魔王様からは逃げられない
「ゴブリン如きが魔王城に一体何のようだ! ここはお前のような薄汚い農民が来てよいところではない!! さっさと帰れ!!」
魔王様の呼び出しを受けて慌てて魔王城へと向かったところ、門番のオーク族の男に槍を向けられながら怒鳴られた。解せぬ。
俺だって自分が場違いなことは承知している。出来ることならば早く帰って魔界ニンジンの世話に戻りたい。しかし、魔王様に呼び出された以上俺は帰るわけにはいかないのだ。
「あの⋯⋯実は俺、魔王様に魔王城へ来るよう言われまして。時間指定はされなかったんですけれどなるべく早く行った方がいいと思うので、出来ればそこを通して頂きたいのですが⋯⋯」
「はあ!? 嘘をつくな。何故魔王様がゴブリンなどを⋯⋯。いや、待て。お前、まさか新たな四天王に選ばれたあのゴブリンか!?」
「はい、そうです!! 俺がゴブリン族のシルバです!!」
「そうかそうか、貴様が新しい四天王か。いやー、さっきは帰れなどと言って悪かったな。許してくれ」
門番は攻撃的な態度から一転、笑顔で握手を求めてきた。どうやら、思ったよりも話の分かる奴だったらしい。俺も笑顔で握手に応じることにした。
うん、やっぱり他人を見かけで判断しちゃいけないな。左目が刀傷で潰れている上に、話している間常時牙が剥き出しという恐るべき人相の悪さのこの門番だが、よい友人になれるかもしれない。
オークは俺が差し出した手を力強く握る。わあ、凄い力だ。⋯⋯うん、ちょっと痛いな。ははは、力の加減があまり上手くないのかな? いや、ちょっとこれ以上力込められたら手の骨折れそうなんですけれど。そろそろ離してくれませんか?
「⋯⋯とでも言うと思ったか? これでシルバを名乗るゴブリンがここにやって来たのは13度目だ!! お前のような普通のゴブリンが四天王に選ばれるわけがないだろ!! 二度とこんな馬鹿げた真似が出来ないようにその手へし折ってくれるわぁ!!」
前言撤回。やはり人相と性格は比例する!! 慌てて手を離そうとするも、力の差がありすぎて無理だ。
手が折れたら明日からの畑仕事に影響が出るから止めて欲しいのだが!!?
「やめなさい。彼は本物です。それは、この私が保証します」
すると突然、涼しげな声が俺とオークの間に割り込み、それと同時に俺の手はオークの手から解放された。俺の視線の先でプルン! っと虹色の物体が揺れる。
「ら、ライム様!? す、すいません。まさか本物とは思わず⋯⋯」
「謝ることはありません。悪いのはあの魔王ですから。⋯⋯さて」
突然の大物の登場にまだ思考が追いついていない俺の目の前で、ライム様はさらに数回プルンプルンと全身を揺らす。その揺れが収まった時、そこには白のローブを身に纏った、虹色の髪の美女が形成された。
これは、ライム様が頻繁に形を取る姿だ。俺も直接見るのはこれが初めてだが、映像や写真で何度も見たことがある。やっぱり生で見ると迫力が違う。特に胸とか。全身の揺れが収まったにもかかわらず胸の揺れだけは止まっていなかった。
俺の視線が胸に向かっているのに気付いたのか、ライム様は思いっきり嫌そうな顔をしてチッ! と盛大に舌打ちをした後、淡々とした口調でこう告げてきた。
「ゴブリン族のシルバ、魔王様が城でお待ちです。本来ならわざわざ私が迎えに来る必要はなかったのですが、ゴブリンが四天王に選ばれたなどという馬鹿げた事実、大多数の者が信じられずに、こうして城の前で足止めを食らうであろうことが予想できたので迎えに来ました。転移魔術を使用するので、私の手に掴まってください。ただし、手以外の場所に触れようとした場合は、貴方の体内に入り込んで即爆発四散させますので、覚悟しててくださいね」
やだこの人怖い。そんな脅さなくても、上司に対してそんなことをするほど俺は常識知らずじゃないですよ。
あ、ライム様の手ひんやりして気持ちいい。うわ、そんな汚物を見るような目で睨まなくてもいいじゃないですか。流石に凹みますよ?
思わぬところで精神ダメージを受けてしまったけれど、ライム様の転移魔術で俺は無事城の中に転移されたらしい。その証拠に、目の前には両手を広げて歓迎の姿勢の魔王様が⋯⋯。って、魔王様ぁ!?
「ままま魔王様!! 本日はお招きに預かりまして参上致しました、ゴブリン族のシルバでございます!!」
「あー、そんな堅苦しいのはいいからさ。楽にしちゃってよ。シルバ君」
慌てて五体投地で挨拶した俺に対して、魔王様はフランクな態度で椅子に座るよう手で促してくださった。ただ、その椅子は俺が今まで座ったことがないような豪華な装飾が施されたもので、つい座るのを躊躇してしまう。
「え、君何? この魔王様の言うことが聞けないわけ?」
「座ります座らせてもらいますありがとうございますぅ!!」
魔王様がすうっと目を細めたのを見て、慌てて椅子に座る。俺が座ったのを見て魔王様はニコニコと満足げに微笑んでいる。そして、その隣に立つライム様は氷点下の視線でこちらを睨み付けている。⋯⋯滅茶苦茶居心地悪い!!
