36.門前払い
王城に着いたライアスは、門前払いを告げられた。
シンシアが今滞在しているのは、王家の私的空間の一角。ライアスも普段はよく出入りしているが、今日はその境界の扉は閉められ、そこにはエイダンが立っていた。
「………………」
「………………」
気まずい沈黙が流れる。
さっさと帰っておけばよかった、とエイダンは思った。
日中の勤務を終えて、本来なら帰宅してもいい時間だった。ただ、ペンシルニア邸に帰ってもアイラはいないし、ソフィアもいないし。まあ暇だから王宮に泊まろうかな、と軽く考えていた。
騎士詰め所で気の合う仲間とポーカーでも始めようかと思っていたら——こうして呼ばれたのだ。
「そそそそそんな。わわわれわわれが、公爵閣下を、お止めするなんて。で、できません!」
と、泣きつかれたのだ。
王命で、境界のドアをライアスを通さないよう守れと言いつかった騎士達だった。
まあ、ライアスが王宮騎士団長の職を退いてから、まだ1年未満。かつての上司に対してそう思うのも仕方ないだろう。
ペンシルニアの騎士等は屋敷に戻ったらしく、ライアスの背後にはマリーヴェルとアルロだけがいた。
いつもの静かな表情のアルロと、そのアルロの腕を組んでご機嫌そうなマリーヴェル。
——マリーヴェルは分かっているのか?自分が今回の騒動の原因だって事が。
「あのー……父上——」
「シンシアは」
扉が閉められ、その前にエイダンがいるだけでライアスは察したようだった。
初めて聞くくらい、頼りない声だった。
あのいつもの剛直で揺るがない父から、聞いたことのない声だ。エイダンは驚いて一瞬、間が開いた。
「そんなに……怒っているか」
ライアスは拳を握り込んでいた。——この父は、こんなに小さかっただろうか。いや、体の大きさで言うとエイダンと変わらないが。
「怒っては、ないと思うんですけど……」
怒ってないように、見えた。エイダンには。
ライアスは衝撃に固まっていた。
シンシアとライアスは、いつも話し合いで解決してきた。
考え方が違う事は今までも何度もあった。
けれど、シンシアはいつも、まっすぐにライアスと向き合ってくれていた。積み重ねたものがあるでしょう、話をしましょう——その言葉に、今までどれ程許され、救われてきた事か。
膝から崩れ落ちそうになるのを何とかこらえる。話し合いを門前払いの形で拒絶されたのはこれが初めてだ。——結婚直後を除けば。
そんな父親に、エイダンはかける言葉が見つからなかった。
エイダンにも、シンシアが何を考えているのか、どう思っているのかはよくわからなかった。
黙秘、と言うから、本当に分からない。
マリーヴェルを迎えに行くのに急ぎ騎士を連れて行く——それがそこまでシンシアの逆鱗に触れたのか、エイダンだって正直、驚いているくらいだ。
「あの、父上。本当に、母上も、怒っている様子はなくて……」
「いっそ怒ってくれた方が……」
益々この世の終わりのような雰囲気になっていく。
それをエイダンもどうフォローしていいか分からなかった。
マリーヴェルはそんな二人を何度か見てから、はあ、とため息を吐いた。
「止められてるのはお父様だけ?私は入っていいんでしょ?じゃあ入ろーっと」
ライアスの脇をすり抜け、扉に手を掛ける。その手をエイダンがぱしりと止めた。
「空気読んでよマリー」
ひそひそと囁く。
「いったい誰のせいで父上が——」
「私じゃないわ」
何を当たり前のことを、というようにマリーヴェルは肩をすくめた。
「私を迎えに来るのに、完全武装した騎士団を動かしたのはお父様でしょう?そんなことをすればお母さまがどう思うかなんて、考えたらわかるじゃない」
分かるじゃない——と言ってから、分かっていない二人に気づく。
「まあね。二人は根っからのペンシルニアの男だもんね。だから私はアルロが好きなの」
そう言ってマリーヴェルはアルロの手を引いた。
「アルロ、行こ?」
「え、でも……」
マリーヴェルはエイダンに手をひらひらと振った。
「ほら、そこの騎士団長様、ブラントネル国王陛下に早く客室を準備して頂戴」
「おい」
エイダンが思わず突っ込む。
「騎士団長ってそういう仕事じゃないから。あと、マリーは謹慎」
「はあ?何でお兄様が!」
何でも何も、ライアスが不在にしている間にペンシルニアを任されているのもエイダンだし、この王宮でペンシルニアに関することを任されているのもエイダンだ。
反省がまったくないこの妹が、謹慎なんかで反省するとも思えないが。とりあえずややこしいから、閉じこめておこうと思っている。
「——ペンシルニアで謹慎するのと、王宮でするのと、どっちがいい?」
マリーヴェルはむっとしながら答えた。
「王宮。——じゃあアルロの部屋の横にして」
「そんなわけないだろう?」
段々と腹が立ってきて、エイダンはマリーヴェルとアルロを引きはがした。
「ああっ!ひどい、せっかく久しぶりに会えたのに」
「何が悪かったのか、ちゃんと反省して言えるようになるまでは会わせないから」
「ひどいわお兄様、何の権限があって!」
とりあえずエイダンは聞こえないふりをして放っておいた。
こうなるとエイダンがてこでも動かないのは知っている。マリーヴェルはとりあえず従うしかないか、と思った。
「分かったわよ、行くわよ」
マリーヴェルは振り返ってライアスを見た。
しばらく会わないかもしれないから、これだけは言っておかないと、と思う。
「お父様、私、許してないから」
「マリー」
やめろ、いい加減にしろ、とエイダンが止める。どうしてマリーヴェルは空気が読めないんだ。いや、あえて読んでないのか?
しかしマリーヴェルは止まらなかった。
「昔から言ってたわよね。お父様より強い人の所に嫁げって。アルロは強いじゃない」
「姫様。僕は……全然、敵わなくて」
アルロが遠慮がちに言う。
「そんなの当り前よ。アルロは優しいから」
ライアスはマリーヴェルとアルロを静かに見下ろしていた。
「……私の考えは、変わらない」
ショックは受けていても、それとこれとは別らしい。
マリーヴェルはかっとなった。
「アルロがお父様を倒すまで待たないといけないの?わたしおばあちゃんになっちゃう!」
ライアスはまた黙ってマリーヴェルを見つめた。
ライアスはいつも、愛おしそうにマリーヴェルを見て、優しく声をかけてくれた。今のような感情の読めない眼差しは記憶のかぎり、ない。マリーヴェルはぐっと押し黙る。
「——なら、認めてもいい」
「え?」
「アルロがペンシルニアに戻って来るのなら。今すぐに認めてもいい」
「ど、どういう事?」
「そのままの意味だ」
ライアスはそれだけ言って、踵を返した。
マリーヴェルはエイダンを見たが、エイダンは先ほどからのマリーヴェルにまだ怒っているのか、まなじりを吊り上げたままだった。
「どういう事……?」
アルロがブラントネルから戻って来るなんて、ありえない。それはつまり、認めないという事だろうか。——でも、それにしては、本気に思えた。
本気で認めるという様子だった。アルロに戻って来いと言っているのだろうか。
マリーヴェルは不安げにアルロを見た。
アルロはいつもの優しい眼差しで、困ったように僅かに笑うだけだった。
あ……その……
仰りたいことは分かっています。
マリーヴェルの株が急降下ですよね。
はい、すみません。




