第零話 昏倒する確率
「私が神だ」
何だこれは?
語彙力行方不明。目の前にいる女性は後光が指し、腕を広げ、支配者のような尊大なポーズを取っている。いや、見覚えはあった。確か……。
「あなたが神か!」
そう、前に会った時にそう返答しろと言われた気がする。でも、第三者のいない空間で内輪ネタみたいな事されると非常に寒い。というか向こうの世界のネタを自分でやるのではなく私にやらせるの?可哀想な人みたいになるよ。年代によっては通じないし。
「やはり、覚えていてくれたのですね。では、能力を追加して差し上げましょう。今回は何が良いですか?やはり心臓麻痺を引き起こすスキルでしょうか?」
「女神様、なぜか今回は少し記憶が曖昧で、能力の前に、私の転生後の目的などをざっくり教えて頂いても良いですか?」
「あー、流石に7回目ともなれば記憶が薄れるのでしょうか。めんどくさいですねぇ。では、まずは重要な事から」
女神説明中……
1回目の生では私は何の能力もない異世界人、地球という魔力の存在しない世界から魂のみが輪廻から外されてしまった。
どうやら禁忌目録に抵触し、あちらの神から意図的に外されたらしい。逆にこちらの世界では魂の消失や魔力の増大した種が観測され、訳ありの魂でも受け入れたいという状態だった。
魔力増大種は他の種を滅ぼす危険があるため、殲滅するか、対話、契約による環境改善を行って欲しい、というのが私を招いた理由らしい。
「少しずつ思い出してきました。1回目の能力は確か、『円環記憶』でした」
「その通りです。あなたは今、7回目の命を散らした後、私の前にいる。『円環記憶』は簡単に言えば記憶を引き継いだ状態の転生が出来る能力です。私が与えた能力は魂に書き出しているので、そのまま引き継いでいるのですよ」
つまり、私は女神に都合の良いコマで、延々と環境破壊生物の間引きをさせられているということです。うん、ざっくり。
「それで?今回の能力は決まりましたか?あなたが決めるのでしたよね?早くしてください」
「女神様、毎度転生していたら非効率だと思います。赤ん坊スタートである以上、成長までの時間が無駄ではないですか?」
「ふむ、この時間も楽しみなのですが、確かに成長する間に奴等も増えてしまうかもしれません。あなた以外の戦力も魂が脆弱ですし」
私の魂は他の世界から来たためか強靭である。こうして女神様の実験に付き合わされているのもその為だ。
「では、こうしましょう。寿命を延ばす方法を教えます。その代わり、今回与える能力は選べない」
「寿命が延びる?いや、それだけじゃお婆ちゃんの時間が増えるだけじゃないですか?」
「ああ、大丈夫ですよ。あなたには『想身変容』と『剛健』の能力がありますから。それにあなたが思っている100倍は長生きすると思います。マナも集められて一石二鳥かも!?」
そっか、これまでの転生でも能力をもらってたんだった。そう考えると貰える能力はそんなに重要じゃないかも。
「では、先程の条件でお願いします」
「よろしい、知識は脳に直接お届けしますね?ほっ!と。能力の方はくじ引きか……サイコロか、これ投げてください。投げたら、何が出るかな?何が出るかな ?ってちゃんと言うんですよ?より良い目が出ますから。ふふ」
魂に刻まれた懐かしいリズムで無邪気な女神が手拍子し始める。
さあ!どうだ!
「ふむ、女神様、これは使えるのでしょうか?『確率操作』」
「確率操作のはなしー。あ、すみません、お決まりなので、つい。『確率操作』はそのままですね。少しでも確率が関わる行動であれば、12時間に1回だけ確率を操作できます。前に転生させた子が覚えてたんですよ。当たらない攻撃を絶対に当たる攻撃にしたりとかですね。1日2回しか使えないの?うん、しょぼいね」
あれ?思ったより良い能力では?
