奏でる
残り一話で、感慨深いです。
お気に入りしてくれた方々、ありがとうございます。
後一話、お付き合いください。
頭を押さえていたオルフェが、ふいに私に抱きついた。意識を完全にロイドに向けていた私は不意をつかれたことにより体勢を崩し、尻もちをつく形で倒れ込む。だが思っていたような衝撃はなく、反射的に閉じた眼を開ければ青い草とオルフェの顔が見えて。
・・・私がオルフェを押し倒しているような光景に、目眩がした。
何故、こうなったのでしょうか? いや、あの一瞬でどうやって体勢を変えた? 唖然とする私を無視して、オルフェが私を抱く腕の力を強めた。まて、止めて。それ以上力を込められたら、顔が近づくから。ただでさえ近い距離が、ゼロになってしまうからやめておくれっ。
こんな場面、アーシェに見られたら・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。アーシェ?
「あああああああああああのっ」
「あが多いね、ルキア」
ツッコミより、この状況から助けて欲しいんだけどロイド! 何、のほほんと見ているのさ!! レーヴェも、さっきみたいに助けてよ!!
「アーシェは、アーシェリカはいないの?」
「アーシェ・・・?」
首を傾げて不思議そうにする三人に、私は絶句した。
火事場の馬鹿力でオルフェの腕の中から抜け出し、逃げるようにオルフェから遠ざかった。跳ねる心臓を宥めつつ、周囲を見渡す。どう見ても、何度見てもアーシェの姿はない。ここに来なかっただけか、はたまた存在自体ないのか。
三人の様子を見るに、後者がありえて嫌だ。
嘘だと、叫びたい。だって、アーシェだよ? 私はアーシェを含めた、幼馴染4人の幸せを願ったのに・・・存在しないなんて。
そんなの、認めたくない。
「アーシェなら記憶は戻らなかったけど、テオドールと結婚して幸せな家庭を築いたよ?」
「・・・・・・・・・あ、うん。そっか」
杞憂だったらしい。
安心したのに、釈然としないこの思い。いや、それ以前に結婚?
オルフェじゃなくて、あのヘタレとテオドールと? なんてことだ、公式カップルがっ! あ、でもすでにゲームと違うからその組み合わせもありえる、の・・・か? うん?
「変な顔になってるぞ、ルキア」
「いや、だって・・・え? オルフェとじゃなくて、あのヘタレ《テオ》と?」
「俺はルキア一筋だ。記憶を失ってても、他の誰かを愛することはなかった。アーシェも妹としか思ってない」
ばっさりと否定したな、オルフェ。
そして背後から私を抱きしめるな。頬に擦り寄るな。髪の毛がくすぐったい。スキンシップが激しすぎて、前のオルフェが懐かしいよ! てか、気配を消して近づくな!! 心臓んい悪いんですけどっ!
あらん限りの力でオルフェを引き離し、逃げるようにレーヴェの背後に回った。腕を広げて護ろうとする姿勢のレーヴェに、不覚にも胸がときめいたよ。が、直後のオルフェとの口喧嘩に冷めた。
錯覚って、恐ろしい。溜息をついて、目線を動かした。
泉を一瞥して、世界樹へ視線を映す。
枝には何もない。球体世界が壊れたのだから、当然だろう。とすれば、幸せな家庭を築いたアーシェも死んだことになる。
・・・おいおいおい、オルフェ達よ。なんてことをしてくれるんだ。
「アーシェを殺したの」
「大丈夫、皆の魂は僕が管理しているから」
何処からともなく、無数の魂を出現させたロイドに私は沈黙した。最早、語る言葉が見つからない。何度目かの溜息をついて、眼を閉じた。
管理しているからって、殺してないとは言えないよ。確実に、肉体は死んでいるからね。
「魂の記憶はルキアのお好きに。僕は刈り取る者として魂を管理、調整するだけだから。そこら辺は世界樹の管理者であるルキアに任せるよ」
楽な仕事ですね、刈り取る者って。
「ちなみに、オルフェ達は僕の眷属となったのは、ルキアの傍にいたいが為なんだよ? 愛されてるね、ルキアは」
僕も愛してるけど、彼らには叶わないなー。なんて、あくどい笑みで言う台詞か、ロイドさん。言葉と表情が合ってないよ。呆れつつ、私は喧嘩を続ける二人を見た。
二人は私を異性として愛しているようだが、残念ながら私は二人の想いに答えることはない。だって、雪の乙女の二の舞はごめんだし。そもそも、長く生き過ぎて抱いていた情が愛情か友情か、解らなくなってしまった。・・・なんか、すまん。
それをロイドに素直に伝えれば、何故か良い笑顔を向けられた。
「解らなくても、両方と結婚してみない? ほら、一夫多妻制ならぬ一妻多夫な感じで」
「私に過労死しろと?」
「神なのに過労死って、ありえない死に方だねルキア」
ロイドの笑顔に殺意が湧きました。殴りたい。神々の王以外でこんな、イラっとしたなんて久しぶりだ。無意識に握りしめた拳を自制し、代わりにこれでもかと言うほど鋭い眼でロイドを睨んだ。ロイドが笑って、「ごめん」と軽く謝る。
誠意が伝わらないよ、ロイドさん。やっぱり、殴って良い?
