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津軽藩起始 油川編 (1581-1585)  作者: かんから
第八章 奥瀬善九郎、田名部へ去る 天正十三年(1585)三月二日未明
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油川入城 第五話

 文書(もんじょ)を差し出された妙誓(みょうせい)。表地の字から兄上が書いたのだということはわかるので、これ自体を疑うことはせぬ。しかし僧侶がご丁寧に紙を横に広げると……彼女は目をつむる。もちろん読むべきなのだが、いかにも見せつけられているような気がして、ならば見るわけには参らぬと思わず抗ってしまった。しかしそれでも……少しずつ瞼は開かれ、勇気を以ってこれと接する。




 読み進めていくと……今度は己の意志に反して、目の前の文字が見えなくなっていく。目をつむったわけではない。涙で目の前がぼやけはじめたのだ。そして最後まで読み切ることはせず、その場で顔を横に向けて、紙が水で濡れてしまわぬように避けて泣くのだ。


 その様を見ていた頼英(らいえい)も、彼女の心を察するに余りある。ただしこればかりはどうしようもなく、もう変えることができないのだ。きっと二度と兄と妹は顔を合わすことはない。そして妙誓は突如としてこのように叫んだのだ。



「今すぐこの縄を解け。私も追って田名部(たなぶ)へ行き、兄を連れ戻してくる。」


 ……切羽詰まったような表情。さっきの怒りの形相とは違い、必死に懇願する様はなんとも哀しい。ただし無情にも頼英は静かに首を横に振った。



「妙誓。最後まで読みなされ。」




 読んでしまうのは容易いが、いざ読んでしまえば、これに従いざるをえぬ。それだけは避けたい。途中まで読んだので最後に書いてあることはおおよそ想像がつくし、つくからこそあえて先を読まぬ。決して読むものか……。


 それでも読まねば事が進まぬ。ふと我に返れば、私がこの寺の住職だ。私情を挟むのはあまり喜ばしくないこと……そんなことはわかっている。それを言ってしまえば住職を他の僧侶らが縄で縛っているこの状況こそおかしいのだが。嗚呼(ああ)、怒りもすれば哀しくもなり、憎しみはもちろん、しかるべきものがならぬことへのいら立ち。様々な感情が入り乱れ、思考は複雑に絡み合い、一向に答えは出ぬ。



 ただしここで、一発の高めの音がすべてを止めた。頭よりはるか上の方を、何かが飛んでいく。


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