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津軽藩起始 油川編 (1581-1585)  作者: かんから
第十章 外ヶ浜平定 天正十三年(1585)夏
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千徳の奮戦 第三話

 東重康と千徳政氏、互いに弱り顔を見せつつ……相合(あいあ)わぬことを悟った。そして二人の座る砂利の広間を遠目で見守るのは浅瀬石(あさせいし)城の兵ら。誰もが二人の様子を窺うが……突如として重康は床几(しょうぎ)より立ち、千徳に対して怒鳴った。誰もが聞こえるかのように。


「お主らは南部家の御恩を数代にわたって被ったにもかかわらず、こうして敵方についた。もし城を明け渡して詫びるならば皆々方の命まではとるまい。」


 続けて千徳も似合わぬ大声をたてる。


「何を申される。己は千徳の枝葉として南部家と(よしみ)があったことは確かである。しかれども為信決起の元をただすと、南部家の治世が至らぬが所以(ゆえん)。……これも武士の情けじゃ。命を取らぬ故、ここを一刻も早う立ち去れ。」


「そういたそうか。正々堂々と一戦し、お主らを滅ぼしてくれよう。」



 ……こうして交渉は決裂。南部軍は再び浅瀬石城へと攻め寄せた。籠る側も必死に抗い、何千もの矢が絶え間なく放たれ、数こそ少ないものの火縄も互いを狙って撃ち合う。城門をつなぐ橋は敵味方で入りまじる。 “このままでは城に近寄れぬ、埒あかぬ” と攻め手側の将が叫び、城を囲む水堀に兵を泳がせた。無理やり石詰みを登らせようとけしかける。もちろん功に(はや)る兵らは身を軽くして、胴丸と腰刀のみの装いで泳いでいった。ただし彼らほど狙いやすい標的はなく、次々と堀の中に沈んでいく……。




 南部軍大将である東政勝(重康の父)は苦虫を潰しながら城を睨みつけていると……後を詰める兵らから急進が入る。


“敵方と思われる五十人ほどの小勢が雑音を囃し立て、こちらが蹴散らそうとするとすぐに退散。これを幾度となく繰り返してきております”




 政勝の頭に血がのぼる。しかれども彼は決して猪武者ではない。小勢の誘いごとに載って大軍を動かすようでは大将の器とは言えぬ。"打ち捨てておけ" と伝え、すぐ持ち場へ戻れと追い払う。


 相当苛立(いらだ)っている。そして彼は怒鳴りこそはせぬが、周りの兵らの些細な動きに文句を付けたくなってくる。”もっとはっきりモノを言え” だとか "鉄砲の弾を無駄にするな" など。見るモノすべて彼の標的……。



 そのようにまごついていると、それは丁度昼下がりに起こった。突如として法螺の音が鳴り響き、浅瀬石城の一番大きな南門が放たれる。姿を表したのは馬に跨る立派な大将とそれに続く兵ら。彼こそが徹底抗戦を主張した千徳政康(政氏息子)その人である。橋で争う者らを次々となぎ倒し、南部軍本陣めがけて走り行く。併せ三百ほどの決死隊であった。


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