それを感じ取ったのか、ロイドが態とらしく視線をそらした。ついでに、私から距離をとる。逃げないでよ、殴れないじゃないか。
名残惜しげに握った拳を解き、ぷらぷらと手を左右に振る。
「結婚云々はどうでもいいから流して」
「いやいや、それは真面目に考えて。じゃないとあの二人、既成事実を作りかねないよ?」
さらりと恐ろしいことを言うな、泣くよ!?
「オルフェは前以上の執着心と独占欲の塊になったし、レーヴェは冷静にみえて本能を抑圧しすぎていつ暴走するか解らない男になっちゃたし」
「そうは見えないんだけど」
「それがレーヴェの怖い所。人がいる所じゃああだけど、誰も傍にいないとぶつぶつとルキアの名前を呼んで恐ろしい台詞を呟いてたよ。聞いた瞬間、レーヴェが壊れた?! って思ったけど、愛情もそこまでいくと狂気だね」
「明るい口調で、さも楽しげに答えないでよ!!」
やばい、もう泣く。むしろ泣いた。
ガクガクと身体を震わせながら、未だ喧嘩を続ける二人を見た。神の眷属となったからか、記憶にある能力が格段に上がっている気がする。神霊術は使えなくなったようだけど、技の威力が上がって・・・やめて、世界樹に傷ついたらどうしてくれるの!!
「賑やかだけど、ちょっと煩いな。静かに出来ないのか、あの二人は。泉に重しをつけて鎮めようか? 眷属になったし、簡単には死なないからいいお仕置きだよね」
ロイドさん、君もなんか・・・変わったね。
「ああ、でもその前にルキア」
「ひゃい!」
「? ・・・変な声。まぁ、いいや。そろそろ世界、再誕してくれる? その後で僕を神々の王の元に連れて行ってくれない」
疑問形じゃない。強制だっ。
にこりと笑いつつ、有無を言わせぬ迫力に私は頷くしかない。ああ、神々の王よ。ご愁傷様。冥福を祈るが、自業自得なので諦めろ。私は助けないから、頑張れ。
「正確な場所は解らないけど、それでもいいなら」
「いいよ、それで」
わー、輝かしい笑顔ですね。背後のどす黒いモノが余計だけど。
頬を引きつらせながら、私は指を鳴らした。いやー、何度も再誕をしたおかげか簡単な世界創世方法を身につけまして。今では世界を創ると意識して指を鳴らせば、三分クッキングの容量で出来るほどになりました。
嬉しくない上達だ。
そんな技術を手にするほど、私は世界を創ったのかと思うと泣けてくる。今回を合わせて8度。たかが8度。されど8度。2桁もいっていないだけマシと思うか、はたまた2桁もいっていないのに術を習得した自分に嘆くべきか。泥沼に入りそうだから、考えるのは止めよう。
「奏で鳴れ」
無言で私を見るロイドが、早く神々の王の元へ連れて行けと催促していて怖い。
ロイドの怒りが私に向くことを阻止すべく、私は言葉を紡ぐ。
「世界へ轟き、聞かせよ」
神々の王がどこにいるのか、正直検討がつかない。だからまぁ、探すことを優先しました。ああ、ロイドがぎらぎらと殺意を宿した眼をしているよ。恐ろしや、恐ろしや。
遭ったら、神々の王はどうなるんだろう。
まぁ、神々の王のことだからこのことを察知して対処はしているだろうけど。ん? そう考えると居場所を探るって無理じゃない? 無理ゲーだよね? ちらりとロイドを見ると、指を鳴らしていました。怖い。
「望み、求めし者に届かせろ
音色よ、奏でろ
鐘よ、響き渡れ」
――諦めようよ。なんて言ったら私が報復されそうだ。
必死になって言葉を紡いで、頑張って神々の王の居場所を探す。おのれぇぇぇ、こんな時に限って見つけられやしない。やっぱり、逃げたか。逃げたんだな。自分の未来を知って、逃げたんだなっ。
神々の王の癖に、たかだか刈り取る者を恐れるなんて恥ずかしい!
