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五神唄  作者: 成倉爻哀
第一章
9/29

五神の源(7)

国帰る前に未ノ国に寄ると言う春宗の後姿を、門の所で見送る火遁。

今起きている事がいまいち良く掴みきれていなかった。

水杵からは、この事件については自分だけの原因ではなく、かなり前から陰国が考えていた事だといわれていた。

無論、火遁もそれを理解しているつもりだ。

しかし、何故それが今でなくてはいけないのか。

何故、自分達の代が狙われたのか火遁はその理由が知りたいと思った。

それが自分の弱さに関しているのであれば、火遁は全力をかけて陰国に自分の強さを見せてやりたいと思ったからだ。

神としての存在の意義を、火遁はより深い所で考えるようになっていた。



火凰邸に戻ると、炎遁が大量の書物を運び出しているのが見えた。

「何してんだ、親父」

「土輝邸に運ぶ陰国と陽国の資料を出してる。流石に長い事読んでいない本ばかりだからな。探すのも一苦労だ」

火遁は小さく笑みを浮かべて横に詰まれた本を見る。

「どうした?」

「俺に聞けばどの本がどこにあるかわかるのに。俺こないだここの本読み終わったばっかりだぜ?」

「…ここの本を全部か?」

「ついでにこないだ、師匠の本も読んだ。どの棚に何が置いてあるか書いとくから、誰か人を雇って運んでもらえば良い」

炎遁は少し驚いたように火遁を見る。

この数日間、火遁の事を殆ど気にかける暇がなかったとはいえ、火遁は驚くほどの成長をしている。

子供は親の見ていないところで成長するとはいうが、その変わり様には驚いた。

火遁は書庫の図面図をちらりと見て、小さな巻物にざっと書き出すと、取るべき本の所在位置と題名、炎遁が運び日出した本を見て、赤線を引いていく。

時間にすればほんの一瞬の様に思えた。

それを炎遁に差し出すと、もう一本巻物を取り出し、今度は別の本の題名を書いていく。

「それは?」

「師匠のとこのやつ。態々あっちで書くの面倒だし」

そんな火遁の言葉に炎遁は眉をしかめる。

この書庫ですら、元からある図面をみなければ、どの棚にどの本があるのかわからない。

なのに、火遁は資料の何も無い水龍邸の書庫の中の本の位置をスラスラと書き出していく。

しばらくして火遁は筆を置き、巻物を手早く丸め、顔を上げる。

「確か、土輝邸に天照御殿の役員が来てたよな?そこから何人か呼べばすぐに片付くと思う。俺、師匠のとこの手伝い行くついでに声かけてくるよ」

「あ、ああ。頼む」

火遁は席を立つと、、駆け足で火凰邸を後にした。

炎遁は火遁から渡された巻物を見て、小さく笑いを漏らした。

やはり、自分「達」の子供なのだと思ったからだ。

明雀も何十もある自分の料理の作り方をこんな風に巻物に書いて、部屋にしまっていた。

いづれ、火遁がこの屋敷に1人で住む時、役に立てばと笑っていた。

自分が手伝うといった時、明雀は作る料理の事を書いた巻物のある位置を、何も見ずに教えてくれる。

上から何番目、右から何個目。まるで目の前にある物を言う様に正確に。

「今夜は、明雀の料理を作ってみるか…」

かけていく火遁の後姿に、明雀の影が重なって見えた。



土輝邸につくと、庭で話をしている土紬と役員の姿が見えた。

天照御殿の役員は陽国における緊急事態などに借り出される人間である。

武術・文学・医術等、複数の分野における「エキスパート」を集めた集団だが、普段は一般の国民として生活している。

それぞれ特殊な能力を持つ者もいて、十二国土闘王の師匠とされた人物も何人かいたが、特に神と位置づけられているわけでもなく極普通の一般人とされていた。

土紬と話しているのは、本国で唯一ある医療所の医者である閑叉かんさだ。

特殊な医術を用いて、本国の病人や怪我人を治す事が出来る。

