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青春四季  作者: ねこやなぎ。
第二章 「百夜」
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第二話「渡り鳥の如く」

第二章 第二話 「渡り鳥の如く」


 十月の風が冷たさを帯びてきた。

 窓から見える紅葉が、ほんのり赤づいていく。

 落ち着きを感じさせる秋の空気だったが、教室内は賑やかであった。


 「というわけで、今日から本格的な春高祭準備期間だぞ」


 相川のその一言から、今日の七限が始まった。先週の出し物決めからちょうど一週間。今日の七限からいよいよ文化祭準備期間であった。文化祭当日である十一月三日までは約三週間。

 その期間、この浮ついた雰囲気の中を過ごすのかと言うと、嫌気がさす。のんびり空でも眺めて過ごしていたい。


 相川は簡単な業務連絡を済ませて、すぐに宵町にクラスの主導権を渡す。宵町は常の溜息をつきながら、教壇にたった。


 「では、今日は担当決めを行いたいと思います」


 そう淡々と告げ、先週と同じように、黒板に文字を書き付けていく。「看板」、「食品」、「衣装」、それに「広告」。

 「担当分け、こんなものかなと思うのですが、どうでしょう」

 クラスメイトの「賛成~」という声が上がる。宵町はほっとしたのか、少し微笑んだ。

 「では、この担当分けで行きましょう。具体的な仕事内容は、集まったメンバーで決めようと思います。各担当十人程度で、決めてください」

 宵街の言葉に、クラス内が少し狼狽えた。────まあ確かに、いきなり決めてと言われても困惑するだろうな。俺は鼻から興味が無いため、動揺は一切しなかった。

 「集まる場所、決めた方がいいかもな。適当に4分割でどうだ」

 見かねた相川がそうアドバイスする。宵街も少し焦った表情をしていたが、相川の言葉で教室内の右前、右後ろ、左前、左後ろに担当が集まる場所を振り分けた。

 相川はこの生徒主体となる行事に関しては、ほんとに積極的に口を出さない。今のように、クラス内が狼狽えて進行が危うい状況になれば、少々助言するだけである。生徒の主体性を大事にしているのか、面倒くさいだけなのか。


 さて、クラスメイトが動き始め、教室内がざわめきはじめる。俺も空気に合わせて席を立ったが、当然行く宛は見つからない。どこか仕事が楽そうな担当はないかと考えていた。食品調達の担当は忙しそうだから絶対やりたくない……では他の担当について考え始めていた時、後方から肩を掴まれる。

 「よし時人、行こうか」

 無論、直である。その横には憂の姿もあった。直の言葉に返す間もなく、俺は引っ張られる。……まあ、俺はこういう運命だ。

 向かった先は、教室の右後ろ。「看板」の担当が集まる場所であった。


 どうして直と憂がそこへ向かったのかは、メンツを見るとすぐに分かった。━━━クラスメイトの、福本と神永の姿があるからだ。彼女たちとは、比較的クラス中においては、仲がいいメンツとなっていた。他にもおそらく神永の友人と思われる女子が2人。計7人が看板の担当を希望しているということになる。


 「あっ鈴波くん達だ~」

 福本とその他の女子と談笑していた神永が、俺らの姿を見つけてそう声を掛けてくる。名前を真っ先に呼ばれた憂は少し照れくさそうに「やあ」と返した。

 「看板に来たのってなんか意外かも!」

 神永がにこやかに言う。まあ、確かに。俺ら3人は美術的センスがある訳でもない。

 「ぶっちゃけどこでもよかったんだよな。メンツだよメンツ」

 直も笑って返した。俺はメンツも含めてどこでもいいし、なんならどこにも所属しないという立場が1番よかったのだが……さすがにそう思っていることを口にするのは憚られたので、黙っていた。すると、福本と目が合う。俺の勝手な想像だが、彼女もその口だと思うのだ。あの『秘密』のことを思い出す限りは、彼女は人と積極的に関わろうとはしていないように思える。でも、これはただの俺の想像だから、実際には彼女はそう思っていないだろう。

 人のことをあれこれ考えるのは、傲慢ってやつだし、俺は傲慢な性には、決して、なりたくない。


 そのまま直達を含む他のクラスメイトらの談笑を黙って聞いていると、後ろから誰かぎ「ちょっと」と声を掛けてくる。俺はつい振り返ってしまった。声を掛けてきたのは、委員長の宵町。

 「看板、メンバー決まった?決まったならここに名前書いて欲しいんだけど……」

 そういって宵町は、ルーズリーフを差し出してくる。俺は黙って受け取った。それを確認した宵町は「よろしく」と言って、他の担当のところに向かった。

 俺は一旦自席に戻り、ボールペンをとってその紙に自分の名前を書きつける。そして再度看板担当陣の所へ向かい……憂に、「名前書いといてくれってさ」と言いボールペンと紙を無造作に差し出した。