何だろう、女神は反応薄い。
「さて、かなり時間を使ってしまいましたね。私もこの空間の維持には結構体力使うんですよ?そちらの方が時間の進みが早いので、一生懸命止めているんです。そろそろ転生させますね?次にあなたが来るのは何日後になるでしょうね。楽しみに待ってます」
女神様がそう言うと私の体は光の玉になって……
◇ ◇ ◇
目を覚ますと、そこは青空。赤ん坊は目より耳の方が早く発達すると思っていたが、今回は目の方が早かったらしい。
これは、状況的には……。
私が入れられているのは籠のような入れ物で、かれこれ2時間位。うん、眠くなってきたけど、これ捨てられたのよね。たまたま危険のない場所だったのか襲われなかったけど、動物でも通ったら即アウトだろうな、これ。
焦りが募る中、能力で解決出来ないか考えた。
『想身変容』で姿を変える?
いやいや、動けないんだから逆に不自然だよ……
あとは何があったっけ?
あ、今回もらったアレならイケるんじゃないかな。
私は念じる。
(『確率操作』自分が無事である確率100%上乗せ)
ガクッと体の感覚がなくなり、眠気も相まって意識を手放しそうになる。うっ、ちょいタンマ……
急に影が差す。ん?雲一つない空。なのに影が。
私を覗き込む影、急に明暗が変わったため、何の影かも分からない。とりあえず寝るか、鳥とかならとっくにつつかれてるだろうし、大丈夫でしょ。今はただ眠いんだ。
「ああ……可哀想に……」
そこにいたのは無精髭の生えた目つきの悪い、ちょっぴり身なりだけは良い中年のオッサンだった。
◇ ◇ ◇
5年後……
「シスタールチア、ヘイゲルおじちゃんは?」
「そろそろ来ると思いますよ。狩りの約束をしているのですよね?」
「うん、一杯取ってくるからね!」
「ふふ、今から何を作るか考えなければいけませんね」
まだかまだかと待っていると孤児院の両開きのドアが音を立てる。ノッカーを鳴らす音だ。
ドアを開けた先にいたのは、もちろんヘイゲルおじちゃんである。
「おう、もう起きてたのか、早いなエリー」
「もう、遅いよ!また夜中まで呑んでたの?」
朝5時である。全く遅くないが、楽しみにしているという姿勢を見せる事で、大人をその気にさせるのだ。
このヘイゲルさんは私を拾ってくれた大恩人である。孤児院の出資者で奥さんを早くに亡くしている。ルチアとは結構親しそうにしているから、元々知り合いだったのだろう。その縁で私は教会に併設されている孤児院に預けられた。ただ、ヘイゲルさんは私を養女にと考えているみたい。
「すまんすまん、じゃあ早く行こう。ルチア、行ってくる」
「いってきます!」
「お昼までには帰ってくるんですよ、いってらっしゃーい」
弓矢を装備したヘイゲルに5歳の私がトコトコ付いて行く。だがその手に持っているのは手斧、腰のベルトには投げナイフが2本、解体用ナイフが1本。5歳で持てるような重量ではないのだが、私には『剛健』スキルがあった。
一般的には『力持ち』というスキルもあるらしく、子供が超重量を持っていても、なんか力持ちな子がいるなー凄いなーと思われるだけだという。
孤児院は町の外縁部にあり、門を出て直ぐに木々の生い茂る森が見える。大体2kmくらい先かな。
◇ ◇ ◇
森までは歩いて40分くらいかかった。
そして今は狩りの最中。
私達2人は普段通りに獣を追い込む。今日の獲物はハンマーバード。体長約80センチ、横から見ると頭が四角く、攻撃の的が大きいので、比較的楽に狩れる。早朝ということもあり、まだ人間の気配にそこまで敏感ではないが、ある程度遮蔽物の少ない岩場に追い立てるのが定石だ。
石ころを誘導する方向と逆側に投げると、思った通りの方向に逃げていく。
ハンマーバードは頭が重いため飛行能力はそこまで高くない。ヘイゲルさんの目線の高さまで飛ぶのが限界だろう。視界が開けた所でヘイゲルさんとアイコンタクトを取る。
鳥というのは着地する際に羽根を畳む動作があり、そのタイミングでは体が硬直する。その一瞬の隙を狙って仕留める。石ころを再度投げると5秒程の飛行、その5秒で着地位置に対してヘイゲルさんが弓を射る。刺さるか刺さらないかを確認する前に私が手斧を手に飛び出す。刺さった!が浅い。広げた羽根を貫き胴体にわずかに食い込んでいる。飛行は困難だろう。私は手斧の腹でハンマーバードの頭を撃ち抜く。
(『確率操作』昏倒する確率を上乗せ49%!)
