第48話-1 エグレギウス流闘術【ルード】
パノンがこれまでの経緯を説明しようとしてきたが、下手にグリッツを待たせるとどんな行動に出てくるかわかったものではなかったので、
『今はいい。アトリに「大丈夫だ」とだけ言っておいてくれ』
とだけ伝え、アトリを連れてさっさと離れるよう促した。
――グリッツ・リーバー……。
なぜ俺たちの居場所がわかったのかとか、なぜ俺が約束を反故にすることがわかったのかとか、疑問に思うことは多々ある。
だがそれと同時に、この男ならこれくらいのことは平気でやってのけるだろうという根拠のない確信があったため、不思議と驚きはなかった。
アトリとパノン、騎兵たちが、俺たちから大きく離れていくのを確認した後、グリッツと相対する。
直後、グリッツの殺気が爆発的に膨れ上がった。
並みの傭兵ならば、失神くらいには追い込めそうなほどに暴力的な殺気だった。
手練れの傭兵ならば、必要以上に昂ぶってしまいそうなほどに好戦的な殺気だった。
――殺気に応じようものなら、本当に殺し合いになってしまいそうだな。
もちろん、そんなものに付き合うつもりはない。
護り屋らしく、護衛対象のために目の前にいる敵を排除する――それだけだ。
「……■■■」
グリッツは何事か口走った後、懐から取り出した真白い革手袋を拳にはめる。
続けて、浅く開いた左手を前に突き出し、固く握った右拳を脇に構えた。
「■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■・■■■■……■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■! ■■■!」
何を言っているのかわからないが、直感的に理解する。
――くる!
グリッツが地を蹴り砕くと同時に、俺は腰に巻いたベルトから持てる限りの投げナイフを掴み、一気に投擲する。
最悪の事態――グリッツと仕合うことになった場合に備えて、投げナイフを大量に差したベルトを一本余分に装備していたからこそできる大盤振る舞いだった。
飛矢すら置き去りにするほどの速さで迫るグリッツに、八本のナイフが殺到する。
――ナイフはあくまでも布石。
――避けるにしろ防ぐにしろ、奴が何かしらの行動に出た瞬間を叩く!
即応できるようブレードの柄を掴み、腰を落とす。
ほぼ同時に、八本のナイフはグリッツの腕を、脚を、腹を、胸を捉え――……その表面を滑るようにすり抜けていった。
不覚にも驚愕してしまった俺は、地を蹴ろうとしていた足を強引に踏み止める。
いったいどういう技を使ったのかと分析する間もなく、グリッツが目前まで迫ってくる。
間合いに入るや否や繰り出された拳打は閃光そのもの。
俺の目をもってしてもかろうじてでしか視認できず、擦過した拳が頬を浅く切り裂き、吹き荒んだ拳風が髪を嬲っていく。
当然、拳打は一発だけで終わるはずもなく、次々と瞬く閃光を俺はギリギリのところでかわし続け、浅く裂かれた肌から鮮血が舞い散っていく。
――くそ……!
機先を制されたとはいえ、こうも押し込まれるとは……!
手数なら師匠にも負けない自信があったが……認めるのは癪だが、無手であることを差し引いても、至近の間合いでは奴の拳の方が俺の剣よりも確実に速い……!
それだけでも大概に厄介だというのに、威力も尋常じゃないときている。
奴が拳打を繰り出す度に空気の壁を突き破る衝撃が、拳風と呼ぶにはあまりにも轟々しい風が肌を圧していく。
まともにくらえば大怪我程度では済まないだろう。
もっとも、
――まともにくらえばの話だがな!
嵐のように吹き荒れる拳打を、横合いから柄頭を殴りつけることで軌道を逸らし、空いた掌でいなし、捌き切れなかったものは最小限の動きでかわし、凌ぎ続ける。
依然としてブレードを振るう隙はない。が、本気で守勢にまわった俺を簡単に捉えられるとは思うなよ、グリッツ!
「■■■……■■■■■!」
グリッツの表情が喜悦に歪んだ瞬間、感情の昂ぶりに体が反応してしまったのか、ほんのわずかだが拳打の振りが大きくなる。
それを見逃す俺ではなく、拳打をかわすと同時に、前に踏み込んでいたグリッツの足目がけてブレードを落とした。
当然、そんなものがグリッツに当たるはずもなく、ほんのわずかに足を動かすだけでかわされてしまい、ブレードが虚しく地面に突き刺さってしまう。
だがその結果、刹那よりも短い時間、グリッツの拳打が途切れた。
俺にとっては、反撃に転じるには充分すぎるほどの時間だった。
転瞬、ベルトのナイフを両手で掴み取り、抜きざまに斬撃を振るう。
ナイフが左右の肩腱板に届く寸前、グリッツはバク転を打って斬撃をかわし、同時に、その勢いを利用して蹴り上げを放ってくる。
俺はそれを後ろに下がってかわそうとするも、不自然な空気の流れを肌で感じ取り、足の筋肉が悲鳴を上げるのを無視して強引に横に飛ぶ。
次の瞬間、縦に弧を描いたグリッツの足先から風の刃が放たれ、浅く裂かれた大地に切れ目が走っていく。
事前に察知しなければ、風の刃に切り裂かれていたところだった。
――魔唱を唱った気配はない。
――ということは、尋常ならざる蹴撃で風の刃を生み出したことになるわけか。
唱巫女の護衛を務めるはずだった男を殺してしまったら、アトリの立場は今よりも確実に悪くなる。
だから、殺すことなく無力化しようと思っていたが……やはりグリッツは、手心を加えて勝てるような相手ではない!
――覚悟を決めるしかないというか……!
歯噛みしたい衝動を堪えながらも、左手のナイフを投擲すると同時に、落としたブレード目がけて疾駆する。
即座に反応したグリッツは迫り来るナイフを無視し、こちらに向かって突貫。
切っ先が奴の左胸に触れた瞬間、またしてもナイフは表面を滑るようにすり抜けていく。
最早そういう技だと割り切っていた俺は、一瞬たりとも速度を緩めることなく地を駆け、大地に突き刺さっていたブレードを掴み取る。
ブレードを引き抜くと同時に跳躍。
突貫してきたグリッツを飛び越え、落下と同時に縦に旋転しながら奴の後頭部目がけてブレードを振り下ろす。
当然のように反応していたグリッツは、振り返ると同時に掲げた両腕を交差させ、必殺の一閃を受け止めた。
鉄の塊を切りつけたような感触に戸惑いながらも、着地と同時に煙幕玉を叩きつけ、白煙に紛れてグリッツから距離をとる。
――たしかにこれは人外と評するしかないな……!
グリッツの本人の力か、グリッツが修めるエグレギウス流闘術なる武術の力か、はたまたその両方か……投げナイフをすり抜け、蹴撃で風の刃を生み出し、肉体を鉄のように硬質化させる技の数々は、まさしく魔唱そのもの。
いや、唱詞を唱う必要がない分、脅威度は魔唱以上と言っても過言ではな――
――ッ!?
何の前触れもなく、俺の勘が最大級の警鐘を鳴らし始める。
理由はわからないが、ただただ『やばい』という焦燥感が胸を焦がしていく。
――いったい何が!?
と思った直後、大地震さながらの振動が足元を揺らす。
そして、
踏みしめていた大地が吹き飛んだ。




