第4章「声なき声」
リョウはSNSに投稿した。
「【第2回】デバッグ検証配信やります。今夜19時から」
フォロワーは3人。プロフィール画像のない、おそらくボットアカウント。
いいねは0。
でも、リョウは投稿を消さなかった。
「誰か、見てくれるかな」
小さな期待を胸に、配信の準備を始めた。
夕方。リョウはダンジョン「水没都市」の入口に立っていた。ランクD、中級者向け。入場料は2,000円。少し痛い出費だが、昨日の売却益がある。
配信を開始する。
視聴者数、3人。
リョウの心臓が跳ねた。
「あ、誰かいる! こんにちは!」
声が上ずる。コメント欄を見る。何も流れない。
沈黙。
でも、確かに3人いる。見ていてくれている。
「えっと、今日は水没都市に来ました。このダンジョン、実はバグが多いんです。それを検証していきます」
リョウは話し続けた。反応はないが、それでも嬉しかった。
ダンジョンに入る。水没した街並み。建物の残骸が水中に沈み、青白い光が辺りを照らす。
【デバッグ】を発動する。
視界に浮かぶエラーコード群。赤い文字列が、いくつも空間に漂っている。
「見えますか? これが、エラーコードです」
視聴者には見えないだろう。でもリョウは画面に向かって説明した。
最初のエラーコード。
「#ERR_PASSAGE_HIDDEN」
隠し通路に関するエラー。リョウは修正を実行した。
目の前の壁が、音もなく消える。その先に、暗い通路。
リョウは息を呑んだ。
「やった! これ、攻略サイトにもない隠しルートです!」
興奮が抑えられない。通路を進む。足音が水音と混ざる。
通路の先、開けた空間。そこに、巨大な影。
レアボス「水底の守護者」。
全長5メートルを超える、人型の水の塊。リョウは後ずさった。ランクDのダンジョンに、こんな強敵がいるはずがない。隠しボスだ。
【デバッグ】でボスを見る。
エラーコードが見えた。
「#WEAK_POINT:CORE」
弱点はコア。胸部に埋め込まれた青い球体。
リョウは装備していた剣を構えた。ギルド時代に支給された、安物の剣。
ボスが動く。巨大な腕が振り下ろされる。リョウは横に跳んだ。水飛沫が上がる。
反撃。コアを狙って剣を突き出す。
刃が青い球体に食い込んだ。
ボスが硬直する。そのまま、崩れ落ちた。水になって、床に広がる。
瞬殺だった。
リョウは呆然と立ち尽くした。
ドロップアイテムが表示される。
「深海の涙」伝説級アイテム。
視聴者カウントを見る。
8人。
増えている。
リョウは笑みを浮かべた。
配信のタイトルを変更する。
「【ガチ検証】バグ利用は悪か正義か」
もう隠さない。全て見せる。
「皆さん、今見た通りです。これは、システムの修正です。悪用じゃない。エラーを正常化しているだけなんです」
リョウは画面に向かって話した。視聴者数が増えていく。
8人、20人、50人、100人。
そして、初めてのコメントが流れた。
「これ規約違反では?」
リョウは即座に返答する。
「修正です。システムを正常化してます。バグを放置する方が問題だと思います」
次のコメント。
「面白い」
「初めて見た」
「これ新しい攻略法だ」
コメント欄が動き始めた。リョウの胸が熱くなる。
配信を続けた。水没都市の奥深くまで進み、隠しルートをいくつも発見した。エラーコードを修正し、レアアイテムを次々と獲得する。
視聴者は増え続けた。
300人、400人、500人。
配信終了時、視聴者数は500人に達していた。
コメント欄は議論で白熱していた。
「これ新しい攻略法だ」
「運営に通報すべき」
「天才じゃん」
「面白いけど、グレーゾーン」
賛否両論。でも、確かに反応がある。
通知音。
スーパーチャット、1,000円。
メッセージが添えられている。
「もっと見せて。応援してる」
リョウの目が潤んだ。
「ありがとうございます……」
声が震える。
配信を終了する。
統計画面を確認した。
総視聴時間、3時間。平均視聴者数、200人。最大同時視聴者数、500人。
リョウは画面を見つめたまま動けなかった。
配信後、リョウはコメントを全て読んだ。批判的なものも、賞賛も、全部。
「俺……認められてる」
一つ一つのコメントが、胸に染みた。
SNSを確認する。フォロワーが120人に増えていた。
次回配信の予告に、リプライがついている。
「楽しみにしてます」
「次も見ます」
リョウは笑った。涙が流れた。
初めての繋がり。
それは小さな、でも確かな光だった。