智功が医術の大部分の知識を習ったのも、この閑叉からである。人の意見など素直に聞き入れない智功が真面目に取り組んだのも、その能力の凄さを認めているからである。


五神にとっては、訓練の後に度々顔を合わせる機会が多く、役員というよりは顔なじみの町医者といった感覚が強かった。

「閑叉先生!」

「…火遁?」

閑叉が振り返り、かけてきた火遁を見て、笑みを浮かべる。

「久しぶりだな。この所、診療所に来ないから死んだかと思ったが」

土紬がそんな閑叉の言葉に笑いを漏らした。

「閑叉先生、火遁は時期火神ですよ。死んだとなれば、今頃陽国はとんでもない事になっています」

「ひでぇな、先生。俺が強くなったから、師匠の稽古でも怪我しなくなったんだよ」

「そうだったな。歳をとるのはロクなものじゃない」

土紬が笑いを漏らしながら、火遁の方へ目線を戻す。

「どうしたんだ、火遁。火凰邸へ戻ったんじゃないのか?」

土紬の言葉に、火遁は思い出した様に手を叩く。

「そうだ。火凰邸に本を運ぶ人員を頼みに来たんだった」

「もう整理が終わったのか?」

火遁の言葉が少し意外だった。

金樺や木櫟は別として、火凰邸や水龍邸の本の移動には少なくても二、三日かかると思っていたからだ。

「うちの書庫にある本は俺が全部記憶してる。ある場所を書いてきたから、それ通りに運び出してもらえればいいんです。これから師匠のとこにも行くから、水龍邸にも同じ様に何人か呼んで貰えますか?」

「成程、考えたね。なら、いまココにいる役員補佐を回そう」

「お願いします。じゃ、俺師匠のとこに手伝いに行ってきます」

走り出そうとした火遁が急に足を止めて振り返る。

「こことか、他のも書きますか?」

「え?いや、ここは本棚を纏めてるから大丈夫だよ。金樺の所はそんなに本が無いとおもうし、木櫟も自分でわかるだろう」

「そっか。じゃ、行ってきます」

火遁がかけていくと、閑叉は笑いを漏らした。

「炎遁の息子にしては随分と器量が良いものだ。少しそそっかしいのは炎遁と同じだがな」

「少し前まで、問題児だと言われていたことが信じられませんよね」

閑叉と土紬は顔を見合わせて笑いを漏らした。

「そうだな。さて、今後医療所も更に活発化しそうだ。器具の準備を整えておかねばな」

「あまり無理をなさらぬ様に。必要なら十二国土の医者にも声をかけますから」

「ああ。私も、昔ほど元気でも無いからな。毎日節々が痛くてたまらん。人を治す術を持ってしても、歳には勝てんよ」

「これから忙しくなりそうです。閑叉先生には、元気でいてもらわねば困ります」

「年寄りの扱いが荒いのは先代と一緒だな…」

閑叉は笑いを漏らして、軽く背伸びをする。

「さて、心枢しんすにも連絡を取らねばならんか」



水龍邸の書庫の中、机の上に置いた本を1つ1つ調べている水杵。

「師匠」

「火遁。火凰邸の整理はどうした?」

「もう終わったよ。正確には、今やってもらってる。だけど」

「え?」

火遁は懐から巻物を出して、水杵に差し出す。

「ここの書庫にどこに何の本があるのかまとめといた。もう少しで天照御殿の役員補佐が来るから、その人達に運んでもらえば良いよ」

「ここの書庫にある本をどうやって調べたんだ?」

「こないだ。ほら、智功や義胡に、木櫟の問題作ってもらうっていった時」

水杵は少し記憶を辿った。

確かに、あの時、火遁はこの書庫に残っていた。

木櫟に問題を解かせている間、火遁の姿は見なかったが、夕飯の時間には火遁は自分の隣に座っていたはずだ。

「あんな短時間でこの本全部を読んだと?」

「正確には全部とは言えない。俺が読むのは「歴史」の本だけだから」

「というと?」

「全体を適当にめくってみれば、それが何の本なのか大体わかるんだ。でも、その他の本を読むのに、そんな時間はかからない。他に持ってく必要があれば、あとから持っていけば良いだろ?」