1日2回だけの能力をここで使う。
5歳とは思えない身体能力で近づくと最短距離で無駄の無い一撃を放った。よろめいたバードの首を返す手斧でへし折る。
普通は驚愕するものだが、もうヘイゲルさんとは何度も狩りに来ているから今更だろう。最初の狩りの時には驚いていたが、今ではもう慣れっこだ。棒にくくりつけて血抜きしながら帰る。森の出口に差し掛かったら解体して臓物類は焼く。
手際もかなり良い方だが狩りからここまでで1時間程かかってしまった。
「ヘイゲルおじちゃん、私魔物狩りたいんだけど、待っててもらっていい?」
「ああ、いつもの奴が来てるのか?」
「うん、やっぱりお肉の匂いに釣られたんだろうね」
「危なそうだったら逃げるんだぞ。言っても無駄だろうが」
そう言って笑うとヘイゲルさんは私の荷物を持って森を出た。魔物が出る事が分かっている場所に子供を1人置いていく、大人にあるまじき行為であるが、私には適用されない常識だ。
ヘイゲルさんには命の恩人である事から私の知識の中で打ち明けられる部分は打ち明けている。魔法やスキルは部分的に。
さて、本命の狩りの時間である。
敵は6体、距離は残り約30m、足音と息づかいからして狼系の魔物だろう。残りの魔力は少ない、魔法はなるべく温存しよう。
人生8周目は伊達ではない。過去には他国の騎士団にいた事もある。
『確率操作』の効果は1日2回しか使えない。
だが、効果は12時間、自分の半径50mの範囲に確率が適用される。
つまり、手刀やデコピンなど、単なる打撃にも先程の狩りで使用した効果が乗る。そして相手の攻撃に対しても、無関係の人間のそういった行為に対しても。可能性が0でなければ効果が乗る。
かなりピーキーなスキルではあるが、使いようによっては化ける。
今の私が投擲武器を愛用しているのはその為だ。
一方的に攻撃し、敵の攻撃は回避する。避けなければ確率で昏倒するからである。
最初の一体が飛び出してきた。残りは左右に別れて挟撃を狙っている。出て来た黒い狼に小石を投げる。1個ではない。同時に10個程。
こちらの攻撃は当たれば良いのだから、投げる力は必要ない。散弾銃のように急に目の前に現れた礫の群れを回避出来ずに黒狼は突っ込む。
昏倒確率約50%の攻撃が複数。
当たった数を正確に数えたわけではない。
しかし黒狼は私の右脇をすり抜け昏倒した。
左に躱し前に出る。
左後ろから物音がしたので、振り向きざまに手斧の柄を裏拳の要領で振る。『剛健』のバフが乗っている為威力にも問題ない。加えて確率で昏倒させる。
『剛健』はマイティロードとマルチリジェネートの複合スキル、私が第4回目の転生時に実験的に取らされた能力だ。マイティロードは2周目で厳ついおじさんが使っているのを見たことがある。攻撃力と防御力を同時に上げられるスキルと推測できた。マルチリジェネートは他の人が使うのを見たことが無かったが遠い国の宗教団体の司教が持っていると風の噂で聞いた。私としてはデメリットもあるのだが、事戦闘だけを取れば最強格のスキルだ。
あと4体。
仲間が2体倒された事によって警戒されたのか、ちっとも襲ってこない。こういう時はアレだ。次弾装填。すり足で下がりながら足元に石ころが落ちていないか探す。目線は上げたままだ。
同じような修羅場は何度もくぐり抜けてきたが、自分のスキルのデメリットで攻撃を受けられないのはかなり痛い。
もっと限定的にすればよかったかな?でも、そうすると魔力ガッツリ持ってかれるから……。
スキル『確率操作』は1人の時に検証したところ、操作する確率では魔力消費が変わらなかったのに対し、効果範囲を狭めれば狭めるほど消費が大きくなることがわかった。
限定的にすれば狩りの後はほとんど動けなかっただろう。むしろ今日はこれでいい。
魔物の核、魔石が私の狙い。
私はあの女神にはもう会いたくないから、この人生で不老スキルを手に入れる。何というか、あの女神は不気味だ。5回目の転生をした時、あの女神が言った言葉は今でも……。ああ、もう集中力が途切れてきてる。今は目の前の敵だ。
