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第一章:夜空に建てられた「もう一つの国」

「さあ陽菜、お茶のお代わりはどうだい? 秋の夜長は、知らず知らずのうちに体が冷えるからね。温かいものを飲んで、内側から温めてあげないと」


おばあちゃんの嘉代子は、朱色に染まったもみじの葉が月光に照らされる庭を眺めながら、湯呑みに香ばしいほうじ茶を注ぎました。


縁側の外では、秋の虫たちが静かに、けれど力強く合奏を続けています。


「おばあちゃん、秋の星って夏よりもピカピカして見えるね」


陽菜は、もみじの影が落ちる古い木板に座り直し、空を見上げました。


「空気が澄んでくるからね。今夜は、妙見さまがまだ『菩薩』という立派な名前をもらう前……三千年以上も昔の、古い中国のお話をしよう。それはね、夜空全体が一つの巨大な『国』だった頃の物語だよ」


陽菜は「星が国なの?」と、不思議そうに湯呑みを両手で包みました。


第一章:夜空に建てられた「もう一つの国」

「そうだよ、陽菜。今の陽菜たちが学校で習うのは、星をつないで『オリオン座』や『カシオペア座』なんて呼ぶ西洋の星座だろう? あれは大昔の西洋の人たちが、星の並びを英雄や女王様の『形』に見立てて作ったものなんだ。

つまり、西洋の星座は『形ありき』なんだね。でもね、中国の人たちは全く違う見方をしていたんだよ」


嘉代子は、ほうじ茶の湯気の向こうに広がる、深く澄んだ秋の夜空を指差しました。


「中国の人たちにとって、夜空は巨大な『名簿』であり、厳格な『役所』だったんだ。空の上に、地上の国がそのままひっくり返って映し出されているようなものだね。

だから中国の星座は、神話の物語ではなく、地上の『政治体制』や『身分制度』がそのまま投影された、いわば『名称ありき』の宇宙だったんだよ」


「お空の上にお仕事があるの? 役所があるなんて、なんだか真面目な星空だね」


「ふふ、そうだね。陽菜、あの北極星を見てごらん。あれこそが、天上国家の最高指導者、つまり『天帝(てんてい)』が座る椅子の場所なんだ。天帝がどっしりと腰を下ろしているから、あの星だけは動かない。そして、そのすぐ周りには『紫微宮(しびきゅう)』や『紫微垣(しびえん)』と呼ばれる、皇帝の家族や高い位の役人だけが入れる、とても高貴な宮殿があると考えられていたんだよ」


嘉代子は、手近な茶托(ちゃたく)を天帝の椅子に見立てて、その周りに栗の甘露煮を並べました。


「面白いのはね、北極星から離れれば離れるほど、星たちの身分が低くなっていくことなんだ。

お城のすぐ隣には、皇帝を助ける大臣たちの役所があり、少し離れると軍隊の詰め所がある。さらに遠くへ行くと、そこには庶民たちが暮らす住宅や、賑やかなマーケット(市場)まで空にあったと言われているんだよ」


「えーっ、お空にお買い物に行くところがあるの?」


陽菜が目を丸くすると、嘉代子は楽しそうに頷きました。


「そうだよ。たとえば『天市垣(てんしえん)』という場所は、まさに『天の市場』。

そこには、食べ物を量る秤(はかり)の星や、商売の吉凶を占う星たちがひしめき合っていたんだ。他にも、天の台所を司る星や、天帝の馬を管理する厩舎(きゅうしゃ)、果ては家畜の囲いまで、実に三百以上の細かな『星座』が、役職や身分に合わせてきっちりと配置されていた。

三世紀頃には、もうその仕組みが完成していたと言われているわ」


嘉代子は一息ついて、少しひんやりとした秋の風を吸い込みました。


「でも、どうしてそんなに細かく空を仕切ったと思う?


それはね、昔の王様たちが『天の秩序(ちつじょ)が乱れれば、地上も乱れる』と本気で信じていたからなんだよ。


空の役所が正しく動いていれば、地上も平和になる。だから専門の天文官たちが、毎日毎日、一睡もせずに空を監視して、どの役所の星がいつもより明るいか、どの星が動いたかを記録して王様に報告していたんだ。


これを『天文密奏(てんもんみっそう)』というんだけどね。天からのメッセージを読み取ることが、国を治める一番大切なお仕事だったんだね」


陽菜は、再び夜空を見上げました。ただの光の集まりに見えていた星々が、今は、天の宮殿で忙しく働く役人や、市場で荷物を運ぶ人々の灯りのように見えてきました。


紅葉したもみじの葉が、その天上国家を飾る贅沢なカーテンのようです。


「この『天上国家』という、星々が王様を中心にして完璧な秩序で並んでいるという考え方……。


これが、のちに妙見さまが『宇宙の主宰者』として、あらゆる星たちを部下として従える姿になっていく、大切な根っこになったんだよ」


嘉代子は、空いた湯呑みに新しいお茶を注ぎました。


「名前がつくずっと前から、星たちはこうして空の上に自分たちの国を作って、私たちを見守ってきたんだね。さあ、空に国ができたところで、次は……その国を支える、絶対に折れない『柱』のお話をしようかね」


陽菜は「柱がないと、お城が壊れちゃうもんね」と頷き、おばあちゃんの次の言葉を待つために、再び夜空の中心にある一点を見つめました。



(第一章 完)



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