「…まいったな、お前には」

「なんで?」

水杵は笑いを漏らしながら、火遁の頭を叩く。

「器量が良いよ、火遁は。やる事をどんどん奪われてしまいそうだ」

「そうかな?俺は師匠の方が凄いと思うほうが多いよ」

「ありがとう」

今の時点では、火遁にとっては水杵の事が知っている事が多いと思うのは当然だろう。

しかし、火遁が火神になった後、火遁の頭脳は水杵の頭脳を越える。

良い様に言えば火遁の頭の中にはまだ知識を詰める隙間がある。

それをどう処理していくかによって、その器量は変わるものだが、おそらく火遁は、どの歴代火神よりも強くなる。そう感じた。

ほどなくして、数人の役人が戸を叩く音がした。

水杵は事情を簡単に説明して、巻物を渡すと、広間に戻って、椅子に腰を下ろした。

「閑叉先生がいたという事は、心枢殿にはもう連絡が行ったと言う所だろうな。杏珠殿には春宗様が行っているし、医療班はこれで良しと」

「これから、どうするんだ?」

水杵は火遁を見て、軽く鼻先をかく。

これからの作業は、智功・義胡・木櫟だけの仕事であって、後は、出された結果によってどう行動するのかを考えるだけだ。

「そうだな。特にする事はない。警戒を少し強化して、あとは今回の計画の三人から要求があれば動くだけで…。あ」

思い出した様に水杵が火遁を見る。

「ん?」

「何もする事が無いなんてとんでもない。これからお前が成人の儀までに覚えなければいけない事は山ほどあるんだ」

「え?だって術はもう殆ど覚えたし、礼儀作法は大抵頭に入れた。他に覚える事まだあるのか?」

「当たり前だ。これから先、戦闘があるのであれば尚更。それにお前、十二国土の事を殆ど知らないだろう」

火遁は手を軽く叩いて頷く。

「そうか。じゃあ俺、家戻って泊まる準備してくる」

「それと、皆の書庫から方位国に関する本を貰っておいで。多分、歴史には関係ない本が何冊があるはずだから。その方が解りやすいだろう」

「うん」

火遁は軽く頷くと、勢い良く駆け出す。

少し前まで、勉強嫌いだった火遁からは想像もつかない。

その顔が、目にわかるほど輝いていたのだから。



□□□□



南方、未ノ国の杏珠あんじゅの家に、春宗がついていた。

比較的顔を会わせる機会の多い二人だが、今回は幾分か久しぶりの再開となる。

「久しぶりね、春宗」

「ほんとね。ここの所、忙しかったから」

杏珠は薄く笑みを浮かべて湯気のたった茶碗を口元に運ぶ。

愛朱と同じく、天照の娘である杏珠は、南国の商人と婚姻して本国を離れた。

天照大神は、本国を離れる時、杏珠の神としての寿命を剥奪した上で普通の人間として送り出した為、杏珠は神ではなく、人間として生きていく事になった。

それでも、天照は杏珠に「治療」の力だけを残し、未ノ国の闘王とした。

自分が一番良く知る者が闘王にいる事が、少しの安堵なのだろう。

「久しぶりに会ったというのに、戦争の話なんて悲しいわね」

「仕方ないさ。闘王という存在は、初めからそれありきなんだもの」

「そうね…闘王でなければ、貴方ともこうして会う事は無かったのだから」

杏珠は少し悲しげな笑みを漏らした。

天照の子供として生まれた杏珠には、闘王という存在の意味も、戦争という意味も十分に理解していた。

