北の直虎 第五話
尼の妙誓は顎に指をつけ、訝しそうに僧侶へ問う。
「では代官の白取、……これは私も知っているが彼は横内の堤氏家臣でもある。なぜどちらもこの窮状を放っておいているのか。」
もう一人の僧侶は……少し戸惑いつつも答えた。
「恐らくですが……大浦が内側から潰れることを望んでおるのでは。」
……怪訝な顔の妙誓。
「尼様。為信はこれまで他国者の力をうまく利用して、兵を多く集めてまいりました。土地を与え田畑も耕させ、その噂を聞いてわんさかと領中へ入りました。しかし南部に再び従った今、その力を外へ向けることができませぬ。……他国者は溢れ、残るは内側を喰らうこと。手始めにエゾ村を襲った結果、エゾ衆が怒って “蝦夷荒” という反乱がおきているのです。」
続けて隣の僧侶も言う。
「おそらく白取氏は為信が破滅する瞬間を待っております。嘉瀬の件などの岩木川下流域での窮状はもちろん届いておるはず。しかしまだ動く時ではない。その際にきっかけとして持ち出すつもりでしょう。……ところで養女ではございますが、つい最近……白取氏より大浦氏へ側室が入りました。かといって仲良くするような気配もなく。こうしておけば内部の情報は筒抜けでしょうし、大浦と縁戚であればこそ持てる力もあります。」
“時が来れば、代わりに白取氏が大浦氏の代わりに成り得る”
妙誓は “ありえぬ” と一言つぶやき、……しばらく “静かにしてくれ” と二人に言った。ただ目を瞑り……辺りには草の揺れる音、葦原に流れる川のせせらぎしか聞こえぬ。鳥も彼女のことを思ったか、鳴くのを遠慮しているかのよう。
そして想いがおさまったのか、妙誓は目を開けて、二人にこういった。
「どう考えても、おかしいことはおかしいのだ。上の身勝手な企みにより、その間ずっと民は無視されるのか。」
そうは申してもと……二人の僧侶は目を合わせ困惑するのみ。
「間違ったことは正しくすべきであり、我ら仏門の者は民に現世利益をもたらす責務がある。……ただし我らの力には限界がある。堤殿も動かぬのであれば、兄上に言っても何もできぬ。迷惑なだけだろう。何としても我らは角兵衛なるものを見つけ出し、他国者がエゾ村を襲うのをやめさせること。他の横暴も然り。」
……こうなれば従うほかないと僧侶ら。彼女はその信念において行動し、周りを巻き込む豪快さがある。彼女は男のように力が強いわけではないし、黙っていれば一見しおらしい。だがその心を、だれにも覆すことはできぬ。
油川城主、奥瀬善九郎が妹。元の名を奥瀬妙という。真宗の油川明行寺(現、弘前円明寺)の尼であったと伝わり、最後まで為信に抵抗を続けた人物である……。




