第20話:星間金融都市クリソールと、宇宙(そら)の永楽銭
第20話:星間金融都市クリソールと、宇宙の永楽銭
銀河聖教連盟の先遣艦隊を一蹴し、そのデータバンクから貴重な航星図と暗号キーを奪取したアヅチ・ノヴァ。
無数の星々が流れる漆黒の宇宙空間を、大日本の浮遊星砦は静かに、しかし確かな野心を持って進んでいた。
黄金の天主の最下層に新設された『大日本・星間経済戦略室』。
そこでは、猿ことトックス(猿獣人)が、血走った目で数十枚の魔導モニターを睨みつけていた。彼の傍らでは、佐吉ことイシオン(ハーフエルフ)が、目にも留まらぬ速度で算盤と魔導盤を弾き続けている。
「……見えやしたぜ、御館様」
猿が、獰猛な商人の笑みを浮かべて振り返った。
長机の奥でふんぞり返り、葉巻(魔の森のハーブを巻いたもの)を燻らせている織田信長に向けて、猿は一枚の星図を拡大して見せた。
「バルトロ司教から引っこ抜いたデータによれば、連盟の経済は『信仰クレジット』という仮想通貨で回ってやす。だが、その実態は酷いモンだ。教会の権威を盾に、辺境の星々から法外な税を搾り取り、中央の貴族どもがマネーゲームで肥え太っているだけの自転車操業でさぁ」
「ほう。権威に胡座をかいた腐敗経済か。かつて俺が叩き潰した比叡山の坊主どもと何も変わらんな」
信長は紫煙を吐き出し、面白そうに目を細めた。
「で、次に俺たちが食い破る『財布』はどこだ?」
「ここです」
佐吉が魔導盤を操作し、ひとつの眩く輝く黄金の惑星をモニターに映し出した。
「連盟の第3宙域における最大の金融ハブ、『金融惑星クリソール』。星全体がカジノと証券取引所、そして巨大なデータバンクで構成されています。連盟の資金の約三割がこの星を経由しており、ここを落とせば、敵の経済網に致命的な出血を強いることができます」
「クックッ……。しかもこの星、教会の直轄軍ではなく、金で雇われた『黄金傭兵艦隊』によって防衛されているようですね。金で動く番犬ほど、扱いやすいものはありません」
影から現れた官兵衛が、杖を突きながら底意地の悪い笑みを浮かべる。
「よし、決まりだ」
信長は葉巻を灰皿に揉み消し、立ち上がった。
「武将どもは刃を研いでおけ。だが、今回の主役は猿と佐吉だ。宇宙の拝金主義者どもに、俺たち大日本の『商い』の恐ろしさを骨の髄まで教えてやれ!」
黄金の星と、見えざる侵略
金融惑星クリソール。
大気圏の周囲に巨大なホログラムの広告塔が浮遊し、絶え間なく星間輸送船が行き交うその星は、まさに欲望と金にまみれた不夜城であった。
惑星の中心にある超高層ビル『クリソール中央銀行』の最上階。
惑星総督にして銀河屈指の大富豪であるドン・ヴァレリオは、純金のグラスで美酒を傾けながら、ホログラムの株価チャートを見て満足げに笑っていた。
「ふははっ、今日も『信仰クレジット』は絶好調だ。先遣隊が連絡を絶ったという第七辺境宙域の件で少し市場が荒れたが、野蛮な原住民の反乱などすぐに鎮圧されるだろう」
ヴァレリオがふくよかな腹を揺らしたその時、突如として窓の外が「暗夜」に包まれた。
「ん? なんだ、日食か?」
彼が窓辺に歩み寄って見上げた空には、星の太陽を完全に覆い隠すほどの巨大な影――鈍色のミスリル鋼に覆われ、禍々しい砲門を無数に備えた浮遊星砦『アヅチ・ノヴァ』が、重力制御によって音もなく静止していた。
「な、なんだあの巨大な岩くれは!? 黄金傭兵艦隊は何をしている! 早く迎撃網を張らんか!」
ヴァレリオが通信機に向かって叫んだ瞬間。
『――あー、テステス。聞こえてやすかい、クリソールの金持ちの皆さん』
ビル内の全モニター、そして惑星中のホログラム広告塔が、一斉に「猿の獣人のドヤ顔」へと切り替わった。
「なっ……原住民の獣人だと!?」
『あっしらは大日本・堺商会。本日は皆さんに、素晴らしい金融商品のご案内に上がりやした』
モニターの中の猿が指を鳴らすと、ホログラムの株価チャートが異常な動きを始めた。
「と、総督! 非常事態です!」
部下が血相を変えて飛び込んでくる。
「惑星のメインサーバーに、未知の魔導ウイルスが侵入! 取引所のシステムが乗っ取られました! 我々の『信仰クレジット』が、秒間数億の単位で空売りされています!」
「なんだと!? 馬鹿な、教会の最高位暗号だぞ!」
「フフ……旧式の暗号など、私の手にかかれば知恵の輪にも劣ります」
通信回線の音声に、佐吉の冷ややかな声が混じる。
「バルトロ司教から頂いた暗号キーを元に、連盟の市場アルゴリズムを完全に解析しました。現在、クリソール内のすべての口座資産を凍結し、価値を強制的に暴落させています」