本来ならば、姉の愛朱と共に本国で守護神として存在しなければならない運命を変える事を、天照が「闘王」になる事で受諾した理由もわかっている。

本国で守護神として存在するより、闘王としての存在は「楽」だった。

しかしその代わり、その命の存在の格付けが格段に低くなる。

戦争において、天照が已む無く「最初」に犠牲に選ぶのは十二国土闘王だからだ。

「そういえば、閑叉先生から便りが来ていたわ」

「閑叉先生から?ああ、もしかすると、本国の計画に呼ばれているのかもね。閑叉先生ももう六十を過ぎたし、本国の医療も考えなくてはいけないわね。

愛朱様と風啼様に子供が出来れば、何れ本国の医師になりそうなものだけど」

杏珠がようやく明るい笑みを漏らした。

「姉さんに子供が出来るのは多分、この件が落ち着いてからね。そして、男の子と女の子一人づつ」

「え?」

「お母様はそうするに決まっているわ。男の子は義兄さんの後を、女の子は姉さんの後を」

春宗はそんな杏珠の言葉に目を丸くしている。

「決まってるって、生まれる子供を操れるという事?」

「忘れたの、春宗。私はお母様に神の力を剥奪されているのよ。つまり、命の操作をされているって事」

「あ…」

杏珠は笑いを漏らしながら、あっけにとられている春宗を見る。

「姉さんの為にも、私たちが頑張らないとね。私達は、姉さんやお母様、そして、陽国の国民を守る為の王なのだから」

「…そうね」

杏珠の漏らした笑みはどこか寂しげだった。



□□□□



巳ノ国はいつもと変わらなかった。

賑やかな繁華街を歩いていると、「薬剤処方」と書かれた看板が目に留まる。

表口から入った店は賑わってはいるが、その奥に進むと中は静かだった。

六畳程の部屋の中、畳の上に手紙を広げて、その前に片膝を立てて座っているのは心枢しんすだ。

他人との外交は少ない方ではないが、あまりその内面を詳しく知る人間は少ない。

心枢は他の闘王と違うことがある。

火遁の事に難色を示す十二国土の中で、唯一火遁の事を理解し、火遁が神になると決めた時、十二国土の中で一番最初に「承諾書」を出したのだ。

心枢と同様、幼い時から火遁を知っている礼薫ですら、同意書を出す事をしばらく見送っていたのに、心枢は知らせが来たと同時に同意書を風啼に送ったのだ。

火遁が子供の頃に南を訪れた際はいつも顔を見にくるし、明雀の件があってからも、まめに本国に通っていた。

十二国土の中で、火遁が一番信頼を置き、兄の様に頼りにしている存在なのだ。

心枢が闘王に選ばれたのは二十三の時。風啼の推薦である。

薬剤師という職業柄、豊富な薬剤の知識を元に、戦闘と治療の両面からその能力を買われた。

もっとも心枢は治療はあまりしないりしないが※1、風啼と昔から仲が良く、連絡をまめにかわしていたのもあるだろう。

右手に持った薬玉を転がしながら、手紙の文字に目を落とす。

心枢の右目は、眼帯がついていた。

その理由は、風啼にしか言った事は無い。

闘王になる以前に薬剤調合の為の訓練で右目を失ない溶解していたのだ。

それも何故そうなったのかは、あきらかにはしなかった。

極力見えないように前髪を右だけ伸ばし、眼帯をつけた。

「火遁を狙うだけでは厭きたらんか…。陰国も腹が黒い」

