第13話 Rhythm of the Rain
※注意:一部少しリアルなトラウマ表現があります。
精神に病をお持ちの方は、この先をお読みにならずに申し訳ないのですがブラウザバックをお願いします。
「おお、だいぶ進んだなあ。これなら再来週くらいからは住めそうかな?」
三日目の夕方、迎えに来てくれた普恩寺さんは、綺麗に草をむしり終え濡れ縁が顔をのぞかせた庭部分を見てそう言ってくれた。
まだまだ先は長いが、確実に一歩一歩進んでいるから諦めずにやる事だと帰りの車の中でアドバイスしてくれた。
「あの家にこれからも住むつもりなら、何かしら生計を立てていかないといけないぞ? 何かあてはあるのかい?」
僕が黙ってしまった事で普恩寺さんも何かを察したのだろう。
横目でちらりと見て、家が何とかなってからじっくりと考えれば良いと言ってくれた。
この辺りは田んぼもあるし畑も多い。
だから季節になればあちこちからおすそ分けが来るだろう。
あの家でも何かしら栽培しておすそ分けすれば、食べるのには困らないかもしれない。
それ以外に必要なものがあれば、スーパーに行けばいい。
何なら車だって貸してあげてもいい。
「村に住むというのは持ちつ持たれつだからね。君が他の人の事を面倒がらずに助けられたら、きっと君も色々な場面で助けてもらえるよ」
村に住むのではなく村に溶け込むように過ごす。
普恩寺さんの言葉で、ここに来る時電車の中で老婆から受けた助言を思い出した。
村の一員になるという事は、つまりは村人との繋がりを太く持つという事なのだろう。
思い起こせば、祖父の家に遊びに行った時、近所の人たちが物を持って来てくれた事があった。
今にして思えば、あれが祖父たちの日常だったのだろう。
そして祖父も何か作ったものが余れば近所に配っていたのだろう。
「さしあたって来週には麦踏みがあるから。そこに参加させてもらったら良いよ。話を聞いたら楽しそうだから来たって言っておけば喜んでくれるからね」
そこから二日、雨で草むしりはできなかった。
そんな日は、あの蜘蛛の巣だらけの家の中に早く手を付けたいところではある。
だが、普恩寺さんは周囲の草を取り除いて煙を焚かないと、一日二日ですぐに虫が戻ってきてしまうから効率が悪いと助言してくれた。
根を詰めすぎるとどうしても作業が雑になってしまう。
だから適度に休みを入れるのが作業を長く続けるコツなのだそうだ。
そこで普恩寺さんと一緒にいくつかのお店を回って買い出しを行う事になった。
近隣の家々は住んでいるのは全員老夫婦で買い物というものが一大作業となってしまっている。
それを比較的若い普恩寺さんがまとめて買い出しに行ってあげているのだそうだ。
もちろんその分ガソリン代を上乗せして代金は請求する。
爺さん婆さんたちは、それを『お駄賃』と呼んでいる。
軽トラックの荷台に巨大なクーラーボックスを二つ積み、なるべく商品が雨に濡れないように厚手のビニールシートをかける。
準備が整ったら周辺の家々を回って御用聞き。
「ほお。見慣れん坊主を連れてると思ったら、名越の爺さんのお孫さんか」
普恩寺さんが僕を紹介すると、どの家の人もそう言って驚いた。
それほど祖父はこの街に『溶け込んだ』住人だったのだろう。
どうやら普恩寺さんは買い出しの曜日を決めているらしく、どの家も伺うと注文の品を書いた紙を手渡した。
どの注文書にも『美味しそうな茶菓子』と書いてある。
普恩寺さんにそれを指摘すると、普恩寺さんは笑い出した。
「それもお駄賃なんだよ。ようはお前が食べたいお菓子を買ってこいって事なんだよ。まったく、あの婆さまたちは、こんな爺さんになっても未だに俺を鼻たれ小僧扱いなんだから困っちゃうよな」
普恩寺さんは注文書をクリップで挟み、ペンを取り出して色分けしていく。
まずは近い順に薬局から。
次いで農業専用店、ホームセンター、家電量販店と回り、最後に大型スーパーに寄った。
帰る頃には軽トラックの荷台は物がぎっしりと物が積まれていた。
それを今度は各家に配って行く。
田舎の人は話し好き。
今日一日でどれだけの世間話を聞いたかわからない。
名越の爺さんはとうもろこし作りが上手だった。
名越の婆さんは梅干しを漬けるのが上手だった。
あの家の柿は本当に美味しくて、毎年この時期の楽しみの一つだった。
そんな感じの話を延々と聞かされた。
そして母の悪口も散々に聞かされた。
名越の爺さんも婆さんも結婚には反対だった。
そのせいであの女性は来ると悪態ばかりついていた。
子供の前でもお構いなしで名越の婆さんを口汚く罵って。
”そんなにあんなクソ田舎に行きたいならあんた一人で行ってくれば良いじゃない。そのまま帰ってこなければ私も清々するわ”
息子さんの前で母親の悪口はやめてやってくれと普恩寺さんがたしなめると、爺さん婆さんたちは僕の顔を見てバツの悪そうな顔をする。
その後であの家をこの子が今綺麗にしているんだと言うと、どの人もそうかそうかと言って優しい目を僕に向けた。
みんな口さがなくてすまないと普恩寺さんは車に戻ると謝罪した。
どういうわけだろう?
