットがヤバそう。何回か使ったら死ぬタイプ」
「脱出には使えそうだけど、それは使わない方が良いな。どうしようもなくなった時の切り札って感じか」
私達はそんな会話から始まり、日本での共通点などをすり合わせて、彼との牢屋生活は楽しかった。
あの日が来るまでは。
ある日、ラーダムが地図を作るために駆り出された。
しばらくして、戻ってきた彼は、別人のように身体が全身腫れ上がっていた。
地図が作れない彼は用済みということなのか?
実験に使われたのか?
私は存在を悟られないよう檻の中で縮こまり、看守が遠ざかるのを待った。
そうしてラーダムに近付くと転移で逃げようと決意した。
「ラーダム、隣国の地図とか作れる?広域化だけでもいいの。とにかく私の転移で飛ぼう!どこか安全な場所に逃げよう!」
そう言うと彼は反応を見せるが腕は変な方向へ向き私に蹴りを入れようとする。
「ダメだ。良い、どういたしまして」
彼が何を言っているのか分からなかった。
だが、彼は自分に何が起こっているのか爆速で理解したようで、言葉を修正する。
「逆、移動、賛成。感じる、逆、動く、逆、話す、逆」
またも私は彼の言っていることを理解出来なかった。逆、逆、逆。いや、彼の言っていることを理解するのを私は拒んでいたんだ。
つまり、感覚、いや、感じ方を逆にされている?
脳を物理的に回転でもされたのか?
とにかく、彼は移動に賛成。転移しようと言うことだろう。
「じゃあ、広域化だけお願い。私がなるべく遠くへ転移する」
複数人での転移などしたことは無かった。
だけど衣服が一緒に転移できるのであれば、持っている物は一緒に移動できるのでは?と思った。
彼の両脇に腕を通し抱き着く。
お願い。
(『亜空間転移』)
私達が転移したのは知らない街のすぐ外の草むらだった。私は急激に魔力の最大量が減った反動なのか血反吐を吐き倒れた。
近くにいた住民らしき人が私達を見て、慌てて駆け寄ってくる。そりゃほぼ全裸の男女が草むらにいきなり現れたら慌てもしますわ。
それから私は冒険者になった。
彼は私のお荷物になるのが嫌で家にいた。
それでも私は良かった。
でも、彼は1人で隠れて訓練していた。
紙が特産だったから紙に何回も文字を書いて、綺麗に書けた物を冒険者ギルドに持って行って登録していた。
彼はギルドの訓練部屋で一つ一つの動きを型として、いや、まるでゲームのコマンドのように練習した。
私の知らない内に会話以外はいつしか普通にこなせるようになっていた。
「私達のパーティ名はララリリダムで登録するね?」
「良い。楽しそう」
ラーダムとリリムで音のリズムがいい感じに。
「まさか、ラーダムが訓練をゲーム感覚でやってると思わなかったわ」
「楽しい、覚えていた」
紙に『ゲーム感覚でやってるからオモロイ』と書かれたときは思わず笑ってしまった。
「私は普通の魔法をちょこっと出来るようになった程度だけど、ラーダムは変な訓練してるから変なスキル生えてそうだね」
「覚えた」
『感覚鋭敏化』『コマンド登録』。
彼は素早く紙に書く。
「じゃあ、これからも一緒に冒険を続けよう!」
「いぇす!」
戦争が始まった。
私達は冒険することはなかった。
私は夢見た冒険者の姿を絵に描き、彼は物語を書いた。『大英雄ララリリダム』私達の合作だ。
戦争の相手国は私達の嫌いなあの国だった。
魔導国ダモクレス。
「死ぬ時は一緒。だからラーダム、死なないでね」
『お前もな!』
ラーダムは軽く頷いた。
私達は戦場にいた。
その後、敵の猛攻に武器を失ったラーダムが死に、私は約束通り自死した。亜空間転移によって数人に触れた状態で天高く転移し、道連れにした。
『大英雄ララリリダム』。
このカードを見るたびに思い出すのだろう。
「エリーさん?」
「ああ、ごめんなさい。少し死んだ親友を思い出してしまって」
「ララリリダムがですか?」
「ああ、いえ違います。ララリリダムの物語が好きな親友がいたんです」
「なるほど」
私はいつの間にか涙を流していたみたいだ。
検品を続けよう。
「ロイさん、エプロンの私って誰が欲しがるんですか?」
「え?結構需要あるってノノが言ってましたよ」
「えー」
「では、エリーさん。他の格好してもらえれば私の目でカードに焼き付けるので、今からどうです?」
「いえ、エプロンで良いです。あの、夫が他の格好を欲しがったら受け付けます」
◇ ◇ ◇
夜、闇に紛れた飛行船が魔導国を飛び立った。
雲の厚い日を狙った行軍だ。
気付かれず、アルバニア帝国の上空へと忍び寄る。