心枢は手紙の上に指を滑らせ、口元に手を当てる。

「…まあ、下手に智功のような鼠に張られては部が悪いか」

「心枢先生、調合の相談がきてますよ」

店のほうから聞こえた声に、心枢が顔をあげた。

「今行きます」

心枢はゆっくり立ち上がると、壁にかけられた日めくりを見る。

「やれやれ、治療の方もだが、武器の方も考えないといけないな…」

「先生~!」

「はいはい。お待ち下さい」



□□□□



東から本国への道を、義胡と智功が並んで歩いていた。

「智功、陰国の組織、どこまで形成されてると思う?」

「…さあな。まあ、少なくとも略式台座ってとこか」

「略式?」

義胡が智功の言葉に首を捻る。

天照御殿を初め、風啼や役員は、陰国や陽国における政治の役割配分を「台形」に置き換え、隠語で「台座」という。

下から身分の低いもの、上に行くに従い、身分の高い者が配置される様は三角形に例えた方が妥当だろうが、あえて台形にするのには理由があった。

天照は上部の人間だけでなく、杏珠の様に陽国全体の指揮を考えるからだ。

指揮を他人間まかせにはせず、陽国における指揮を風啼と共に行うのも、その理由の1つ。

その為、天辺を1つにせず、平らにして、風啼や愛朱等の総神の真ん中に天照を配置する。

しかし、義胡には智功の言う「略式」という意味がわからなかった。

「陽国においては、総指揮を天照大神がとって、その横、直下に風啼様や愛朱様がいる。その下に五神の総神がいて、更にその下に五神がいて、十二国土っていう台座だ。

しかし、陰国の台座は三角形に近い。陰国の王がこんな計画を直接指揮してるとは考えにくいだろ。

こんなに頭のキレる王家であれば、今こんな大規模な計画を仕掛けるとは考えにくい。だとしたら、陰国の頂点にいる「王」は張りぼてで、その下に本来の台座があるってのが妥当じゃねえか?」

「確かに…。けど、王の指示無しでそこまで出来るか?いくら陰国が陽国と違うとは言っても、国の総指揮は王無しでは進まないだろう?」

智功が少し眉端をあげた。

この表情は、智功が相手の意見を「認めた」、「受入れた」時の合図だ。

「普通に考えりゃそうなるな。多分、風啼様なんかもそう思うだろう。俺の推測だけでいえば、二つ論がある」

「二つ?」

智功が二本立てた指の片方をもう片方の手で指す。

「一つはこの台座の本来の「頂点」が、王の親族である場合。例えば息子。その場合は親である王と同等、もしくは時期王だから結構自由が利く」

確かに、陰国は陽国と違い、歴代において王の変換の時期が早かった。

時期王と認められた子供は、その時点から王と同等の権限が得られるのだ。

「もう1つは?」

智功は指を一本折り、軽く先端を曲げる。

「もう一つは王族に関係ない人間という事だ」

智功の言葉に、義胡が足を止める。

考えもよらない言葉だった。

いや、考えてる事事態が無いような事という方が正しいだろう。

「王族に関係ないって…」

「簡単にいやぁ、王族の座を狙う人物って事だな。国以外に目をむけりゃどこにでもいるだろ、その手の奴が。陰国の国の形式はずっと変わらない。なら、この長い歴史の中で、そういう考えを持つ奴が出てきてもおかしくねえって事」

