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第47話  パノンの戦い

 パノンは羽織っていたローブを脱ぎ捨て、騎兵たちに顔を曝け出した。


(さすがのルードも目ぇ剥いてるかな?)


 などと思いながらも、騎兵たちを見据える。

 これから自分がやろうとしていることは、顔を隠したままでは到底成し遂げられないこと。

 だからパノンは、素性がバレるのを承知でローブを脱ぎ捨てたのだ。

 パノンの前方にいる騎兵たちが、こちらに向かって一斉にランプを掲げてくる。

 

「例の少女に間違いありません」


 年若い騎兵が、小隊長と思しき壮年の騎兵に向かって、そんなことを報告する。

 壮年の騎兵は一つ頷くと、パノンの後方に向かって声を張り上げた。


「私は第六騎兵小隊長のヤクーだ。この場は、私が取り仕切ってもよろしいか?」


 どうやら増援に来た騎兵小隊の小隊長に向かって言ったらしく、パノンの背後から「お、お任せします」という、微妙に頼りない返事が返ってくる。


「ここは、ウチも名乗った方がええんか?」

「その必要はない。君の名前がパノン・ポルムンであることも、リュカオンに住んでいることも、傭兵としてアザーンの斡旋所に出入りしていることも知っている」


 ヤクーの言葉に、パノンは苦くなりかけた表情を押し殺した。


(やっぱウチは泳がされてたってわけか……なら、なおさら、この場はウチがなんとかせんとな!)


「まずは確認させてもらう。そちらの馬に乗っている少年は、護衛屋のルードで間違いないな?」


 騎士団(うえ)から情報が下りてきているのか、ルードの容姿はもちろん、耳が聞こえないことも兵団は把握しているらしい。

 ルード本人ではなく、パノンに確認を求めていることが何よりの証拠だった。


「間違いないで」

「ならば、ルードの後ろに乗っている者は、唱巫女で間違いないな?」

「それは……」


 ローブを羽織っていないルードとは違い、アトリはまだ顔を曝け出していない。

 だから、どうにかしてやり過ごすことができるのではないかと思ってしまい、言い淀んでしまう。どうあがいても、やりすごせる状況ではないことがわかっているのに。

 そんなパノンの懊悩を見透かしたかのように、


「間違いないです」


 凜とした声音で、アトリははっきりと答え、驚いたパノンは思わず彼女の方を振り返ってしまう。


「私が唱巫女――アトリ・スターフルです」


 と、続けた後、パノンがそうしていたことが見えていたかのように、アトリもフードを脱いで顔を曝け出した。

 それを見たルードが気が気ではない顔で、こちらに視線を向けてくる。

 さすがにこれはパノンにとっても予想外だったが、今さら情けない顔をするわけにもいかず、できるかぎり平静を装いながら、『大丈夫』という意味を込めて、『待て』のハンドサインをルードに送った。


「ならば話が早い。唱巫女には、ご同行願おうか」


 ここが勝負所や――そう直感したパノンは、


「ご同行した後、アトリを殺すつもりか」


 あえて気の強い言葉をヤクーにぶつけた。

 

「……我々がやるわけではない。騎士団に引き渡し――」

「騎士団に殺してもらうと? ああ、なるほど。確かに、それやと心が痛まんわな」

「どういう意味だ?」

「どういうも何も、そのまんまの意味や。誰かて、こんな年端もいかん女の子を殺したいとは思わへん。『自分はただ国の命令に従っただけだ』『唱巫女を殺すのは自分たちではない』って自分に言い聞かせて、嫌なことは騎士団に丸投げして知らんぷり決め込んだら、そりゃ誰が死のうが心が痛むことはないわなって言ってるだけや」


 パノンは目いっぱいの皮肉を込めて、騎兵たちに嘲笑を浴びせた。にもかかわらず、ヤクーも、他の騎兵も、苦々しい表情をしているだけで反論一つよこさなかった。

 その様子を見て、パノンは内心安堵する。


(よかった……。この人ら、アトリのことでちゃんと心を痛めてる。いくら世界のためや言うても、そのためにこんな小っこい女の子を殺すのは違うんちゃうかって思ってる。これなら、ウチの言葉も届くはず……!)


