マリー・ゴールド①
俺は今日、魔界で唯一の図書館へと向かっている。その理由は、魔術を覚えるためだ。
グレアとの戦闘訓練は、基本こっちがボコボコにされるだけだが、俺もただでやられるわけではない。毎回グレアとの訓練が終わった後、ククルと一緒に反省会を行い、改良した魔術具と新しい戦闘スタイルで次の訓練に臨んでいるのだ。最初は俺とグレアが訓練することに反対していたククルだったが、今ではククルの方からノリノリで色々とアイデアを出してくれている。
しかし、流石に魔術具だけでは限界が出てきた。というのも、いくら魔術具で強化しても俺の素の戦闘力が低すぎるせいでほぼ意味がないことに最近気付いたからだ。そこで、魔力が少なくても使える魔術がないか調べるため、図書館に行くことにしたのだ。
図書館は、魔王城周辺の町並みから少し外れた場所に、ポツンと佇んでいる。その外見は、図書館というより図書塔と呼んだ方が相応しいかもしれない。塔の中心には、各階へと上る為のリフトが設置されていて、使用者の魔力を使って起動する仕組みになっている。ただ、このリフトはそこそこの魔力が必要なので、俺のような魔力の少ない魔族でも利用できるよう、塔の外壁部分には階段も設置されている。
えっちらおっちらと足を動かしながら俺が向かうのは、この図書塔の最上階だ。以前ここを訪れた時は塔の半分くらいでかなり疲れていたが、グレアとの訓練のおかげで体力が着いたのか、最上階に着いても息が上がることはなかった。自分の成長を感じてちょっぴり嬉しくなる。
俺がわざわざ最上階まで登った理由、それは、この図書塔の司書に会うためだ。
「ヴィオレッタさん、居ますか? 俺です、シルバです」
コンコン、とノックをした後に、名乗りを上げる。すると、ととととっ! とやや急ぎ足で近づいてくる足音が聞こえ、その直後ゆっくりと内側から扉が開かれた。
「お待たせしました!! すいません、私がこんなところに居るせいで、わざわざ階段を登る手間を取らせてしまって⋯⋯」
申し訳なさそうに頭を下げるヴィオレッタさん。その拍子に、ローブの下のおっぱいがプルンと弾み、艶やかな黒髪が胸の上で波立つ。
ヴィオレッタさんは、金髪碧眼が一般的なエルフ族には珍しい黒髪黒目のエルフだ。また、エルフ族の女性はスレンダーな体型が多いのだが、ヴィオレッタさんはゆるめのローブを着ていてもその下から強烈に主張する見事なおっぱいを持っている。大きさだけならたぶんライム様と同様かもしくはそれ以上だ。
しかし、ヴィオレッタさんはそんな自分の見た目にコンプレックスを抱いている。普段は、フード付きの黒いローブで髪を隠し、その上前髪で両目を覆う程の徹底ぶりで自分のコンプレックスを曝さないようにしているくらいだ。
俺も、初めてヴィオレッタさんに会ったときは、ろくに会話も出来ず、露骨に避けられていた。ただ、当時どうしてもヴィオレッタさんに聞きたいことがあった俺は諦めずに何度も接触を試み、ククルの協力などのおかげもあって無事ヴィオレッタさんの信頼を勝ち取ることに成功した。今では、俺と会う時はフードを外してくれるし、軽い身の上話も話してくれる程の仲になっている。
ちなみに、その時にヴィオレッタさんに聞いたのは魔界ニンジンの栽培方法だったりする。
「謝らなくて大丈夫ですよヴィオレッタさん。良い運動になりましたし、こうして貴女に会えるんだからこれくらいの苦労、なんてことはありません」
「お、お気遣い感謝します。⋯⋯あ、あの、こんなところで立ち話もあれですし、中に入りませんか? お茶を用意しますので」
断る理由もないので、「おじゃまします」とだけ挨拶して、ヴィオレッタさんの後ろを付いていく。ここに入るのは初めてではないので緊張することはない。しかし、ヴィオレッタさん程の美人の住む部屋に案内されるとなると、自然とテンションは上がってくるものだ。上機嫌で鼻歌を歌っていると、お茶を持ってきたヴィオレッタさんにちょうどそれを聞かれ、クスリと微笑まれてしまった。⋯⋯少し恥ずかしい。
「⋯⋯ふふふ。ところで、本日はどういったご用件でしょうか? 貴方の栽培している植物のことですか?」
「あ、いや、今日はいつもとは違うんです。実は、ヴィオレッタさんに魔術を教えて貰おうと思いまして⋯⋯。俺みたいに魔力の少ない魔族でも使える攻撃魔術とかって、何かありませんか?」