「だとしたら…。この問題は陽国だけのものじゃないという事か」

智功が振り返り、小さく笑みを浮かべた。

「ああ。もしかすれば、陰国と陽国の歴史がひっくり返っちまうって事態にもなりかねねぇな。陽国の結束に比べて、陰国は脆い部分がある」

「…やっかいな方向に行きそうだな」

「まぁ、あくまでも俺の推測だからな。断定的とはいえない」

義胡は少し間を置いて智功の横について歩く。

「土輝邸についたら、まず、ありうる可能性を全て弾き出す事にしようか。調べるべき所を絞った方が早い。

出来れば、火遁の成人の儀までに、凡その予測を付けたいからな」

智功がふと目線を上に投げた。

「どうした?」

「陰国の人物関係についてなら、心枢に聞けばいいんじゃないか?」

「心枢?」

智功の口から出てきた意外な名前に義胡は首を捻る。

智功は中央神である三人を除いて、北方の黒斗や夜壬ともあまり交流が無い。

ましてや、他国の闘王と仲が良いという話は聞いた事が無かった。

しかし、薬学において閑叉の弟子である智功が心枢との繋がりがあってもおかしくはないだろう。

「心枢が何故、陰国の人間関係について詳しいと?」

「あいつは毒薬関係で陰国の人間と裏で取引をしてる。陰国では薬剤は国を通してなきゃいけないからな。

「その手」の取引で、色々顔知ってる奴がいるんじゃねえのか?」

義胡が眉を潜める。

陰国との物流のやり取りは、国と天照を通して、許可が下りた場合のみ使用できた。

一商人においては、陰国や他の国と物資のやり取りに制限がかけると不都合が多い。

しかし、薬剤の場合はその制限が著しく厳しい。

国に認められた薬剤以外、例えば毒物などの原料になる物のやり取りは一切禁止だ。

もしそれが国にしれれば、確実に極刑となる。

「それを知りながらお前は黙っていたのか?それなら補助罪になるぞ」

「態々言う必要なんかねえだろ。俺が調べてた事に確実な証拠は無いし、俺が調べてたのはあいつが闘王になる前の事だ。心枢の武器は「毒千本」だし、あいつは毒物取り扱いの資格もある。毒薬の材料は分割して薬剤にも使えるものがあるからな。陰国以外の国との「薬剤」としての取引だと言い切ればそれまでだ。闘王である以上、国からの信頼は絶対だからな。

ちょっとやそこらの検査で元がバレる様な温い道は張ってない。俺が調べて確実な証拠に当れなかったんだからな」

「…それが事実だとして、陰国との取引が公になれば、それなりの処罰がある。闘王が罪を犯したとなれば、確実に死罪だ。心枢が口を割るとは思えんが」

「まあな。あいつの考えはよくわかんねえし…」

「でも、まあ、副線を張るのも一つの手だとは思うけど」

そんな義胡の言葉に、智功は眉を潜める。

義胡の言いぶりからすると、心枢の口を割らせる策を考えているようだったからだ。

「…心枢を騙すのか?」

義胡は首を横に振って智功を見る。

「一応、仲間内での揉め事はしたくない。外からお前が割れないのあれば、内から割るしかないからね。

一番自然な方法で、心枢に聞き出す方法を作ろうかとね」

義胡の言葉に、智功は首を捻る。

「何をする気だ?」

「ま、この件は俺に任せろ。本筋の方も調べる必要があるからな」



□□□□



土輝邸の広間に積み上げられた本の山に、義胡は声を詰まらせた。

作戦の本決定が決まったは先一昨日の事だ。

なのに、もう五神の館分の本が集まったのだという。

「おかえりなさい。智功、義胡」

「ああ。どうやってこんなに早く運んだ?」

「火遁の案でね。必要な本を役員に運んでもらったんだよ」

僅かに開いた机の上に茶碗を置いて、土紬は笑いを漏らす。

「予定ではもう二、三日かかるかと思ってたんだけど…」

「俺達も予定外だ…」

「これからまた書庫に運んでもらって、木櫟と金樺に必要な紙なんかを運んでもらってるんだ。今日は小休憩という事でいいかな?この前使っていた部屋をそのままにしてあるから、道場や厨房なんかは自由に使って良いよ」

