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最終話

 ルトはこうなることを完全に予測していたようで、仕事の引き継ぎはすでにしっかりされていた。


 お城のみんなは私に言わないよう口止めされていたみたい。


 ……最近忙しくて会えてなかったのは、お別れの準備をしていたからだったんだね。


 やっぱり女王になんてなるんじゃなかった。

 シスイにも滅多に会えなくなって、ルトもいなくなってしまった。


 国が豊かになって、大勢の人が笑っていても、私はちっとも幸せじゃない。


 私の大切な人が、そばにいてくれないなら。


 私は次の日になっても部屋から出ることはできなかった。


 もう全部がどうでもいい。

 やっぱり私には女王なんて無理だ。

 今さら女王を辞めても、ルトは帰ってこないけれど。


 こんなにダメな私が女王でいるより、きっと他にうまくできる人がいるはずだ。


 ベッドに籠って二日目、女王を辞めることを伝えようと立ち上がると、ノックの音があった。

 入室を許可すると、侍女が焦ったように部屋に入ってきた。


「へ、陛下、あの、もしかして、シスイという方をご存知ですか?」


 私は目を見開いた。


「シスイが、どうしたの?」

「やはり、ご存知なのですね。あの、人間とは思えないほど美しいシスイと名乗る男性が、陛下にお目通り願いたいと。シスイが来たと言えば、伝わるからと」


 私は寝間着姿なのも構わずダッと走り出したのだけれど、侍女に悲鳴を上げて止められた。


「お待ちくださいませ! シスイ様は、陛下のおっしゃっていた想い人なのでしょう!? そんな寝起きの格好でお会いになるおつもりですか!?」


 うぐ、と私は立ち止まった。


 すぐに会いたい。

 でも、確かに昨日ずっと部屋に籠っていたのでお風呂にも入っていないし、今の私はとても人に会える格好ではない。


 私は大人しく侍女の言うことに従った。



「シスイ!!」

「アイリス」


 身支度を整えてもらい案内された部屋へ行くと、そこには会いたくて会いたくて堪らなかったシスイがいた。


 そっと侍女が部屋を出て行くのが見えた。


 サラサラの長い銀髪、優しい銀の目をした、世界で一番大好きなシスイ。


 どうしてここにいるの?

 あそこから出られないんじゃなかったの?

 ……その姿、どうしたの?


 シスイは、いつものようにどこかぼやけた輪郭もしてなくて、服もきちんと着ていて、人外の美しさであること以外はまるで普通の人間のように見える。


「シスイ、どうして……」


 声が震える。

 人間になったの?

 人間になれたの?


「……ルトに行けって言われてね。ちょっと無理して、来ちゃったんだ」


 ルトが……?


 自分がそばにいられないから、代わりにシスイに行けって言ったの?

 ……あの子は一体、どこまで私のことを想ってくれてるんだろうか。


 私はそっとシスイに手を伸ばした。

 その手は、ちゃんと触れることができた。


「シスイ……私と、ずっと一緒にいてくれるの?」

「僕、アイリスのことが好きだよ。ずっと一緒にいたい」


 ぶわりと涙が出てきて止まらない。


「ねえ、僕と、ええと……結婚、だっけ。それを、してくれる?」


 シスイらしい拙いプロポーズに、私は迷いなく頷いて、がばっと力いっぱい抱きしめた。


「する。結婚して、シスイとずっと一緒にいる!」


 せっかくのメイクは涙でぐしゃぐしゃで、全然可愛く返事できなかったけれど、シスイは嬉しそうに私を抱きしめて、そのまま頭にキスをしてくれた。



◇◇◇◇


 シスイが精霊王だということが知られると、自分にも加護を与えろだの問題を解決してくれだのと安易に頼られたりして面倒なことになるかもしれない、ということで、それは隠すことにした。