母の悪口を言われている時、なんだが心が軽くなるのを感じた。
そして今謝罪をされても何も感じない。
もしかして僕は母を嫌っていたのだろうか?
どんなに性格や口が悪くても、声が聞こえるだけで鼓動が激しくなるほど怖い存在だとしても、それは子供の頃の僕が悪い子だったからであり、母親は普通の人だと思っていた。
むしろそんな母に事ある毎に怒鳴り散らされていた父が悪い人なんだと思っていた。
僕が黙ってしまったせいで、軽トラックの中にはカーラジオの音が虚しく響いている。
『リズム・オブ・ザ・レイン』
ザ・カスケーズの楽曲だと紹介されている。
突然の雷鳴。
最初それはカーラジオから聞こえる曲のワンフレーズだと思っていた。
ところがすぐに瞳を強い光が襲う。
雨はどしゃぶりに変わった。
「ああ、こりゃあ雨で前が見えなくなるかもしれんな。さっさと配り終えてうちに帰ろう」
ワイパーの早さを一つ早いものに変更して普恩寺さんは言った。
こういうどしゃぶりの雨が降ると土砂崩れが起こる事がある。
誰も住んでいない場所であれば問題無いが、倒木によって家が流される事もある。
道が崩れて集落が孤立する事もある。
「お上は高速道路ばっかり作って、生活道路の補修なんて後回しだからな。田舎暮らしなんて楽な事なんて一つもねえぞ?」
普恩寺さんは、そう言うと陽気に笑い出した。
でも卵かけご飯が美味しいと指摘すると、普恩寺さんはそれは間違いないと言ってさらに笑った。
全てが懐かしい。
口にはしなかったが今はそれを強く感じている。
帰るべき場所に帰って来たのではないかとすら感じる。
草むしりは楽しい。
以前、高圧洗浄機で掃除するだけというゲームをプレーした事がある。
ただ掃除するだけなのに、汚れが落ちるという快感が味わえるゲームだった。
あれと同じ快感がある。
どんどん雑草が無くなっていく快感。
どんどん家の周りが綺麗になっていく快感。
いつかここにこんな物を置いてみようだとか、ここでこんな事をしてみようという願望が次々に湧いて来る。
都会に住んでいた時にはそんな感情一切感じたことが無かった。
ただやらなければいけない事をやって一日が過ぎていくだけだった。
食事は死なないために取るものだった。
どうせ食べるならまずくない物を食べていたいというだけだった。
だけどここはどうだ。
やらなければならない事は無い。
あるのはやってみたい事とやってあげたい事。
お腹が空くからご飯を食べる。
そのご飯が今はとても美味しく感じる。
これが生きる楽しみというやつなのかと実感している。
軽トラックは普恩寺さんの家に到着した。
玄関を開けると普恩寺さんの奥さんが大きなタオルを二枚持って立っていた。
「凄い雨だったでしょう。風邪ひくといけないからちゃんと拭きなさい」
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