ここに長い時間居たら寿命が縮みそうだ。早く畑に戻りたいし、こちらから話を切り出すことにしよう。
「あの⋯⋯ところで、俺が四天王に選ばれたというのは、どういうことでしょうか?」
「質問の意味がよく分からないな~? どうと言われても、そのままの意味だよ。君は今日から四天王!! おめでとう~ぱちぱちぱち~」
「いや、そうじゃなくてですね。なんでゴブリンの俺が四天王に選ばれたかっていう⋯⋯」
「あー、そういうことね。簡単な理由だよそれ。クジで選んだの」
「⋯⋯すいません。俺の聞き間違いじゃなければ、クジと仰った気がするのですが。あ、もしかしてあれですかね!? 魔王様だけが使える魔法の名称みたいな」
「いや、ただのクジだよ? 魔界中の魔族の名前を書いた紙を空間魔術で作った無限空間の中にぶち込んで~、そこに手を突っ込んでえい! ってやったら偶然君の名前を引き当てたというわけ。いやー、凄いね~。君ほど運の良いゴブリンは他に居ないと思うよ? これは2つ名は『”運”のシルバ』で決定だね!!」
まさかの四天王選出方法に、俺は魔王様の前にも関わらずぽかーんと口を開けて間抜け面を曝してしまった。いや、元々整った顔立ちじゃないけれど。
クジってどういうことなんだよクジって!? なんで四天王なんて重要な役職をそんな適当な方法で決めてるの!? あと2つ名”運”とか他の四天王に比べてダサい⋯⋯とかそんな問題じゃなくて!!
「あの⋯⋯申し訳ないですが、俺には四天王なんて役職、到底務まるとは思えません。クジで選んだと言うのなら、もう一回クジを引いて別の人を選んだ方がいいと思います」
俺は椅子から降り、土下座して四天王就任を断った。魔王様直々の任命を断るなんて、普通は即その場で処罰されてもおかしくない。しかし、俺がこのまま四天王になっても、どうせ良い未来は見えなかった。
だって、俺は所詮ゴブリンだから。ゴブリンが四天王になるなんて、絶対に無理だ。
「うーん、そんなこと言われてもなぁ~。もう君を四天王にするっていうのは、魔王様の中では確定事項なわけで。っていうか、またクジ作るのが面倒臭い!! どうせ君はゴブリンが四天王になるなんて無理だとか、そんなバカみたいな理由で断ろうとしているんだろうけれどさ⋯⋯」
魔王様の指摘が図星だったので、俺はギクリとして上体を起こしてしまう。すると、いつの間にか魔王様の整った顔がすぐ目の前まで迫ってきていて、驚きのあまり身体が固まってしまった。そんな俺を一瞥して魔王様は妖艶に微笑むと、俺の耳元にゆっくりと口を近づけてこう囁いた。
「君は、この魔王様に選ばれたんだ。今更逃げられるなんて思わないことだね。期待しているよ、新しい四天王、シルバ君♡」
――どうやら、俺の運命は、あの放送があった時から、既に決まっていたらしい。どう足掻いても俺が四天王になる未来は変わらないことを、俺はこの時悟った。
そして、同時に、選ばれたからには全力を尽くそうと心に誓った。だって、たとえ冗談だとしても、魔王様から期待していると耳元で囁かれ、俺の魂は震えたのだから。
〇〇〇〇〇
「⋯⋯魔王様、本当によろしいのですか? 私には、とても奴が四天王の器とは思えません」
「うん、四天王の器ではないね。ただ⋯⋯彼は、思ったより面白そうだ」
クジでゴブリン族の名前が出た時は、引き直そうかとも考えた。しかし、魔王としての勘が、このままの方がいいと告げた。そして、今日直接そのゴブリンに会ってみて、その勘は確信へと変わった。
自らの口でそのように誘導したとはいえ、覚悟を決めた後のシルバの様子は、まるで別人のように凜々しいものに変わっていた。それまで全く合わなかった目も、直接こちらを真っ直ぐ見つめ、その瞳の奥に見えた激しい熱量に、思わず興奮を覚えるほどだった。
「今のシルバ君なら、私が死ねって言ったら死んでくれるんじゃないかな~。彼真面目そうだし、きっと四天王の仕事を全力でこなしてくれるよ。⋯⋯この私のために!! ふふ、なんか凄くゾクゾクするよね!!」
「⋯⋯今になって彼が可愛そうに思えてきました。貴方に目を付けられるとは、彼も運がないですね」
「ははは、何を言ってるのさライム。彼は最高に運がいい男だよ。だって私に選ばれたんだもの。君と同じようにね!!」
「⋯⋯⋯⋯チッ。反論出来ない自分が悔しいです」
「ふふ、さて、これから面白くなりそうだな~。彼、何をしてくれるかな?」
ライムさんのスライムおっぱいに包まれたい。
次回更新も今日と同じくらいの予定です。早速現四天王のお出ましです。よろしくお願いします。