 そうなると、シスイがどこの誰とも知れない人ということで、王配とすることを周囲に反対されるかなと思ったけれど、意外とあっさり許してもらえた。


 曰く、「私が女王を辞めたり、結婚しないで養子をとるよりはずっといい」だそうで。


 あと、見目が美しく私以上の魔術師ということで国民にも好意的に受け入れられそうだから、だそうだ。



 ──そして一年後。


 私は明日、シスイと結婚式を挙げる。


 バルコニーに出て、暗くなり始めた空を見上げた。


 シスイがそばにいてくれるから、私は大変な女王業もなんとかこなせている。


 幸せだな、と思いながらも、ふとした時にルトのことが頭に浮かぶ。

 大切な弟だった、私がたくさん傷つけてしまった人。


 今頃どうしているだろうか。


「どうしたの? アイリス」


 シスイが後ろから声をかけてきて、私は振り返った。


「うん、ルトは、今頃どうしてるかなって」


 そう言うと、シスイは少し悲しげに笑った。


 ルトの話をすると、なぜかシスイはこんな顔をする。

 もしかして、ルトがどこへ行ったのか知っているのかな、とも思うけれど、シスイが言わないなら、きっと聞いちゃいけないことなんだと思う。


 ルトに口止めされているのかもしれない。

 ……ルトは、もう私に会いたくないんだもんね。


「ルトは、どこにいても絶対にアイリスのことを想ってるよ。だからアイリス、そばにいるのは、僕で我慢して?」


 そう言って優しく後ろから抱きしめてくれるシスイが、愛しくて仕方ない。


「……シスイがそばにいてくれるなら、他の何がなくても平気。ありがとう、シスイ。大好きだよ」


 私もぎゅっとシスイの腕を抱きしめ返した。


「……ねえ、アイリス。輪廻転生っていうのがあるって、いつか言ったことを覚えてる?」

「輪廻転生?」


 そういえば、珍しくルトと三人で泉にいた時にそんな話をした覚えがある。

 その時、ルトがやけに熱心に話を聞いていたんだよね。


「うん、人が死んだら、また別の誰かになって生まれ変わるって話でしょう?」

「そう。アイリスは、生まれ変わったらまた女王になりたい?」

「え、絶対に嫌。次は貴族とか全く関わらない平民に生まれ変わって、自由に生きたいわ」


 げんなりしながらそう言うと、シスイはおかしそうにふふふと笑った。


「そうか、でもアイリスも元々は平民だったんだから、平民に生まれ変わってもまた貴族に関わることになっちゃうかもしれないよ?」

「嫌なこと言わないでよ、シスイ!」


 とん、と軽くシスイの腕を叩く。


「生まれ変わったら、その時アイリスは誰を好きになるんだろうね?」

「え? 変なこと聞くのね、シスイ。そんなのわかりっこないじゃない」

「あれ、僕だって言ってくれないの?」


 拗ねたような台詞を言うくせに、シスイは穏やかな顔をしている。


「そりゃあ、それは私じゃないんだもの。またシスイに恋をするかもしれないし、もしかしたら……」


 その時また出会えたら、ルトのことを好きになったりするのかしら。


「……ううん、でも、シスイだって、私が生まれ変わってもまた私を好きになってくれるかはわからないでしょう?」


 シスイは一時的に人間になっているだけだって言ってた。

 体はちゃんと成長もするけれど、人間としての生を終えたら、また精霊王としてあの泉に戻るらしい。


 だから、私が生まれ変わった時にもまた出会える可能性はある。


「ううん、たぶん、僕が好きになるのはアイリスだけだよ。僕のアイリス、僕を好きになってくれてありがとう」


 頬に柔らかい感触が落ちる。

 私は嬉しくてまた涙が出てきた。


「もう、アイリスは本当に泣き虫だね」

「し、シスイが、そんなこと言うから……」


 ぽろぽろとこぼれてくる涙を、シスイが唇で掬ってくれる。


「結婚式は明日だけど、ちょっと予行演習しようか?」


 笑顔でそんなことを言ってくるシスイがおかしくて涙は止まり、ふふっと笑った。


「うん」


 そう言って目を閉じて、唇を重ね合わせた。



 読んでくださり、ありがとうございました。

 皆様おわかりかとは思いますが、ルトは本編のフィルハイドの前世です。

 本編「精霊と会話できる私は、どうやら初代女王の生まれ変わりのようです」も最後までご覧くださると嬉しいです(^^)

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