 「おっ了解。さんきゅ」

 彼はそれを受け取り、いつも通り屈託のない笑顔で言う。本当にこいつも直も、常に楽しそうだ。


 「ん~どんな看板作ろっかな……」

 席に着いた神永の呟きが聞こえる。神永はそう言えば美術部だった。となると、看板担当を希望したのも納得だ。

 まだ授業時間自体は25分程度残っていた。宵町と相川が、クラス内をうろついているのが目に入る。他の担当のメンバーも大抵決まったのであろう、席に着き、話し合っているクラスメイトもちらほら見えた。

 「神永さんはそういうの考えるの好きなの?」

 憂が何気なく神永に尋ねているのを、俺も周りのクラスメイトと同じように席に着きながら聞いていた。

 「うん!大好きだよ~!だって、自分の中の表現を人に伝えるって、すごく楽しいから…!」

 目を輝かせて神永は言う。憂と直は微笑ましそうにそれを眺めていた。特に直。

 「俺らに表現力は皆無だからな…」

 「お前、絵下手だもんな」

 直のぼやきに、憂が鋭く言う。直は開き直ったように、「あぁそうだよ悪いかよ」と返した。全くもって常のやり取りを、俺はどこか遠目で眺めていたのだ。

 いつの間にか、この看板担当は神永、福本と俺たち3人で会話している空気が出来上がっていた。最初に神永たちと談笑していた2人は、今はその2人の会話を楽しんでいるようだった。

 その後もいつものくだらないやりとりを直と憂が続けていると、デザインを考えていた神永がふと、口にした。


 「3人って、ほんとに仲いいよね」


 その言葉に、直と憂の会話が止まる。俺も神永の方を見た。俺はほとんど会話に入っていなかったのだが、それを見てよく3人といったな……。でも、確かに、これが俺らの常なのだ。

 「まあまあ、腐れ縁ってやつ。前も言ったけど中学からの付き合いだし」

 直が照れくさそうに返す。神永は「仲良しはいいことだよ~」と笑顔で言った。

 「よく寄り道とかもしてるしなあ…あ、そういえば」

 憂がそう言いかけて、何かを思い出したらしい。なんだろう、と耳を傾ける。

 「駅前に、アイスクリーム屋ができた話知ってる?」

 「あー!知ってるよー!まだ行ってないんだよね…」

 「おっさすがだ…今日、行かね?」

 憂と神永がそういう会話を進める。────俺は勝手に、その誘われたメンツに自分が入ってないことを期待した。ほんとに勝手になのだが…。

 でも、憂の言い出したことだ。そうはいかない。神永たちが全員了承したところで、最後に俺に訊く。このやり方は、ある意味、逃げられなくしているようにと思える。

 「時人も行こうよ」

 「あー……」

 常の俺だったらどうするだろうか。多分、無言で了承してついて行くのだろうか。生憎、今日は違った。俺は遠目でカレンダーを見た。

 「ごめん、パスで」

 その言葉を聞いた直がおってカレンダーを確認し、ハッとした顔を一瞬だけ見せて……またいつもの表情に戻った。みんな知らないだけで、こいつは意外と策士だ。

 「じゃあまた今度行こうぜ!」

 屈託のない笑顔で俺たちに言う。俺は了承も否定もしなかった。

 「おっどこのアイスクリーム屋だって?」

 すると、どこか静まった場に、その時までなかった声が現れる。振り返ると、そこにいたのは相川の姿。

 俺と目が合うと、相川は「話、進んでるか?」と聴いてくる。この問いにはただ黙って頷いた。

 「感心感心、いやあ全くもって青春だねえ。で、どこのアイスクリーム屋?」

 相川にとっては進捗よりもアイスクリームの方が重要らしく、しつこく問いかけてくる。福本が小声で、「駅前です」と返した。

 「なんすか、アイスクリーム好きなんすか?」

 直が軽口のように尋ねる。相川はニヤリと笑って答えた。

 「甘いものが好きなんだよ。女子だからな」

 「その歳で女子はきつい……」

 「……?ん?聞こえなかったな」

 「いや相川センセの歳で女子は……ねえ」

 直は横目で俺に同意を求める。やめろ。俺は無反応を決め込んだ。

 「まあそれ以上言うとお前の中間テストの点数をばらす」

 笑顔の中に微かな怒りを込めて相川は言った。

 「ええ、いちいち覚えてるわけないじゃないですかそんなのー」

 直が冗談めいた口調で返す。しかし、相川の口調は本気だった。


 「数学Aが36点、現代文がにじ」

 「ぜんりょくでおれがわるかったです!!!!!」


 あの直が顔を赤くして相川に叫んだ。相川はその反応を見て満足したのか、「次回はがんばれよ~」と軽く言ってその場をあとにする。直は相当ダメージを食らったようで、机につっぷした。

 ……直の反応からして、点数は出任せじゃないのだろう。しかし、……相川の担当教科は社会系である。他の教科の点数は、担任であるから確認したのだろうが。それを細かく覚えているなんて、少々記憶力が良すぎるのではないかと考えていた。

