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マリー・ゴールド②

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 俺が淹れたお茶にも手を付けず、マリー様は俺の正面の椅子に座ってじっと俺を見つめている。無機質な瞳からは感情を伺うことが出来ず、ただただ気まずい沈黙が場を制する中で、ようやくマリー様が口を開いた。


「おい、何か話さぬか。気まずいだろう」


「いやそれ貴女が言います!? そもそも話があるって言ったのはマリー様の方じゃないですか!?」


「ふむ、そういえばそうだったな。すまん、忘れていた」


 そして再び訪れる沈黙。⋯⋯え、会話の流れ的にマリー様がここに来た用件を言う感じなのでは? 


 もしかしてこちらから何か話題を振らなければならないのかと必死に脳味噌を回転させていると、マリー様は唐突に用件を切り出した。


「我がここに来た理由はな、マス⋯⋯ヴィオレッタのことだ」


「え、マリー様、ヴィオレッタさんと知り合いなんですか? 一体どういう⋯⋯」


「貴様にそれを教える義理はないな」


「あ、はい」


 どうやらヴィオレッタさんとの関係についてはあまり話したくないらしい。ここで追究しようとしてまた黙られたら辛いのでやめておく。


 しかし、グレアとマリー様、四天王2人と面識があるヴィオレッタさんは一体何者なのだろうか。ますます謎が深まる。


「我の交友関係についてはひとまず置いておくとしてだ。貴様、グレア・デストロイをグレアと敬称を付けずに呼んでいるよな。しかし我には付けている。何故だ?」


「えっと、それはグレアから様を付けなくてもいいと言われたからです」


「なるほど。では、明日からヴィオレッタも呼び捨てで呼んでやってくれ」


「何故そこでヴィオレッタさん!?」


 会話に脈略がなさ過ぎる。思わず大きな声を出してしまったがしょうが無いだろう。俺が驚いている様子を見てマリー様は不思議そうに首をかしげていた。


「そこで驚く理由が分からぬ。別におかしなことを言ってはいないはずだが?」


「いや、いきなりヴィオレッタさんを呼び捨てにしろなんて言われても困りますよ。そもそも何故あの会話の流れからいきなりヴィオレッタさんの話題になるんですか?」


「ふむ。確かに唐突過ぎたか。会話というのは難しいモノだな⋯⋯」


 ひとしきりふむふむと頷くと、マリー様はまた無言モードに突入してしまった。このままではまた微動だにしないマリー様に延々と見つめられ続ける苦行が始まってしまう。マリー様は美人だが、表情のない人形のような美少女の視線を受け続けるのは正直怖い。いや、マリー様は実際に人形なのだが。


 そこで、今度はこちらから話題を振ってみることにした。


「そ、そうだマリー様!! 俺が育てている魔界ニンジンを食べてみませんか?」


「魔界ニンジン? なんだそれは。そんなえたいの知れないモノを我に食わせるというのか?」


「⋯⋯実は、ヴィオレッタさんにも知識を借りて栽培したモノなんです」


「早く持ってこい」


 ヴィオレッタさんの名前を出した途端マリー様は面白いくらいに反応を変えた。うん、何となくこの人との会話の仕方が分かってきた気がする。とりあえず困ったらヴィオレッタさんの名前を出せば良さそうだ。


 マリー様の許可も貰えたので、早速畑に向かい、魔界ニンジンを3本ほど収穫する。家の中に持っていく前にざっと水道で洗ってから土汚れを落とす。そうして綺麗になった魔界ニンジンを持って家に戻ると、俺の持つ魔界ニンジンを見てマリー様があからさまに顔をしかめた。


「なんだその気味の悪い色をした植物は。まさか、それを我に食わせる気か?」


「魔界ニンジンはこのどす黒い赤色が美味しさの証なんですよ!! 1回食べてみてください!! そうすれば美味しさが分かりますから」


 ずいっと魔界ニンジンをマリー様の顔の前に突き出すと、マリー様は仰け反るようにして顔を背ける。


「そ、そもそもこれは食べられるモノなのか? 魔界に存在する植物でこれと最も似た形状の植物はキャローラだが、あれはもっと鮮やかな色をしているはずだ。貴様、これをどこで手に入れた? 魔界にはこんな植物は存在しないはずだ」


「流石ですね。実はこれ、元々人間界に生えていた『ニンジン』という植物の種から育ったモノなんです。ただ、育ててみたら元のニンジンとはだいぶ違う感じになったので、魔界ニンジンと名前を改めてみました」


「人間界の植物を魔界で育てただと!? 理論上それは不可能なはずだ!! 魔界の土は魔素が豊富なせいで、人間界の植物にとってはそれがかえって毒となり育つことはないと言われている。⋯⋯貴様、それを少し貸せ!!」