「攻撃魔術、ですか? 何故貴方がそのようなものを⋯⋯? ⋯⋯もしかして、四天王に選ばれたことに関係していますか?」
流石、ヴィオレッタさんは鋭い。俺はヴィオレッタさんの問いかけに頷き、グレアとの訓練のことまで詳しく話すことにした。すると、ヴィオレッタさんは珍しく苦々しい表情を浮かべる。
「⋯⋯まさか、あの子がそんなことをしているなんて。シルバさんに迷惑をかけるなんて、ありえないわ」
「え、ヴィオレッタさん、グレアと知り合いなんですか!?」
「⋯⋯え!? あ、違います違います!! あー、グレア様の訓練に付き合わされるなんて災難ですね。と!! そう言ったのです!!」
グレアのことを『あの子』と呼ぶヴィオレッタさんに驚いた俺がそう指摘すると、先程の呟きは無意識だったのか、あわあわと慌てた様子で両手をばたつかせながら否定する。
まあ、思いっきり聞こえてたから勘違いではないと思うのだが、本人が言いたがらないことをわざわざ蒸し返す程俺は無神経ではない。とりあえず聞こえなかったふりをして話を続けることにした。
⋯⋯それにしても、普段落ち着いた雰囲気のヴィオレッタさんが慌てる様子はなかなか新鮮でよかった。うん、また見てみたい。
閑話休題。改めて俺は魔術を教えて欲しいとヴィオレッタさんに頼み込む。しかし、ヴィオレッタさんは首を縦には振らなかった。
「一応、魔力を使わずに魔術を使う方法は存在します。それは、『宣誓魔術』という特殊な魔術です。しかし、この魔術は魔力の代わりに術者の生命力を使用する禁呪⋯⋯おすすめはできません」
「多少のリスクは承知の上です。その『宣誓魔術』とやらを、俺に教えてはくれませんか?」
俺は、頭を下げて頼み込む。そして顔を上げた時、ヴィオレッタさんは何故か少し泣きそうな顔をしていた。
「⋯⋯貴方は、何故、そこまでして力を求めるのですか? 魔王様に四天王に命じられた責任を感じているのですか?」
⋯⋯確かに、俺は魔王様の期待に応えなければならないと思っている。ただ、それと俺がもっと強くなりたいと願ったのは、別の理由だ。
「いいえ、違います。⋯⋯グレアと一緒に訓練するようになって、俺は圧倒的な力の差を改めて思い知らされました。そして、俺は、同じ四天王として、そんな彼女と肩を並べて戦えるようになりたいという欲を持ってしまったんです。だから、俺が力を求める理由は、ただの自分勝手な願いです」
おそらく、ヴィオレッタさんは俺のことを心配してくれる。そんな彼女に、こんなしょうも無い理由で無茶な願いをする俺は、彼女に軽蔑されてしまったかもしれない。しかし、ヴィオレッタさんは、俺に条件付きで『宣誓魔術』を教えることを約束してくれた。
「⋯⋯分かりました。貴方がそうしたいと願うのならば、私は協力します。私にとって、貴方は⋯⋯大切な恩人ですから。ただ、1つだけ約束してください。『宣誓魔術』は生命力を削る禁呪。グレアと訓練する時に使うとしても、使用は1日に1度が限度です。それ以上は、命の保証はできませんよ」
「分かりました。絶対にその約束は守ると誓います。ヴィオレッタさん、こんな無茶な願いを聞いてくれて、ありがとうございます」
『宣誓魔術』を教えるには準備が必要とのことで、実際に教わるのは翌日ということになった。その後は、たわいもない世間話をして、日が少し傾き始めた頃、俺は図書塔を後にして自宅へと帰ったのであった。
そして、自宅へと着いた俺が目にしたのは、俺のちっぽけなボロ小屋の前に立つ、金髪の美少女の姿。金髪の魔族は大勢居るが、それに加え球体関節を持つ魔族など、俺は1人しか知らない。
そこには、何故か四天王の1人、マリー・ゴールド様が居た。マリー様は、俺の姿を確認すると、超低音のバリトンボイスでこう尋ねてきた。
「貴様、新四天王のシルバで相違ないな? 我の名はマリー・ゴールド。貴様に話があってここまでやって来た」
こ、声と外見のギャップが凄い!! マリー様の声初めて聞いたけれど、こんな男みたいな声だったのか。
脳裏に蘇る、グレアとの初対面時のあれこれ。何となく嫌な予感を抱えながら、俺はマリー様を家の中へ招き入れたたのであった。
タイトル詐欺とか何とか言われそうな今回の話。次回はマリー様いっぱい出るから勘弁して。それにヴィオレッタさん出したのもちゃんと理由はあるから⋯⋯。