 ちょうどその頃合で、チャイムが鳴った。7限の終わりである。

 「あれれ、終わっちゃった…。また今度話そうね!」

 神永のその言葉で、今日はお開きだった。俺は、まあ看板立てかけるくらいは手伝うかなどと考えながら、自席に戻ったのだった……。

 ─────本当は、常の俺じゃなかったのだ。


 * * * * *

 風が冷たいなあ、そんなことを考えつつ、バスを待っている。

 「ふぅ~」

 今日も長い学校生活が終わったなあ。そんな溜息をバス停にて──────僕、相川(あいかわ)(しん)は深深とついた。

 高校生活にもだいぶ慣れてきたと思っているけれど、今日は文化祭の話し合いでどこか忙しかった。でも、こういう行事は大好きだから。春高祭が楽しみだった。

 帰って何をしようかな、本でも読もうかな……。ぼんやりとそんなことを考えつつ、聞いていた音楽に合わせて少し体を揺らしていた。そして、ふと、意味もなく後ろを見たら…そこに、見知った顔があった。


 「あれ!時人くんじゃん」


 名を呼ばれた彼───陸時人くんは、ビクッと肩を震わせる。そして、いかにも挙動不審に、「おう」と返してくれた。

 彼とは四月に図書館で出会ってから、その後も時々話す仲だった。クラスも違う彼と僕の共通点といえば、本が好き、図書館が好き……そんな感じ。深い趣味の話は全くしたことがないけれど、僕自身は時人くんへかなりの好感を抱いていた。だって彼、面白いんだもん。

 しかし、時人くんは彼の友達の2人と同じく電車通学のはず。バス停にいるのはかなり珍しかった。僕はその件について訊く。

 「バスなんて珍しいじゃん!どこ行くの?」

 「……ちょっと、用事だよ」

 僕の問いに、時人くんは案外、これ以上聞いてほしくなさそうに顔を背けて答えた。そんなことをされると余計に気になってしまう。どうやって訊こうかな…そう考えていると、バスが現れる。「乗ろうか」と声を掛けて、ごく当たり前に、僕らは隣に座った。

 時人くんはバスに乗ってもどこか挙動不審で、居心地悪そうだった。僕はそんな彼に何も気にせず話しかける。たんたんと相槌を返してくれるだけだった。彼は何を考えているかよく分からない。おそらく何も考えていないか、何かとても深いことを考えているのだろう。いつか、その核心に触れてみたいとは思っているけれど……この調子だと、いつになることかな。

 「ねえどこ行くの?教えてよ」

 「大したとこじゃないよ…」

 いつもから彼は正直「暗い」。でも、今日はあからさまに僕の問いを避けているようだった。……逃げられれば追いたくなるのが人の性。僕はおもむろに時人くんに手を伸ばした─────ところで、バスのアナウンスがバス内に響き、時人くんが停車ボタンを押す。僕は手を引っ込めた。

 停車駅、『冬時』。時人くんは、「次で降りるから」と言い、まだバスは止まってもないのに席を立ち、前へと行ってしまう。まるで僕から逃げるようだった。

 そうしてバスは冬時に停車し、時人くんの姿はバス内から消える。僕はまだ少しバスに乗らなきゃ行けない。

 冬時。そういえば、時人くんは冬時中だった。でも、何がそこにあるのかは予想つかなかった。てっきり未来ちゃんとのデートを疑っていたのだけれど。未来ちゃんは僕と同じ中学校だし、冬時に来るだろうか、と考えると少し不自然だ。

 ────────触れられたらなあ。

 自分の手をおもむろに見つめて思う。

 いつかのことを思い出していた。あれは夏。駅で時人くんと会った時のこと。未来ちゃんと時人くんが何かあったらしく……詳細が気になった僕は、時人くんに触れた。彼の心の声は、「福本に、悪い事をした」……そう思っていた。

 『これ』はいつからだっただろうか。

 僕は、触れた人の心の声が、少しだけわかる。内心が、声となって脳内に響いてくる。────────馬鹿みたいな話だと思うのだけれど、本当なんだ。でも、誰にも言えたことはない。だって、気持ち悪がられるだろうから。そんなことは望んでないんだ。

 だから、ほんのイタズラ程度の感覚で、ゴシップを楽しむ感覚で、人の心の声を聞く時がある。もちろん内心はその人の秘密みたいなものだし、ばらすなんてことはしない。自分の中で消化するお遊びみたいなものだ。

 ──────────でも、最近は、切実にこの能力を使って、心の声を知りたい人物がいた。その人物の顔が浮かぶ。姉さんである、相川知美だ。

 僕は彼女の職場に通っている。クラスこそ違えど、毎日学校で顔を合わせる。

 それが理由なのかは分からない。高校に入ってから、彼女の考えていることが全くわからなくなって……どこか、疎外感を感じていた。姉さんが僕に冷たい気がするのだ。気がするだけかもしれない。でも、怖かった。だから、心の声が聞きたかった。しかし、もし、なにか嫌われていたら……僕にとって、今、姉さんはたった一人の家族。両親は事故で他界した。

 だから、ひたすらに怖かった。

 気づけば、自分が微かに震えていることに気づく。バスの中は暖かいから、寒さのせいではない。

 ───────嫌いな秋はまだ始まったばかりだぞ、僕。そう鼓舞して、悩みから目を背けた。

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