 パノンがやろうとしていること、それは騎兵たちの説得。

 あえて顔を曝け出したのも、騎兵たちに誠意を見せるためだった。


(生死問わずで指名手配にされている以上、国に従う(もん)に向かってアトリの口から捧唱の旅を続けてるって訴えても、命惜しさにでまかせ言ってるとかケチつけられるんがオチや。ルードならワンチャンあるかもしれへんけど、文字だとどうしても心情が伝えにくいし、そもそもルード自身が交渉事に向いてない)


 だけど、


(ウチは違う。ルードに比べたらって言うのも変やけど、とにかくウチの方が口が回る。それにアトリの護衛でもなんでもない、その辺にいる小娘でしかないウチが、アトリがちゃんと捧唱の旅を続けてることを、アトリが指名手配されるようなことは何もしとらんことを訴えたら、信じてもらえるかもしれへん。いや、信じさせてみせる!)


 決然とヤクーを見据え、わかりきっていることをあえて訊ねる。


「たしか、アトリが生死問わずで指名手配されたんは、捧唱の旅を放棄して逃げ出したことが原因……やったな?」

「そうだ。だから、我々は世界のために――」

「アトリを捕まえて処刑台に送る、と。国に追われながらも、何一つ投げ出すことなく捧唱の旅を続けているアトリを」


 ここぞとばかりに切った切札(カード)の効果は覿面だったようで、騎兵たちの間にみるみる動揺が広がっていく。


「捧唱の旅を続けているとはどういうことだ?」

「話が違うではないか!」

「待て! ただのハッタリかもしれないぞ!」


「静まれッ!!」


 ヤクーの大喝が轟き、騎兵たちはすぐさま口を閉じる。続けて、疲れたようなため息をついた後、静かな声音でパノンに訊ねた。


「仮に唱巫女が捧唱の旅を続けていたとして、何をもってそれを証明する」

「明確に証明する方法はあらへんな。アトリはすでにキュレネ山で〝大地に捧げし唱〟を奉じてるけど、大地に目に見えた変化はなかったしな」


 アトリとルードが孤児院にいた時、パノンは興味本位で今までの旅の経緯を二人から教えてもらっている。

 即興でこんなことが言えるのも、ひとえに自身の好奇心のおかげだった。


「……パノン、君がやろうとしていることはわかっている。だから、あえて言わせてもらうぞ。唱巫女が捧唱の旅を続けている証明もできずに、どうやって私たちを説き伏せるつもりだ?」

「そんなもん言われるまでもなくわかっとる。せやから小隊長さんに訊くけど、今のこの状況こそが、アトリが捧唱の旅を続けている証明にはならへんか?」


 ヤクーは数瞬黙考し、続きを話すよう促してくる。


「現在国は、アトリの動向を正確には把握してへん……それは間違いないやろ?」

「……否定はしない」

「それってつまり、アトリは今、無理して動く必要のない状況にあるってわけや。下手に動くと、騎士団なり兵団なりに見つかってまうから、山とか森とか人のおらんとこに隠れていた方が利口ってもんやからな。そんな状況で、無理して国境を越えようとしてんのは、さすがにおかしいと思わんか?」

「隠れ潜むことに不安に覚え、動き出すということもある」

「いやいや、不安になって動き出すような人間やったら、国境の警備態勢見た瞬間に回れ右するやろ。その理屈は通らんで」


 パノンは、口ごもるヤクーから少しだけ目を離し、後方にいるもう一人の小隊長を背中越しから一瞥する。

 見たところ年齢はヤクーよりも少し下といったところで、顔立ちのせいかヤクーに比べたらどこか頼りない印象が強い。

 ヤクーがこの場を取り仕切ることにあっさり了承したのも、見た目だけではなく中身も頼りないがゆえのことだろう。

 ヤクーさえ説き伏せることができれば、この窮地を脱することができる――そうパノンが確信した直後、長い黙考を終えたヤクーが口を開く。

 