いや、確かに私もロイドは怖いよ。刈り取る者を継承したから、余計に怖いけど。だがしかし、私はこれでも神だ。世界樹の管理者である。同格の神相手に怯える必要はない!
すいません、嘘です、ごめんなさい。虚勢はっていました!!
銃声が聞こえて、反射的にしゃがみ込んだ。
頭を抱え、恐る恐る振り返ればロイドが銃を持っていた。銃口から見える白い煙は、もしかしなくても発射したからだろうか? とすれば、何処に向かって打った? いや、それ以前に何故に銃?
疑問を抱きつつ、銃口が向いている方へ視線を向ければ・・・。
「オルフェとレーヴェ、何しているの?」
互いに武器を構えた格好で石のように硬直した、何とも間抜けな姿。あ、倒れた。ダサい。
「一応言っておくけど」
口を一文字に閉ざしていたロイドが、硬い声で告げる。
「二人を狙った訳じゃないから」
嘘臭い。とは、私だけではなく二人も思っただろう。
現に二人とも、訝しい眼でロイドを見ている。疑われているよ、ロイド。あ、引き金に指を・・・ってまさか、もう一発お見舞いする気ですか!? 顔色を青くさせた二人が、慌てたようにその場から離脱した。
って、どうして私の傍にくる! 巻き込まないでよ!!
ロイドが一歩、足を動かした。
死亡フラグは予想外の幼馴染によってもたらされるのか。何と言う不運! 身体を固くし、神になってからのことが走馬灯のように流れだした。神としては、短い一生だった。ほろりと涙が出そうになって、はたりと気づく。
ロイドが足を向けた先は、私がいる方向ではない。
「ロイド・・・っ!?」
オルフェが怖々と声をかければ、珍しくありありと怒りの形相をしたロイドが振り返って二の句を告げずにいた。
解る。その気持ちはよく解るよ。
私も見た瞬間、速攻で眼を逸らしたから。怖くて喋れないからね。今のロイドは怖くて、声すらかけられないよ。
だがまぁ、例外はいるもので・・・。
「ロイド、そっちに何かあるのか?」
レーヴェに勇者の称号を与え、オルフェにヘタレの称号を与えよう。
私の中でだけど。
「あると言えばあるし、いると言えばいるよ」
言いながら、ロイドは引き金を引いた。一発、二発、三発と続けて弾を撃ち、薬莢が次々と地面に落ちて行く。カチカチと弾切れを知らせる音に、全弾丸撃ったのかと唖然とした。
それ以前に、撃ったはずの弾が空中で停止していて・・・ああ、成程とロイドの言葉の意味が解って頷いた。
あそこにいたのね、神々の王。灯台もと暗し。
迂闊だった。
「ふ・・・よく、我の居場所がわかったな」
「煩い、黙れ、口を開くな」
いつの間にか装填された弾丸が、容赦なく神々の王に放たれた。
「そもそも、あからさまに居場所を教えた奴に言われたくない」
何それ、気付かなかった。ロイドの言葉に唖然とし、オルフェとレーヴェを見れば呆然としている。知らなかったようだ。ほっ。
にやにやと人の悪い顔で笑う神々の王は、軽々と銃弾を避けてこちらに近づいて・・・。来るな、こっちに来るな! 巻き込まれるのはごめんだよっ。反射的に異空間を開き、神々の王をそこへ落とした。
あ・・・。どこに繋がっているんだろう?
「ルキア」
「ごめんなさい!」
低く唸るようなロイドの声に、即座に謝罪した。きっちり90度、頭を下げて。
「謝らなくていいよ。むしろ、僕の方がごめん。世界樹に傷をつけるところだった」
銃を乱射していたから、てっきり気にしていないのかと思ったけど違ったんだね。
世界樹を見るも、傷がついた様子はない。葉っぱも枝も心地よさそうに風に揺れ、生まれたばかりの世界を支えている。それにとてつもなく安堵した。
もしも世界樹に傷がついたら、見た眼に反して繊細なこの大樹はすぐに死んでしまう。そうしたら世界だって存在できないし、この場所だって・・・。ああ、考えるだけで怖い。
「後できっちりと始末するから、首を洗って待ってろよ神々の王」
・・・不穏な台詞は聞こえなかったことにしよう。
「ああ、そうだルキア」
「うん?」
「好きだよ。――幼馴染として、親友として」
唐突すぎるロイドの告白。
私は笑って、返答した。
「奇遇だね。私も幼馴染として、ロイド達のことが好きだよ。幸せになって欲しいと願うほどに」
「だったら」
ロイドが私に近づき、銃をしまって両手で私の頬に触れた。
「僕達の幸せを願うなら、勝手に消えたりしないでよ。ルキア」
「・・・」
「僕達はルキアがいないと、幸せになれないみたいだから」
「それは・・・ありがとう?」
「まぁ、僕はルキアがいないと物足りないぐらいで。幸せになれないのはオルフェとレーヴェぐらいなんだけどね」
先程までの雰囲気を一色し、明るく告げたロイドに私は合わせた。
藪を突いて蛇を出したくない。これ以上、変なフラグはごめんこうむる。いや、死亡フラグ以上のモノはないんだけれども。
がしり、という表現が合うような音をさせて誰かが私を背後から抱きしめた。オルフェだな、これは。もう慣れたわ。呆れつつ後ろを振り返れば、案の定・・・。
「まさかのレーヴェ?!」
え、オルフェはいずこ?