 そう言うと、マリー様は俺から奪うようにして魔界ニンジンを取ると、「鑑定(スキャン)」と唱えて手をかざした。すると、マリー様の手に小さな魔方陣が浮かび、それと同時にマリー様の瞳が金色に輝き出す。


 マリー様はしばらく魔界ニンジンを見ながら何やらブツブツと1人呟いていたが、不意にこちらに視線を向け、こう告げた。


「用が出来た。帰らせてもらう。これは貰っていくぞ」


 そして、マリー様は来た時と同じく突然去って行った。俺は、その後ろ姿を呆然と見送ることしか出来なかった。一体、マリー様は何をしにここに来たのだろうか。すっかり冷めてしまったお茶を飲みながら、俺はしばらく頭の上に疑問符を浮かべていたのであった。



〇〇〇〇〇



 シルバの家を出た後、こっそり畑に生えていた魔界ニンジンとやらをさらに数本拝借し、転移魔術を使って図書塔へと飛ぶ。転移先は勿論、マリー・ゴールドという『殺戮人形』を創りだし、魂を与えた存在である(マスター)、ヴィオレッタの元だ。


「マスター、今帰ったぞ」


「おかえりなさいマリー。貴女が何もない日に外出するのは珍しいわね。どこに行っていたのかしら?」


「ああ、シルバの元へ向かっていた」


 シルバの名前を聞いた瞬間、それまで優雅に茶を飲んでいたマスターは盛大に口から茶を吹き出した。ほんの少し飛沫が服にかかる。後でマスターに洗って貰わねば。


「し、シルバさんのところに行ったの!? まさか、変なこと言ったりしてないわよね!?」


「変なことなど何も言ってはいない。ただ、あのゴブリンがグレア・デストロイのことを呼び捨てにしていることをマスターが少し気にしているようだったので、奴にマスターのことも呼び捨てにしてやってくれと頼んだだけだ」


「思いっきり変なこと言ってるじゃないのー!? 絶対シルバさん困ってたでしょ!!?」


「しかし、マスターがあのゴブリンに欲情しているのは明らかだ。我はただ奴とマスターとの心の距離が少しでも縮まればと思った故の行動であり⋯⋯」


「はあ⋯⋯分かったわ。貴女が私のことを思って行動してくれたのは嬉しい。ただ、これからは事前に相談してね?」


「承知した」


「あ、あと、私は別にシルバさんに恋愛感情を抱いているわけではありません。ただ、一方的に恩を感じているだけですから。そこは勘違いしないでくださいね!?」


 どうやら、我の行動はマスターの望むモノではなかったらしい。次からは気をつけねば。しかしマスターよ。その言い訳は無理があると思うぞ。心拍数体温の上昇その他諸々を鑑みてもマスターがあのゴブリンに特別な感情を抱いていることは明白だ。


 あのゴブリンといえば、もっと大事な話があるのを忘れていた。我は空間魔術によって亜空間に収納していた魔界ニンジンとやらを取り出し、マスターにその特異性を告げた。


「そういえば、マスターはこれを知っているか? あのゴブリンが育てていた『魔界ニンジン』という植物だ」


「いえ、話は聞いて居ましたが直接見るのは初めてです。シルバさんからは植物を育てる方法を教えてくれとしか言われませんでしたし。見たことのない植物ですね」


「あのゴブリン曰く、この植物は元々人間界にあったモノらしい。そして、先程『スキャン』をかけてみたところ、この魔界ニンジンには大量の魔素が含まれていることが判明した」


「大量の魔素!? しかも、人間界に生えていた植物なんて、シルバさんはどうやってそれを⋯⋯」


「しかも、奴は既にこの植物の大量生産に成功している。我が見ただけで奴の畑に100本近くは生えていた」


「それは⋯⋯凄まじいですね」


 我がそう告げると、マスターは驚きのあまり声を震わせた。博識なマスターは、我同様この事態の異常性に気が付いたようだ。


 これほどの魔素が詰まった植物は、人間界は勿論、魔界にも存在しなかった。過度な魔素は植物にとっては毒だからだ。しかし、どういうわけかこの魔界ニンジンは大量の魔素を含んでいる。その上、奴曰く食べることも出来るらしい。


 魔素とは、体内で魔力を造り出すために必要な成分だ。これが大量に含まれたこの魔界ニンジンは、それまで空想上の産物と言われていた魔力回復用ポーション、それそのものになり得る可能性がある。


「あのゴブリンはまだ自分が成し遂げたことの重大さに気が付いていない。奴が四天王として名声を得るためにこの魔界ニンジンは十分過ぎるモノだ。それとなくアドバイスしてやれ、マスター」


 我がそう告げると、マスターは魔界ニンジンを握りしめ、真剣な表情で頷いたのであった。


 

シルバ君のチートは魔界ニンジンでした。次回、宣誓魔術の取得です。

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