「…ああ」

智功が席に腰を下ろすと、義胡が手を軽く叩く。

「そうだ、土紬様」

「ん?」

「火遁、どこにいますか?」

「火遁?確か、今日から水杵の所で勉強を再開させたはずだよ」

「じゃ、ちょっと俺出てきます」

智功が義胡を不思議そうに見る。

「ついでだから、整理に必要なものを調達してくるよ。何かあるか?智功」

「いや…」

「じゃあ、夕方までには戻ります」

「気をつけて」

義胡が見えなくなると、土紬は茶碗をゆっくり口元に運ぶ。

「今回の作戦はどう進みそう?」

「…そうですね。まあ、一筋縄じゃいかないだろうと思いますよ。陰国の状況が殆ど見えないから、色んな方面で策を練る必要があるし」

「…大変そうだね。僕にももう少し頭脳があればよかったのに」

そんな土紬の言葉に、智功は少し戸惑った。

自分の守護神である水杵は、現行の五神の頭という毅然とした精神がある。

しかし、中央神である土紬は、五神の土台であるはずなのに、どこか緩やかな感じがした。

もちろん、土紬が弱いと思うわけではない。

戦闘の場に出れば、土神である土紬の力は目に見えた強さがあった。

土紬の成人の儀の時、智功は土紬の姿を見ても、どうしても神という意識が掴みきれていなかった。

水杵や金樺とは違い、土紬には「土台」としての何か違う強さがあるのだろう。

針の様な尖った強さではない、何かが。

「あ、そうだ」

「はい?」

「これから夕飯なんかは僕が作るからね。愛朱様の様なおいしい物とは言えないかもしれないけど、何か好き嫌いがあれば言っておいて」

「…態々、土紬様が作るんですか?組織の人間を回しては?」

土紬は首を横に振って笑みを見せた。

「これからは根を詰めた作業になると思うし、あまり多くの人間を入れるのは良く無いだろう。それに、食事くらいはゆっくりしたいだろうと思ってさ」

「…まあ、確かに」

「僕ね、智功や義胡の事をもっと知りたいと思うんだ。政治的な十二国土闘王としてではなくて、人間としての智功と義胡をね」

智功はそんな土紬の言葉に笑みを漏らした。

「…俺は好き嫌いありませんよ。何でも食べます」

「そっか。木櫟は好き嫌いが多いからね。偏らないように注意しないと」

こんな妙な柔らかさが、土紬の色なのだ。

戦う為ではなく、包む為の土台。



□□□□



「水杵、いるか?」

玄関から聞こえた声に、水杵が顔をあげる。

玄関に立っていたのは義胡だ。

「…義胡、もうついたのか。どうした?」

「火遁ちょっと借りたいんだけど」

「火遁?なら裏に回れ。中庭で術の練習をしてる」

「いや、ここじゃなくて、他の場所で話がしたいんだけど」

少し濁すような義胡の言葉に、水杵は首を捻る。

「今回の件で?」

「まあ、そんな所かな」

水杵はそれ以上詮索するつもりはなかった。

事態が事態なだけに、機密という状況もあるだろう。

「わかった。呼んでくる」

しばらくして、玄関に火遁だけが戻ってきた。

「何ですか?」

「ちょっと顔貸してくれ」

「…はぁ?」

水龍邸から少し北に歩いた所に巨大な河川があった。

その河川の向こうは智功の守る子ノ国だ。

土手に腰を下ろした義胡の横に、火遁が腰を下ろす。

「今からの事、けして他の人間に漏らすな」

「え?あ、はい」

「お前にある仕事をしてもらいたい」

その場に広がった緊張感に、火遁はつばを飲んだ。

「巳ノ国の心枢を知っているね?」

「はい」

「心枢にある事を聞いて来てもらいたいんだ」

「心枢に?」

首を捻った火遁の肩を軽く叩いて、義胡はゆっくり口を開く。

「毒薬の入手方法の事をね」

「…毒薬?」

「心枢は、陰国と取引をしている可能性がある」

その言葉に、火遁は息を詰まらせた。

「…それって…」

「ああ。確実に「死罪の犯罪」だよ。ただし、我々は心枢を告発する為にそれを調べるわけじゃない。今回の件において、陰国内部に「裏切り者」がいる可能性を模索している」

「…裏切り者?」

「ああ。今の時点、心枢が陽国においての裏切り者という考え方はしていない。心枢が取引において、こちらの情報を漏らすとも考えにくい。そうならば、心枢はお前を目にかける必要はないからね」

「どういうことですか?」

義胡は火遁を見て、笑みを漏らした。

「心枢の陰国との関わりを調べたのは智功だ。しかしその確実な証拠を智功はつかめなかった。もし、心枢が陰国に情報を漏らしているもなら、お前の情報を漏らす方が手っ取り早いからな。

その為にお前を気にかけているのなら、態々その事を辺りにバラしている様なものだ。そん温い方法を心枢がとるとは思えない」

「…じゃあ…」

「取引を始めたのは、まだ闘王ではない頃からだから、九年前になる。この時点でお前はまだ九歳だし、兄弟が生まれる可能性もある。最初の条件として時期火神の情報が心枢に漏れている可能性は低い。