「次に〝大地に捧げし唱〟を奉ずる場所が、エーレクトラだというのか?」


 その言葉を聞いて、パノンは内心ガッツポーズをとった。

 ヤクーの方からその結論に行き着いてくれたのであれば、後は話が早い。


「そのとおりやで」

「ならば、どうやって国境を……〈オルビスの傷痕〉を越えるつもりだ? 現状から察するに、関所を抜けていくつもりはないのだろう?」

「その関所にある大橋がどうやってできたのか、小隊長さんなら知っとるやろ?」


 ヤクーは、ハッとした表情を浮かべる。


「まさか、新たに橋を架けるというのか!? その小さな唱巫女が!?」


 ここは本人が答えた方が説得力があると思い、パノンはアトリの方を振り返る。


「アトリ。答えてやって」


 アトリは一つ頷くと、宣言するようにはっきりと答えた。


「そうです。私の魔唱で〈オルビスの傷痕〉に橋を架け、国境を越えさせていただきます」


 凜とした声音とは裏腹に、ルードに掴まる両腕がプルプル震えているように見えるのは気のせいということにしておこうとパノンは思う。

 一方騎兵たちは、アトリの宣言に、いよいよざわつき始める。


「これはもう我々の裁量で、どうこうできる話ではない気がするぞ」

「そもそもあの唱巫女は、本当に〈オルビスの傷痕〉に橋を架けることができるのか?」

「判断は、橋を架けるのを確認した後の方がいいのかもしれないな」


 最後に出た言葉に全員が賛同したのか、騎兵たちは咎められる前に口を閉じ、ヤクーに視線を集中させる。

 ヤクーの決断を、固唾を呑んで待つかのように。


「〈オルビスの傷痕〉に橋を架ける、か。痕跡と呼ぶには、あまりにも派手すぎるな。逃亡者のやることではない」


 独りごちるように言ったヤクーの言葉に、パノンは笑顔の花を咲かせる。


「ということは信じてくれるんか!? アトリが捧唱の旅を続けてることを!?」

「信じよう……だが!」


 ヤクーは馬から降ると、ランプの反対側に吊り下げていた剣を抜き、その切っ先をルードに向ける。


「捧唱の旅は過酷を極めると聞く。このまま送り出しても、旅の途中で死なれてしまっては我々も立つ瀬がない。ゆえにその実力、確かめさせてもらうぞ! 唱巫女の護衛、ルードの実力を!」



「いやいや、君程度じゃ彼の実力を測る物差しにすらなれないよ」



 ヤクーの発言に苦虫を噛み潰していたパノンは、驚きのあまり口内の苦虫を吐き出しそうになる。

 いつの間にか、ヤクーの隣には、グリッツ・リーバーの姿があった。


「な、なんだおま――」

「悪いけど、君はもう下がってくれないかな?」


 グリッツは穏やかにそう言いながら、軽く……本当に軽く、ヤクーの肩を掴む。

 次の瞬間、ヤクーの手から剣が滑り落ち、腰が抜けたように尻餅をつく。

 ヤクーの表情は真っ青になっており、額からは脂汗が滲み出ていた。

 それを見た騎兵たちが挙って剣を抜こうとするも、


「無粋だよ、君たち。僕とルードの仕合を邪魔するのはやめてくれないかい?」


 そう言っただけで、誰も彼もが氷漬けにされたように固まってしまう。

 ヤクーが腰を抜かし、騎兵たちが動けなくなった理由に気づいていたパノンは、なんとか平静さを保ちながらもグリッツに訊ねる。


「騎兵の人らに、殺気をぶつけたやろ?」

「正解。今回も褒めてあげるよ、パノン。騎兵たちだけに向けた殺気に、よく気づけたね」

「褒められても嬉しないし、気づきたくもなかったけどな」


 掠れた声で、パノンは応じる。

 グリッツの暴力的な殺気に触れたことで喉はすでにカラカラになっており、体は小刻みに震えていた。


「それで、なんでアンタがここにおんの?」

「それはもちろん、ルードと仕合うためさ」

「そういう意味で聞いたんやない。どうやって、ウチらの動きを嗅ぎつけたのか聞いとんねん」

「なんだ、そのことか。それなら簡単だよ。文字どおりの意味で嗅ぎつけたのさ。僕は物凄く鼻が良くてね、強者の匂いともなれば何十キロ離れていようが嗅ぎつけることができるんだよ」


 思わず、パノンは顔を引きつらせる。


「ま、まさか……ルードの匂いを追ってきたとでも言うんか!?」

「まさかも何も、それ以外に理由があるのかい?」


 さもそれが当たり前のことのように言うグリッツに、パノンの顔がますます引きつる。

 もっとも、グリッツの口から続けて出てきた言葉には、別の意味で顔が引きつりそうになったが。


「逃げることがわかりきっていたのに、『十日後に相手をしてやる』なんて条件を鵜呑みにしたのもそういうことだよ。何人たりとも、この僕から逃げ切るのは不可能だよ」


 凄絶な笑みを浮かべ、断言する。

 知らず一歩後ずさったその時、いつの間にか背後に人がいる気配を感じ取り、パノンは慌てて振り返る。

 パノンの背後に立っていたのは、


「ルード!?」


 ルードはグリッツを見据えたまま、足を使ったトン・ツーでこう伝えてくる。


『アトリのことを頼む。それから、騎兵たちにもできるだけ俺とグリッツから離れるように伝えておいてくれ』


『グリッツと仕合う気なんか?』


『こうなってしまったからには、もう仕合うしかないだろう。それに』


 グリッツの殺気に応じるように、ルードは少しだけ目を細める。


『なんとなく、こうなる予感はしていたからな』

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