レーヴェの抱擁が強く、身体が動かせないから視線だけでオルフェを探せば、蛙が潰れたような格好で地に伏せる探し人がいた。何があった。
頬を引きつらせる私に、ロイドが「やっちゃったなー」と言いつつ両手を腰にあてた。うん、困った表情や雰囲気を出さないでいいからどう言うことか説明してください。はっ! まさかこれがロイドが言った抑圧されたウンヌンの結果なのか?! え、真面目に? 冗談じゃなかったの?
首筋に頭を預け、擦り寄るレーヴェに何だか大型犬に懐かれた気分になった。
「なぁ、ルキア」
耳元で甘く囁かないで。
ぞわって、鳥肌がたったよ・・・。
「これからどうしよっか」
「いや、それはロイドに聞いてよ。君達、ロイドの眷属でしょう?」
「あ、ルキアに貸すからいいよ。僕は神々の王をまっさ、ちょうきょ・・・・・・公正させに暫く消えるから」
不吉な単語がちらほらと聞こえた。
ああ、ロイドの笑顔が黒い。
「だって。ロイドにはオルフェがいるから問題ないだろう」
「断固拒否する! 俺がルキアの傍にいるから、お前が行ってこい」
復活したオルフェが、レーヴェに喰ってかかる。ぎゃんぎゃんと犬が吠えるような口論に、間に挟まれた私は呆れるしかない。おい、私を解放してから存分にやれ。と言うか君達、仲が良かったはずなのに何故にいがみ合う。いや、これはある意味喧嘩っぷると言う奴か? 男同士で?
・・・そう言う趣味の女子には、美味しい場面だろうな。
私は遠慮するけど。
「よきかな、よきかな」
我関せずを貫くロイドが、神の力を使って私が異空間に飛ばした神々の王の居場所を探している。いや、それよりもこの状況を何とかしてよ。
鼻歌を歌わないで。
無視しないで!
本当、後生ですからっ。
「ルキア」
ああ、私の懇願が届いたんだね。さぁ、この現状から私を救いだしておくれ。
「どっちと最初に結婚する」
「しないよ!」
あの一妻多夫ネタはまだ残っていたのか!
「え、まさかの現状維持? ルキアって悪女だったんだ。男心を弄ぶだけ弄んで、ぽいって捨てちゃうんだね」
「良い笑顔で人聞きの悪いことをさらりと言わないでよ、ロイド。本当、勘弁してください。私に結婚願望はないし、オルフェ達に抱くのは友情とか敬慕とかそう言うので間違っても愛がつくようなモノはありません」
不満そうにするな、そこ!
あと、喧嘩をしていた二人も静かにならないで。怖いから。沈黙が怖いからっ。
「じゃあ、二人は頑張ってルキアから愛を向けてもらわないとね」
「そうだな」
だ、だから耳元はやめてってば・・・レーヴェ。息が当たって、こそばゆい。
「ルキアから愛を貰うために、頑張るか」
「冗談じゃない」
おっと、べりっとレーヴェから身体が引きはがされてオルフェに肩を抱かれたぞ。
実況している場合か、私。
「ルキアの愛は俺にだけ向けばいい」
ヤンデレみたいな台詞、怖い。
「レーヴェにもロイドにも、渡さないから」
「なら、勝負だな」
・・・・・・・・・当事者を無視して、展開を進めないでくれませんか?
「だから私は、そう言う感情を持ってないから」
「いやー、未来が楽しみだね。あ、既成事実を作られるかもしれないからルキア、貞操には気をつけて。僕は適度な距離でルキアとの友情を育むことにするから」
つまり助けない、ということだなこの薄情者めっ。
痛む頭を押さえた。
脳裏で神々の王が爆笑する姿と声が蘇り、頭痛が酷くなる。
ああ・・・世界樹よ。
何故に君は、祝福するように葉を散らす。
「敵しかいない、無情だ」
葉音を奏でる世界樹に、私は現実から眼をそらして逃避した。




