虐殺 第五話
「では妙誓様、これにて戻りまする。またどこかでお会いしましょう。」
生玉角兵衛はそういうと身をひるがえし、庫裏より去って行った。妙誓は彼の姿が見えなったことを確かめるなり、唯一動かせる脚を畳に向かって蹴り付け、縄で繋がれたままの体と腕をこれでもかというくらいに荒らげた。このように鈍い音と揺れでその場を騒がしくはしたが、中年の女の身でできることは限られている。暴れれば縄が解けるほどの怪力は持ち合わせていないし、ただただ疲れはてるだけ。ものを食べていないのだから、力など続かなくて当然……。わざと食べないのは妙誓当人の意志なのだが、すでにやつれてしまって、見るも無残な顔つき。しかれども最後の力を振り絞り、縄で縛られたままの身で暴れるは暴れる。罵倒された悔しさのあまり……何もかも忘れ、一心不乱に。
寺の僧侶らは恐れおののいて少し遠くから眺めるのみ。誰も灯をつけないので遠目に見ると “暗闇” のまま黒い塊がうごめいているようにも見えなくもない。
しばらくして……叫びは途絶え、呻きも止まった。さては疲れはて、力尽きたか……。周りで様子を窺っていた僧侶らは安堵し、その内一人は恐る恐る近寄り、妙誓の肩に厚手の衣をかけてやった。
……北国の春の寒さは、身にこたえる。
油川での悲惨な日は、こうして幕を下ろした。
……いつしか朝となり、気を失ったように眠りについた妙誓に外から日が差し始めた。項垂れた彼女の横顔に光が当たり、まるでそれは如来が舞い降りたかのようである。
師匠の頼英は近寄り、静かに縄をほどき始めた。ふと妙誓が目覚めると、傍らには老いた顔の僧侶が。だがすでに恨みの心を向けるだけの気力はなく、ただただ漠然としてその見慣れた顔を見つめるのみ。
”すべてを見なされ。これが起きたことすべてだ”
頼英は己の肩を妙誓に貸し、少しずつ少しずつ前へ歩む。互いに揺ら付きながらも前へ進み、明行寺より出でて隣の浄満寺へ。崩れ去った門構えを何とかくぐり、未だ無造作に置かれたままの矢束に足を気を付けつつ……境内より遠目に仏殿を眺める。引き戸は穴が開き、障子は破られ尽くされ、奥に座すはずの仏像は横に倒れていた。息絶えた体こそすでに片づけてしまっているが、黒ずんだ土や石や壁の色は酷さを訴えかけてくる。
二人以外、この場にいない。
妙誓は……しゃがみこみ、顔に手を当てて嗚咽する。
頼英は……手を合わせ、ただただ南無阿弥陀仏を唱える。




