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第48話-2 エグレギウス流闘術

 唱力とはあくまでも魔唱を扱うための力であり、個人差はあれど、全ての人間の内に秘められている力だった。

 だが、魔唱との相性や唱の上手下手により、優れた唱力を有していても魔唱が使うことができず、せっかくの唱力を持て余している人間は、それこそ星の数ほど存在していた。


 グリッツの師匠の、そのさらに師匠にあたる、エグレギウス流闘術の開祖ハグンは考えた。

 魔唱ほどの奇跡は起こせなくとも、どうにかして唱力を武術に転用することができないか、と。


 果てなき探求と研鑽の末に、ハグンは気功と呼ばれる技術を生み出し、唱力を()()()()()()()()()()()()()扱うことに成功。

 さらに、体内を巡る唱力を活性化させることで身体能力の底上げする呼吸法を生み出し、接触と同時に自身の唱力を送り込むことで対象を内部から破壊する、発勁と呼ばれる技をも生み出した。

 そして、その果てに生み出されたのが、エグレギウス流闘術奥義――


「〝ジオスローター〟」


 濛々と立ち込める白煙の中、グリッツは空恐ろしくなるほど強く握り締めた拳を、大地に向かって全力で振り下ろす。

 拳が大地に触れた瞬間、爆発でも起きたかのように足元の地面が吹き飛び、その衝撃で周囲に立ち込めていた白煙をも吹き飛ばした。


「駄目じゃないか、ルード。煙幕なんて使ったら。せっかくのギャラリーが、僕たちの戦いを楽しむことができなくなるよ」


 地面がすり鉢状に陥没してできた、直径五十メートル、深さ六メートルに及ぶ大穴の底に降り立ち、そんなことを口走る。

 騎兵はもちろんパノンすらも、二人の戦いを楽しむどころか二人の速さに目がついていっていないことはさておき、〝ジオスローター〟の一撃によって白色だった煙幕が土色に変わっただけで、結局ギャラリーの視界を潰してしまったことを全く気にしていないグリッツだった。


「おや?」


 右腕から血が滴り落ちていることに気づき、片眉を上げる。

 身体能力を底上げするエグレギウス流闘術基技〝フィーリア〟とは別の呼吸法を用いることで、肉体を鋼のように硬質化させる、エグレギウス流闘術基技〝アツァリ〟。その〝アツァリ〟を使ってルード必殺の一閃を受け止めたが、さすがに無傷というわけにはいかず、グリッツの両腕には決して浅くない斬痕が刻まれていた。

 そんな腕で〝ジオスローター〟のような大技を放ったのだ。

 傷口が開くのは自明の理だった。

 だが、


「この血……この痛み……やはり、戦いというものはこうでなくてはね」


 むしろそれが喜ばしいことのように、グリッツは屈託のない笑みを浮かべる。

 負傷はおろか、命を脅かされることさえも楽しむ精神性……それこそが、グリッツが戦闘狂と呼ばれる所以だった。


 刹那、ナイフの群れが土煙を切り裂いて襲いかかってくる。

 グリッツは〝アツァリ〟で肉体を硬質化させると、切っ先が皮膚に触れた瞬間に体を微振動させ、ほんのわずかに弾くことで襲い来る全てのナイフの軌道を逸らす。

 今までルードが投げたナイフの全てが、グリッツの表面を滑るようにしてすり抜けていったように見えたのは、そうしたカラクリがあってのことだった。


「何度も驚いていたようだから教えてあげるよ。この技は、エグレギウス流闘術基技〝イティア〟……戯れに創った、僕のオリジナル技さ」


 ルードに聞こえないことなどお構いなしに、語りかけるように独りごちる。

 その表情は自慢の玩具を見せびらかす、子供のそれに近しいものがあった。


「ちなみにだけど――」


 グリッツは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()足を振り抜き、風の刃――〝クシフォスラッシュ〟を放つ。

 土煙の向こうから舌打ちが聞こえてきたことから察するに、かすり傷くらいは負わせることができたようだ。

 

「この技は、極限まで研ぎ澄ませた蹴りを放つことでカマイタチを生み出すだけの単純な技だから、君ならちょっと頑張れば使えると思うよ」


 仮にルードがグリッツの言葉を聞くことができたら、『使えるか!』とツッコむこと請け合いな戯言だった。


 ふと、グリッツは眉をひそめる。

 先程までわずかながら感じていたルードの気配が、完全に消えてしまったのだ。

 この期に及んで逃げの一手を打つとは思えない。

 考えられることは一つ。

 グリッツの知覚ですら感知できないほど完璧に気配を殺し、土煙に紛れて不意を打とうとしているのだ。


「護り屋というよりは、殺し屋に近いやり口だねぇ」


 ワクワクした顔をしながら独りごちた直後、すぐ後ろからルードの気配を感じ取る。

 転瞬、背後から放たれた一閃を身を沈めてかわした。

 ルードが攻撃に移る直前まで気配に気づけなかったことが嬉しくて嬉しくて、知らず笑みが深くなっていく。


「本当に素晴らしいよ、君は!」


 グリッツは身を沈めたまま旋転し、背後にいるルードに向かって足払いを放つ。

 当たれば大木すらも薙ぎ倒す足払いを、ルードは飛んで回避。

 それを読んでいたグリッツは、旋転の勢いを殺すことなく立ち上がり、遠心力を乗せた裏拳を繰り出した。が、


「おおっ!?」


 どうやら読まれていたのはこちらの方で、ルードは懐から取り出したナイフの切っ先で裏拳を受け止め、〝アツァリ〟で硬質化した拳に刃を突き立てた。

 普通の人間ならば激痛で動きが鈍るところだが、グリッツは拳に刃が突き立ってなお躊躇なく腕を振り抜き、ルードを吹き飛ばす。

 さすがにこれはルードも予想外だったらしく、地面を削りながら着地する彼の目には、驚愕の色が見え隠れしていた。


「まさか、僕の力を利用して〝アツァリ〟を突破してくるとは……見事としか言いようがないね」


 土煙が晴れゆく中、グリッツは浮かべた笑みをそのままに、右拳――より正確に言うと手の甲の骨と骨の隙間に突き刺さったナイフを引き抜く。

 当然、拳から流れ出た血が真っ白だった革手袋を真っ赤に染めていき、グリッツの表情がますます喜悦に染まっていく。


「まあ、さすがにこの出血は無視できないので……」


〝ジオスローター〟を放つ時と同じように、空恐ろしくなるほど強く強く拳を握り締め、筋肉を収縮させることで強引に血を止める。


「さて、続けるとしようか。僕の気が済むまでね!」


 そして、楽しそうに、心底楽しそうに拳を構えた

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