武力ではなく、システムそのものをハッキングすることによる経済破壊。
ヴァレリオの目の前で、彼が一生かけて築き上げた天文学的な資産の数字が、滝のように減少し、ついには「ゼロ」を表示した。
「あ、あぁぁ……私の、私の金が……!」
『――絶望するのはまだ早ェぜ、おっさん』
猿がニヤリと笑う。
『紙くずになった信仰クレジットの代わりに、あっしらが新しい「金」を貸してやらぁ!』
モニターに映し出されたのは、真ん中に四角い穴の空いた、輝く未知の硬貨。
「こ、これは……?」
『大日本の法定通貨、偽造不可能な量子魔導暗号通貨……【新・永楽銭】でさぁ! 今なら、あんたらの暴落した資産を、この永楽銭で買い取って(救済して)やるぜ?』
それは救済ではない。完全なる経済の「乗っ取り」であった。
惑星のインフラを人質に取られ、通貨発行権を奪われる。ヴァレリオはついに激昂した。
「ふ、ふざけるな原住民どもォ! 黄金傭兵艦隊! 直ちにあの岩くれを物理的に撃ち落とせェェ!」
黄金の傭兵と、武功派の蹂躙
ヴァレリオの命令を受け、惑星軌道上に待機していた数千隻の黄金傭兵艦隊が一斉にアヅチ・ノヴァへと牙を剥いた。
「金で雇われた命知らずどもめ。だが、命の使い方が間違っているぞ」
アヅチ・ノヴァのカタパルトで、平八郎が巨大な轟槌を肩に担いで鼻を鳴らした。
「おうオヤジ! 借金の取り立ては俺たち武功派の仕事だろ!」
「ヒャッハー! 宇宙の金持ちどもから、利息の代わりに装甲を剥がしてやらぁ!」
虎と市松が、魔導スラスター鎧の火を噴かせて宇宙空間へと飛び出す。
彼らの役割は「破壊」ではない。「無力化」であった。
黄金傭兵艦隊の放つビームを、蘭丸が『絶刀・魔刃』の斬撃で空間ごと切り裂いて無効化する。
その隙に、虎と市松、そして又左の超高速機動部隊が敵艦隊の懐に飛び込み、戦艦の推進機関と主砲の砲身だけをピンポイントで物理的に叩き割っていく。
「ば、馬鹿な! あんな重装甲の戦士が、宇宙空間でミサイルのような機動を!?」
「ひぃぃッ! 兵器だけを正確に壊して回ってるぞ! こいつら、悪魔だ!」
傭兵たちは命を惜しむ。圧倒的で理不尽な暴力を見せつけられ、さらに「船」という財産だけを器用にスクラップにされていく彼らは、開戦からわずか十数分で戦意を喪失し、次々と白旗の信号弾を打ち上げ始めた。
宇宙の自由都市、誕生
クリソール中央銀行の最上階。
防弾・防魔の強化ガラスが外側から粉砕され、豪奢な執務室に、漆黒のマントを羽織った織田信長がゆっくりと足を踏み入れた。背後には、護衛の蘭丸と、帳簿を抱えた猿が付き従っている。
「……ひッ!」
ヴァレリオ総督は、床にへたり込み、ガタガタと震えていた。
物理的な防衛軍は手も足も出ずに降伏し、経済システムは完全に掌握された。圧倒的敗北。
「貴様がこの星の責任者だな」
信長は、ヴァレリオの執務机の椅子にどっしりと腰を下ろし、葉巻に火をつけた。
「殺さないでくれ! 金なら……いや、金はもう無いが、連盟の機密情報でも何でも渡す!」
命乞いをするヴァレリオを見下ろし、信長はフッと笑った。
「安心しろ、豚。俺は役に立つ金庫を壊す趣味はない」
信長は、机の上にチャリン、と一枚の『新・永楽銭』を投げ落とした。
「今日からこの星は、大日本の直轄経済特区……『宇宙自由都市サカイ』とする。貴様らには、これまで通り商売を続けさせてやる。ただし、基軸通貨はこの永楽銭だ。連盟の資金を根こそぎ吸い上げ、俺の財布を潤し続けろ」
それは、銀河の経済地図が根本から書き換えられた瞬間であった。
武力で怯えさせ、経済で首根っこを掴み、そして「生きるための仕事」を与える。かつて日本で、そして魔法大陸で幾度となく見せた信長の『最強のホワイトマネジメント』は、宇宙の拝金主義者たちにも完璧に機能した。
「は、ははぁっ! 我らクリソールの商人一同、大日本と信長様のために、骨の髄まで働かせていただきます!」
ヴァレリオが床に額を擦り付けるのを見届けると、猿が信長に耳打ちをした。
「御館様。これで、連盟の経済網の三割を掌握しやした。連盟の中央は、大パニックになってるはずでさぁ」
「フハハハ! 当然だ。戦とは、撃ち合う前に決まっているものよ。経済の心臓を握られた連盟が、次にどんな愚かな一手を打ってくるか……見物だな」
宇宙の金融システムをハッキングし、一発の砲弾も星に落とすことなく、銀河最大の金融惑星を手に入れた第六天魔王。
果てしない星の海を舞台にした信長の「天下布武」は、その苛烈さと冷徹さを増しながら、銀河の中心へと向けてさらに加速していく。
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