心枢がお前に目をかける理由は何にしろ、心枢が陽国の裏切り者である可能性は低い」

少し戸惑いを見せる火遁に、義胡は少し間を取った。

「強制ではないよ。万が一、心枢が風啼様と結束を固めた時点からが心枢の計算とすれば、全て計算付くの可能性が無いとは言えないからね。心枢が裏をかいて裏切り者だという事態になれば、最悪、心枢を殺さねばならない事態になる」

まだ火遁は火神ではないが、闘王に比べれば力の差は言うに及ばない。

智功と違い、南に関しては全ての闘王の戦術を見ていた火遁にとって、戦闘においての不利、心枢によって火遁の命が消される可能性は限りなく零に近かった。

火遁は義胡の言葉をゆっくり頭の中で纏めていた。

心枢の事は、南のどの闘王より解っているはずだ。

その心枢が万が一、陽国の裏切り者だとすれば。

「…俺」

「ん?」

「俺、やります」

義胡は火遁の返事を少し意外に思った。

火遁にとって、心枢は十二国土はもとより、本国を含めても一番信頼を置ける人物だったからだ。

最悪の事態になれば、火遁は以前の様になりかねない。

そのリスクを犯さずにこの件に関して、礼薫に協力を仰げば、心枢の口を割るには力ずくで行く事もできた。

しかし、あえて火遁に任せたのには心枢が火遁にどれだけ心を置いているのかを見たかった。

その結果次第では、手荒いことをしなくて済む最良の方法なのだ。

裏を返せば、その信頼度に心枢が口を割る確立がが比例する。

「ならばお前に任せよう、火遁。ただし、無理には聞き出さなくてもいい。無理だとわかれば、それ以上は突っ込まなくても良い。その後は、俺達がどうにかするから」

「俺、例え心枢が裏切り者だったら迷わず殺しますよ」

「…火遁」

「…俺は、火神を背負ってるから。自分の事より、皆を守らないといけないから。俺の背負う国に裏切り者がいるとすれば、俺が責任をもって叩かなくちゃいけない」

そんな言葉に、義胡は小さくため息をついた。

心配するには及ばなかった様だ。

火遁の目は、もう「火神」に限りなく近い所にいる。

「水杵には俺が使いに出したと言っておく。お前は下手な説明はしない方がいい」

「はい」



□□□□



「火遁を巳ノ国に?」

義胡の言葉に水杵は少し眉を潜めた。

「危険が高い事は承知しているよ。しかし、どうしても火遁じゃなければいけないんだ」

「師匠、お願いします!」

「まあ、火遁は大部分の術も使えるし、陽国内で使いに出すのには危険も少ないが」

口を濁す水杵に義胡は手を合わせて頭を下げる。

「その代わり、火遁の勉強の補佐、俺も手伝うからさ」

「…ほんとにもう。仕方ないな、許可しよう」

「すまない、水杵」

「じゃあ、明日の朝出ます」

「…そうだな。風啼様に頼んで、通達を出してもらえ。あちらも商人だからな」

「わかりました」

火遁が立ち上がり、その場を離れると、水杵は義胡を見てため息をつく。

水杵は半場諦めでいたのだ。

横で頭を下げた火遁の目はもう巳ノ国へ行く事に向けられている。

「今回の策、火遁に危険はないのだろうな?義胡」

水杵は、義胡が何を考えているのか凡そ目星が付いたのだろう。

「…まあ、零とは言えない。ただ…真実がまだ見えないから、二割位の危険はあるけど。

良い方向に転がる事を願うしかないだろうな…内輪もめは極力避けたい」

「…二割か」

「…まあ、良い方向に期待してくれよ」

「そちらで決めた事だ、そうするしか無いだろう」

「まあね。じゃあ、土輝邸に戻るよ」

ゆっくり立ち上がった義胡を玄関まで送り出し、水杵は空に浮かぶ月を眺める。

「…鍵は南。か」

緩やかな風が優しく頬を撫でた。

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