事態が動いたのは下がりながら4つ目の石ころを拾った時だった。体勢が低くなった瞬間を狙っていたのか、右から3匹同時に飛び出して来た。真横からの強襲。それは回避不能なタイミングだ。私が普通の人間なら。
手斧を置くと、その場で重心を前に移動し前転、前転後の起き上がりで再び地面に片手を付くと逆立ち状態で斜め前方に跳ね上がる。空中で方向転換をして、着地時に石を投げる。
まっすぐに追ってきた個体の眉間辺りに石が直撃するも、多少ふらつく程度だった。だが、その個体は他の黒狼の目の前を走っていたため玉突き事故を起こす。昏倒は絶対ではなく確率だ。
動きの止まった3体に残りの石を全て投げつける。
残り1体。
だが、既に周りに気配は無い。どうやら賢い個体がいたようだ。
私は警戒を続けながら腰のベルトから解体用ナイフを取り出すと近い位置にある死骸から魔石を抉り出す。
(『エーテル変換』『マナ吸収』)
基本的には意識するだけでスキルは発動出来る。
『剛健』などの常時発動スキルもあるが、中にはデメリットを含むものもある。そういったものは呪いと呼んでも良いだろう。
エーテル変換とマナ吸収、どちらも別々の分野のスキルで、ある程度習熟する必要がある。私が使えるのは錬金術と魔導、前世でそれぞれ学んだ分野だから。
エーテル変換で魔石をエーテルとマナの状態に分解し、エーテルは空気中へ。マナ吸収で体内に吸収。これをすることで寿命が延びるという。これを続けることでスキル『不老』を手に入れられる。
女神の反応の仕方から寿命が少し延びる程度、という計算だったのではないか?
寿命を延ばす方法を私に教えたのは女神だけど、それなら手っ取り早く『不老』を取得させた方が手間は無かった。なのに、女神はそうしなかった。何か理由があるのだろう。
『エーテル変換』と『マナ吸収』は女神から与えられたスキルではなく、技能の習熟で覚えたもの。それを『円環記憶』で今活かしている。
つまり女神は私が40年くらい技能の習熟に費やして、これらのスキルを覚えてから寿命を増やし始めるから、だいたい150年くらいイケるんじゃないかな?とか思ってたのかも。
女神への不信感が高まるなか、私は最後の黒狼から魔石を取り出す。
女神が怪しいのは元からで、人を甚振って遊びそうな言動だし、今気にしても仕方ない。この8回の転生でヤツの目的はいくつかに絞れてきている。とは言え今優先するのは『不老』になることだ。
ヤツにとって唯一の誤算があるとすれば、この一生で私は『不老』を手に入れられるという事実。
1回目の転生で与えられたスキル『円環記憶』は、転生した後も記憶が残る、というものではない。
女神は効果も確認してスキルを与えていると思っていたが、名前から連想している節がある。自分で使ったことのない能力は把握していないというのが、私の仮説。
さて、と、森を出ようとした所で視界にヘイゲルさんが映る。大体50mくらい先、帝都へ向かう道と枝分かれした所に居る。その後ろには馬車が止まっている。知り合いかな?
◇ ◇ ◇
「ヘイゲルおじちゃん、後ろの荷馬車は?」
駆け寄って話しかけるとヘイゲルさんは頭をかきながら「腐れ縁だ」という。
何だろう?そんなに嬉しくなさそう。
荷馬車の後ろの布をたくし上げると見慣れた人が乗っていた。
「ルイズお姉さん!オヤカタさん!」
しまった。思わず大声を出して読んでしまったが、当時はまだ1歳だ。覚えてるはずもないし、赤ん坊の時の事を相手が覚えている訳もないでしょう。
「お?嬢ちゃんがヘイゲルの連れか?」
「あら、お姉さん……なんて」
「つか、会った事あったか?」
「ヘイゲルと一緒に私達と会った事あるのなんて5年前の赤ちゃんだけよ……」
顔を見合わせる2人に私の後ろからヘイゲルさんが、「あの子だよ」と補足を入れてくれる。
「でかくなったな!」
「本当、信じられない」
オヤカタさんが近付いて来て頭をわしっと掴む。
あ
昏倒する確率 0.02% + 49%
私はオヤカタさんの腕の中で泡を吹いていた。
≪追記≫10/20ルビの無い能力に最初のみルビを入れました。




